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ジャンプのMMA漫画第十五話🤼

掲載位置はかなり後ろの方に来てしまった。

このような状態が続けば、長くても一年の期間しかないだろう。

以前より言った通りにもし早めに終わってしまうのならば、地下格闘技編で終わらせることも可能である。

そうなってしまえば夢半ばで俺戦のような物凄く中途半端な結末になってしまう。

それを想定するのならば無事に着地出来る所まで締め括らなければならない。

カラー扉絵を二度も与えてくれたのだから直ぐ連載終了ということにはならないだろう。

なんとも既視感のあるキャラである

火ノ丸相撲では馬鹿なキャラはいたがアレはアレで技術の天才だった訳である。

これは野性の勘みたいなキャラだ。

既視感はあれどどこかしら違った設定を設けたりもするので、次回作にも有りがちな前回のキャラと丸被りするということは行なっていないようである。

一番狂気なのは主人公

主役が狂気だったりするのはドラゴンボールからの慣例であろう。

西遊記の孫悟空の頭に着けられた金の輪っ環が理性であるのは言うまでもない(漫☆画太郎の珍遊記に出て来る山田太郎にも金の輪っ環が嵌められていた)。

ドラゴンボールも名前を孫悟空としているくらいなので月を見なかったり闘いに身を窶さない限り狂気に陥ることはないのである。

主役をある程度魅力的にさせているのは親代わりとなる人(監督となる人)が主役の狂気や凶悪さを抑える役目を負っていたりする。

そう言えばスラムダンクの桜木花道もヤンキーだったが監督や仲間が居てくれた御蔭で理性を保っている(ようである)。

シティーハンターも考えてみれば冴羽獠を人間たらしめているのは紛れもなく槇村香である。

ジャングルの王者ターちゃんも“人間”にさせたのはヂェーンだった。

どこかで主役らの監督や仲間が居なければ暴走する主役を抑えることができないというこれまた主役ラスボス論をジャンプが証明させてしまっているようなものである。

進撃の巨人も主役を押さえつけることが出来なかったから暴走してラスボスになってしまった、と言っていいだろう。

考えてみれば読者こそ主役なのでどれだけ暴発するエネルギーを抑えるか、少年漫画を通して試されているのである。

さて、ここで振り返れば主役が狂気に走る条件は揃ってしまっている。

  1. 父親がいない

  2. 兄がボスキャラ

  3. 祖父がお荷物

特に男は金の輪っ環がなければ暴走してしまうものである。

ただ、そこは少年誌なので旅の途中で仲間と出会って理性や倫理を育てていることに気付かされる。

尤もそうでなきゃ少年誌の役目を負えない。

とはいうものの、二兎はそもそも格闘技をやるつもりはなかったのだが兄を連れて帰る目的の為に強くなる筈が逆に引き込まれて覚醒することになる。

兄がトリガー(引鉄)を引く役目を負ったのだ。

丸で北斗の拳のジャギだ。

ジャギが居なければ北斗の拳が伝承者争いの切っ掛けにはならなかったそうである。

さて今後の展開を占うが、理論的には「たまたま」というのが起きることはないので作戦を組み立てて主役を勝ちに導かせるようになるのだろう。

トーナメントの果てに中ボスと巡り合いそうだが、ここで勝つか負けるかで今後の連載の猶予が決まって来そうである。

コミックスが売れるか売れないかで多分決勝の勝敗が変わって来る。

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