見出し画像

大学受験から逃げたら、台湾に辿り着いた話

こんにちは、Renです。

僕は一昨年大学受験を受けました。前期では広島大学、後期では熊本大学を受験しましたが、結果はどちらも不合格。シンプルに悔しかったです。

僕自身一度大学受験を体験してみて感じたのは、受ける大学のレベルが上がれば上がるほど「運」が絡んでくるなということです。小論文のテーマとの相性だったり、得意な分野が出なかったり。この運の要素を限りなく無くしていく作業が受験勉強なのだと思いました。

落ちてから暫くの間、浪人するかどうか迷いました。ただ、僕自身もう一年受験勉強して成績が上がる気もあまりしませんでしたし、人生の分岐を運で左右されるのも微妙だなと思っていました。

そんな時に、父から知り合いの息子さんが台湾に留学するという話を聞きました。元々海外留学には興味があって、カナダやオーストラリアなど英語圏の国への留学を考えていましたが、台湾という選択肢はまさに寝耳に水でした。すぐにその息子さんに会える場を用意してもらい、会って話を聞かせてもらいました。話を聞いてみると、台湾政府が教育にかなり力を入れており学習環境も素晴らしく、英語と中国語2つの言語を学習する機会があり、何より台湾という国に魅力を感じました。

その後、親に中国語の予備校に行かせてくださいとお願いして、約一年間中国語を学んだ後、そこの推薦を通して台湾の東海大学というところに通うことになりました。僕の急な留学という決定を許してくれた親に感謝です。

浪人することになった友達からは、受験から逃るな、楽な方を選ぶなと何度も揶揄われました。(軽いいじりだったのだと思います)

逃げることってそんなにダメなことなんでしょうか。

理由は分かりませんが、日本人は「逃げる」ことに対しての抵抗感が強く、「逃げない」ことが一種の美徳とされていると感じます。

確かに、僕の台湾留学は、受験勉強からの「逃げ」だったのかもしれません。しかし、台湾に留学したことは決して楽な道ではなかったです、自ら不便な環境に身を置くということは相当なチャレンジだとすら思いました。

逃げたことを卑下にしないでそれをプラスにしてこそ、逃げた甲斐があるというものです。生きるための逃げなら有りです、有り有りです。
              by銀の匙 校長

人生の教訓にしている言葉です。僕の逃げる基準になっています。

僕にとって逃げた先の台湾で得た経験、人との出会い、これらは決して否定出来るものではないです。今東海大学に在籍して人生で一番勉強している自負がありますし、海外で生活する中で新しい価値観と出会いそれらを拒絶することなく素直に受け入れることができるようになりました。世界は広いです、今までの常識だと思っていたモノがぶっ壊れます。本当にいい経験をさせてもらっていると強く感じます。

人生生きてりゃ「逃げ」も必要です。時には思いっきり逃げてみてください。きっと新しい発見があります。それを自分の成長に繋げられたなら、それはもはや「逃げ」ではありません。

生きるための逃げは有り有りです!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?