さよならシャボン(7) 大人
"君は深海魚のような顔だな"
突然、そんなことを言われた。
住宅街の中にある、悪く言えば少し地味で、よく言えば小洒落た雰囲気のカフェで、だ。
一体それはどういう意味なんだ?
質問、というか、ややキツめに問いただすような語気になってしまうのは当然だろう。これは全く悪くない筈だ。
"いや、悪い意味じゃないんだよ"
彼はそう答えたが、一般的に
"君の顔は深海魚だ"
と言われて
そりゃ嬉しい!
なんて思える奴はいるだろうか?
いるとしたらそいつは深海魚を知らないか、深海魚に対してよほど深い何かを抱えているかのどちらかだろう。
明らかに憤慨した様子の僕に、彼は笑いを押し殺しながら
"そう怒るな"と
ここで、僕が
"君はプランクトンみたいな顔だね"
なんて返したら同じ立場になってしまうのでここは大人になるべく
"しゃがれた声の君に言われて光栄だよ"
って返してやった。
彼はムッとした様子だったが、珈琲を淹れていた立派な髭の紳士である、マスターの髭が微かに動いていたのを僕は見た。
そらみろ、僕の勝ちだと、得意げにしてやると、またヒゲが微かに揺れていた。
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