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吉崎美里と絶交する手紙

小学六年生の工藤舞は、同じクラスの吉崎美里に手紙を書く。小学六年生が援助交際をしているのだ。こんなことが現実に起こっているのか。日本の子どもたちは実に七人に一人が貧困のなかで生きているのだ。そして吉崎美里からの手紙が工藤舞へ。そこには驚くべきことが書かれていた。

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 これまで私にとって君は美里だったけど、君と絶交するために吉崎と呼ぶことにする。もう私たちの関係って遠くはなれてしまって、いまさらこんな絶交の手紙を書いたってなんの意味ないことだと思ったりするけど。あと半年もすれば卒業で、吉崎とも永遠の別れだし、それまで私は黙ってたえていればいいことだとも思う。けれども、いま吉崎にこの手紙を書かなければ、私はこの先一歩もすすめない。受験はどんどん迫ってくる。塾にいってもまったく勉強できず、このままではなにか自滅していくばかりで、この手紙を書いて心の整理をつけるというか、自分の気持ちにけりをつけたいと思うのだ。
 その日は、塾にいく日だったが、塾どころではない。とにかく君の命令は圧倒的で、私はその時間にびくびくしながら児童館にいった。驚いたことに、そのスタジオに信長がいて、信長をいじめていた男子グループ、松永と久保田と近藤もそこにいた。これってどういうことなのと私がたずねる前に、君はいきなり言った。
「あたしたち、これからバンドつくるから、あんた、キーボードやってよ」
 私はすでに私立中学めざして、受験体制モードに入っていた。しかしそんないい訳など許さないとでもいうように、また君はきびしく言った。
「工藤のピアノは上級クラスだってきいたけど、その力をクラスに提供すべきだよ。工藤がお勉強で忙しいことはわかっているけど、みんなから選ばれたクラス委員なんだから、あんたがいますべきことはクラスのことなんだ」
 そして一枚の紙片を私の手に差し出した。そこにはこう書かれていた。

二組バンド結成とスプリング・コンサートに向けて
日時 三月十五日
場所 五年二組の教室
対象 全校生徒(希望者の入場券をつくる)
歌 マライア・キャリーの「ヒーロー」その他。

スタッフ
マネージャー 木村信長
キーボード 工藤舞
ドラム 久保田康孝
ギター 近藤学
ベース 松永洋次
ボーカル 吉崎美里

 私はしばらくそのコピーに目を這わせていたが、「バンドつくるっていったって、久保田はドラムをたたいたことあるの、ただ太鼓叩けばいいってもんじゃないと思うけど、近藤だって、松永だって、ギターとかベースなんて弾いたことないわけでしょう、これって全然むりな話じゃない」とあいた口がふさがらない、あきれてものがいえないといった感想をもらしたら、「そんなの、やってみなきゃわかんねえよ」と松永が、「工藤が入れば、バンドなんてちゃんとできるよ」と久保田が、そして「助けてくれよ、工藤、あんたの力が必要なんだ」と近藤が言った。
 そしてそこにマネージャー役になるという信長が割りこんで、「だからね、つまりさ、このバンドづくりのコンセプトは、いまうちのクラスは荒廃しているっていうか、砂漠化しているわけだから、そこに父母たちが進出してきてクラスを監視するようになって、これってさ、もっとクラスを砂漠化しているわけだから、それでさ、クラスを根本的に立て直すのはバンドが必要だというか、バンドの力で砂漠に花を咲かせるというか、そういうことからクラスの荒廃を開拓していくというか、砂漠化したクラスに友愛の花を咲かせるということでさ」
 信長がクラスで発言すると、みんな、クセーよ、クセーよといった声が教室内に広がり、また演説をはじめたよ、そんなクセー演説は親父と一緒に駅前でやってくれといった声が飛び交うのだが、しかしそのときは松永も近藤も久保田も、なんだか信長のそんな演説にうなずき、コンセプトだとか、荒野を開拓していくとか、砂漠に友愛の花を咲かせるといったセリフにうっとりとなっている気配なのだ。
 けれども私は逆に、信長のクセー演説に自分を取り戻して、「いきなりそんなこと言われても困るから、すこし考えさせて」と言って児童館を後にした。それがそのときの私の意志だった。つまりノーである。絶対にノーだった。私はすでに私立中学受験のシフトをとっていた。受験塾に高額の授業料をおさめ、週三回の塾通いをはじめたばかりだった。母親はとにかく自分の出身校に入れたいと焦っている。そんな体制をとっている私が、バンドづくりなんてことをはじめたら、彼女はたぶん発狂するだろう。
 けれども家に戻り、あらためて渡されたコピーを見ていると、しみじみと吉崎という人間の大きさというか、深さというか、どんなに吉崎がクラスの危機を自分の存在の危機として立ち向かっているかということがわかった。私を驚かせたのは、その立ち向かい方だ。信長を猛烈にいじめていたのは松永や久保田や近藤だった。そのいじめる側といじめられる人間を同じステージにあげて、そしてバンドづくりに取り組むなんて。吉崎がその存在をかけて私のなかに打ち込んできたそのプランは、私の存在をぐらりと揺るがした。私はその夜、自分の意見を変えた。つまりイエスの側に立ったのだ。
 そのバンドづくりに参加して、すぐにわかったことはスプリング・コンサートなんて絵に描いた餅だった。とにかく全員ど素人なのだ。それなのに吉崎の目標は限りなく高い。マライア・キャリーの「ヒーロー」に取り組むのだ。私はみんなに言った。
「こんなクソみたいな練習、はっきり言って無駄だよ、コンサートやりたいんなら、毎日集まって徹底的にやらなきゃだめだよ、土曜日や日曜日は、朝から集まるの、朝から夜まで徹底的にやるの!」
 そんな私の挑戦にママはもう猛烈に怒りだし、パパが私の側に立ったのがさらに事態を悪化させて、私の家はちょっと崩壊っぽくなった。けれども、結局は私の人生は私のものだからと、私もまた春のコンサートにむけて、それこそ学校以外の全時間、全情熱のありたっけを注ぎ込んだ。なにか熱病にとらわれたかのように、バンドづくりに熱中できたのはロックなのだ。ロックは私たちの魂の底までとらえてしまう。ロックは私たちの魂の叫びなのだということがよくわかった。
 コンサートが終わったとき、久保田も松永も近藤も私も泣いてしまった。一番大泣きしたのが信長だった。一人一人に抱きついて、声をあげてわあわあ泣いていた。けれども、吉崎だけは泣かなかった。それどころかぷりぷりと怒っていた。「ヒーロー」の歌詞をまちがえたって。あんなものはまちがいではなく、吉崎の歌ったヒーローこそ、私たちのヒーローだった。教室がいっぱいになり、廊下にまであふれた人たちの熱狂的な拍手は、そのヒーローにささげられたものだった。
 六年生になって最初の日に、クラス委員の選挙があった。私は吉崎こそクラス委員になるべきだと思っていた。吉崎こそ崩壊寸前のクラスを救い出した子供なのだ。しかし選ばれたのは私だった。私は立ち上がって、その選挙に異議をとなえたというか、クラス委員になることを辞退したいと発言した。私は五年生の時にクラス委員に選ばれたけれど、その任務が果たせなかった。クラスは荒れ、父母たちが教室に見回りにくるほど混乱していった。そんなクラスにしてしまったのは、クラス委員の力がなかったからで、そんな私がまた選ばれるのは間違っていると言った。そして、いまクラスは一つにまとまった。素晴らしいクラスになった。そんなクラスにした人こそクラス委員に選ぶべきで、その人はみんなわかっているはずで、その人こそクラス委員になってもらうべきなのだと言ったとき、吉崎が叫んだ。
「工藤がしたくないからって、勝手に他人になすりつけんなよ!」
 そのクラス会の後で、私は吉崎にどうしてあんな発言になってしまったのかを説明したけど、吉崎は工藤がクラス委員を辞退したいと発言するのは勝手だけど、それを私に押し付けるのは間違いだと言った。そこで口論になった。バンドづくりのとき、それこそ怒鳴りあいの喧嘩を何度もしたけど、それに比べたらそれは小さな争いだった。けれども、そのときから私たちの距離がどんどん離れていった。吉崎は私を無視しはじめ、私もまた自分の中に閉じこもっていった。とにかく受験塾のテストが毎月あり、その点数をあげるには、周囲のことを断絶して勉強に打ち込まなければならないのだ。けれども、私はいつも吉崎を見ていた。吉崎のことが気になり、どんどん離れていく吉崎との熱い交流を取り戻したいと思っていた。しかし吉崎はどんどん私との距離を引き離していった。
 その日の昼休み、私は一人教室に残り、塾の宿題をしていた。私はそんな嫌なことをする子供になっていた。すると、がらんとした教室に吉崎たちが入ってきて、何やら内緒の話をしだした。私に聞こえないようにひそひそと話しているのが、しかし何が話されているのかほとんど聞こえた。こんなに大きくなるの、これがあたしたちのなかに入ってくるの、そんなこと耐えられない、あたしはぜったいにこんなことしない、馬鹿ね、女ならだれだってするのよ、行く行くってうめくらしいよ、来て来てじゃないの、入って入ってもっと深く入ってよ。耳をふさぎたくなる会話が飛び交っていた。私はたまらずに席を立って教室を出ようとしたら、野村が声をかけてきた。
「工藤さん、これがコンドームってもんなんだって、見たことないでしょう、こういうお勉強も必要だと思うけど」
 そして、昼休みにも受験勉強している私を嘲笑するような、下品な笑いがどっと起こった。私は背中にいっぱいに怒りを見せて教室から出ていった。
 七月に入ると、吉崎はしばしば学校を休むようになった。そして吉崎の悪い噂がいっぱい私の耳にも入ってきた。私はそんな噂をまったく信じなかった。グレース姫とか、エンコーとか、リトルプリンセスとか、テイチャーズペットとか。なによ、それっていう感じだった。それがみんな小学生の援助交際という怪しげな世界の隠語だということをはじめて知ったけど、だいたい私はエンコーという言葉さえ別の次元、別の宇宙の言葉だと思っていたのだ。ヒーローを歌った誇り高い吉崎がそんなことをするわけがない、宇宙の彼方にある別次元のような汚れた世界にまぎれこんでいくわけがない、と。
 けれども、旗の台の駅のプラットホームで、吉崎の姿をみたとき私の信念がぐらついた。向こう側のプラットホームに立っていた吉崎は、まるで少女雑誌のグラビアから抜け出してきたようだった。ブルーのリボンを髪に巻きつけ、派手な化粧をしていて、空色のスカートはすかすかで、小鹿のような姿態をさらしている。私に気づいた吉崎は、笑いかけ、手をちょこちょこと振ったが、私は凍りついてしまった。あの噂の数々はみんな本当かもしれない。でも一人になるとまた思った。渋谷とか原宿にでれば、あんな風にどぎつく化粧した小学生なんていっぱいいる。そんな姿を見て吉崎がエンコーしているなんて思うのはやっぱり間違いだって。
 ちょうどその頃、吉崎に関する噂の出所であるらしいホームページのアドレスを知った。その怪しいサイトを開き、「ミサトのちょっとあぶない日記」というページにクリックしてみると、裸の少女の写真が載っていて、日記風の短文が打ち込まれていた。「あたし、せんせえーの苦しみ、よーくわかる、うるせえガキどものお世話、ほんとうに疲れるよね、ごくろうさま、だからあたし、せんせーえのかわいいペットになってあげるんだよ」とか「あたし、せんせーえ、大好き、だからなんでもしちうゃんだよ、せんせーえの疲れたものをちゃんと立たせてあげるし、なめなめだってしちゃんだからね」とか。私はそんな吐き気がする落書きを読んですぐに思った。あの誇り高い吉崎がこんな汚れた落書きを書くわけがない。そこに張り付けられている写真だって吉崎ではない。顔を隠して撮られているが、私にはそれが吉崎でないことぐらいすぐにわかった。
 夏休みになり八月に入った日だった。それまで何度も信長からメールが入っていて、そのメールの大半は、吉崎に関する情報だったが、その日のメールは情報ではなく命令だった。二組バンドの緊急会議を開くから児童館にきてくれ、と。二組バンドなんてもうとっくの昔に解散している。いったい緊急会議ってなんなのとメールを打ち返したら、とにかく児童館にきて、危機が迫っている、美里が危ないんだ、というメールが打ちこまれてきた。それでその時間に児童館にいくと、松永も、久保田も、近藤もきていて、信長は私たち四人にちょっと呆然とさせるようなことを話しだしたのだ。
 最近、小学生の援助交際のサイトを運営していた人が逮捕され、なんでもそのサイトに品川の小学生数人が関係しているらしく、警察は関係した小学生たちを調べているらしいと切り出してきたのだ。信長のお父さんは、教育委員会や警察関係にもパイプを持っている区議会議員なのだ。そこから得た情報だった。信長はその情報をなんだか飛躍させたというか、妄想を拡大させたというか、このままでは確実に捜査の手は吉崎にも及んで、やがて吉崎が逮捕されるかもしれないと言った。そして例の演説口調で、
「だからね、美里が警察につかまったらさ、輝かしい栄光に包まれた二組バンドが汚されるっていうか、泥まみれになるっていうかさ、そんなこと絶対に許せないだろう、工藤さん、いまぼくたちがやることは受験勉強じゃないんだ、そう思わない、いまぼくたちが取り組むことはコンサートなんだ、二組バンドの第二回目のコンサートをやる、今度は体育館で、そこに全校生を集めてやるんだ、ぼくたちはまたコンサートに向かって燃え上がっていく、そうしたらさ、美里はまたヒーローになる、美里はヒーローなんだ、ヒーローがさ、なんでエンコーなんてやってんだよ」
 信長はとうとう泣きだしてしまった。そんな信長をみて私の中にじいんと感動が走ってきた。バンドづくりのとき、吉崎はいつも信長に厳しく、「あんたがいじめられるのは、自分のことしか考えない人間だからよ、もっと全体のことを考えなさいよ」とか「あんたはすぐに泣く、その涙はいつだって自分のために流している安っぽい涙なのよ」とか、「いじめられたくなかったら、他人のために涙を流せる人間にならなくちゃいけないのよ、人のために涙を流す人間になってよね」って。そんな吉崎のしごきに信長がたえられたのは、信長は吉崎のことが好きだったからなのだが、信長はとうとう他人のために泣くことのできる子供になっていたのだ。
 泣きながら訴える二組バンドの元マネージャーに、私たちはちょっとたじろいでしまった。けれども、君がその話をあっさりと拒絶したように、二組バンドを再結成して、クリスマス・コンサートを開くなんて不可能なことだった。それは信長の妄想がつくりだした夢のまた夢の話だった。そんなことできるわけがない。受験がもうすぐそこに迫っている。いま私たちが取り組まなければならないのは受験だった。
 信長が泣いて訴えてきたその話を、そんな風に退けてみた。けれども、吉崎のことが何度も何度も私のなかによぎっていく。中学受験はもうに目の前に迫っている。いまは勉強に集中すべきだと思うけど、やっぱり吉崎のことが頭から離れない。そこで、そんな自分に鞭を入れ、私の道を歩くために、君に絶交を告げる手紙を書くことにしたのだ。吉崎と私をつないだ絆はマライアの「ヒーロー」だった。私にいま必要なのは、英語ではなく日本語だから、この歌詞を一行一行自分で訳してみた。間違っていたらごめんなさいということだけど、でもこれが吉崎に伝えなければならない私の絶交の言葉なのだ。
「そこにヒーローがいるじゃない、自分をしっかりとみてよ、自分はいったいなんなの、自分はいったい何をしているの、怖がることはない、自分をしっかりみつめてよ、そこに答えはあるんだから、絶望でふさがった苦しみの底から、ヒーローがやってくる、胸がつぶれるばかりの悲しみの底から、ヒーローがやってくる、苦しみに打ち勝つ力を手にして、勇気と希望を手にして、ヒーローがやってくる。ヒーローは自分の中にいるんだよ、世界にたった一人で立ち向かう旅、それは果てしなく続く長い道、だれも助けてくれない旅、頼れるものは自分だけ、でもどんなに苦しくとも、どんなに暗い茨の道でも、希望をしっかりとたずさえて歩き続けていけば、やがてそのとき、きっと私たちの未来につながる道がみつかるのよ」

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一冊の本が世界を変革することがある。小さな出版革命はやがて草の生命力で大地に広がっていく。

誰でも本が作れる。誰でも本が発行できる。誰でも出版社が作れる。この小さな革命を生起させんとする「草の葉ライブラリー」は、「CAMPFIRE」に7月23日から9月7日までの46日間、高尾五郎作「ゲルニカの旗 南の海の島」をクラウドファンディングします。「CAMPFIRE」に掲載された私たちのサイトを訪れて下さい。
ウオーデンは間もなく「note」から立ち去ります。 新しい地平を開かんと苦闘するウオーデンの最後の戦いに力を貸して下さい。

高尾五郎著 ゲルニカの旗 南の海の島

せらに6

四編の中編小説が、A4版360ページに編まれています。一冊一冊が手作りです。生命の木立となって、時代とともに成長していく本です。カラーの挿絵が六点挿入されていて、一冊一冊が工芸品のように造本されていきます。「草の葉ライブラリー」が読書社会に投じる革命の本です。たった一冊の本が世界を変革していきます。

目次
ゲルニカの旗
最後の授業
吉崎美里と絶交する手紙
南の海の島
        
「ゲルニカの旗」(二五〇枚)、「最後の授業」(一一〇枚)「吉崎美里と絶交する手紙」(六五枚)、「南の海の島」(二六〇枚)の中編小説で編まれている。日本の歌が聞こえる。さまざまな賛歌が聞こえる。

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