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マジカル・マジック…… その26

精一杯の敵意と威嚇の意味を込めて、歩がマリカをにらみつける。でも、マリカはまったく怯む様子もなく部屋に入ってきた。

「彩ちゃんが山林と付き合い始めたってさ」
「うん、聞いたよ」
「知ってたの?」
「アインで相談されてたから」
「なんで言ってくれなかったの?」
「言えるわけないでしょ。ひみつの約束だもん」
「僕、彩ちゃんのことが好きだったんだ」

彩の前で言えなかった言葉は、こんなときにはすんなりと喉を通った。マリカが初めて歩の言葉に反応を見せ、唇を引き結ぶ。

「……知らなかった」
「嘘だよ。わかっていただろ」
「わからないよ。言ってくれなきゃ」
「じゃあなんで僕に彩ちゃんの練習を手伝わせたのさ」
「それは……」

マリカが目を閉じ、口ごもる。歩はすかさず追撃した。

「ほら、浮かれた僕をバカにしようと思ったんだろ」
「そんなわけないじゃない」
「じゃあなんでだよ。彩ちゃんが山林のことを好きなの知ってたんだろ?」
「そのときはまだ知らなかったよ。歩の気持ちを知っていたら私だって応援したよ」
「じゃあ僕と彩ちゃんをくっつけてよ」

マリカが露骨に顔をしかめた。魔法というものを勘違いした輩に見せる軽蔑のまなざし。ずっと自分へ向けられることを恐れていた瞳が、今はむしろ心地よかった。

「無理だよ」
「無理なことないだろ」
「無理なの」
「無理なことがあるのかよ! 虹谷マリカに!」

ああ、僕でも上手く大声を出せるんだ。やっぱり練習って大事なんだな。

歩が場違いなことを考えている間に、マリカは大きく息を吸って、吐いた。聞き分けのない子供を諭すように、優しく口を開く。

「彩はすごく勇気を出した。自分の気持ちを相手に伝えるのは怖かったと思うよ。笑われるかもしれない。気味悪がられるかもしれない。でも、彩は言ったの」

歩と違って。暗に、そう言われている気がした。

「そんな彩の心を弄べるはずないでしょ?」

正論だった。眩暈がするほどの正論だった。馬鹿なガキが馬鹿なことを言ってマリカに論破されてる。ざまあない。これが『マジカル・マジック・マリカ』の世界なら、視聴者はそう思うに違いない。歩はそれを誰よりも理解していた。

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

その事実を追い払おうと、歩が咆哮する。

「僕はこの部屋で静かにマジマリが見れてればそれでよかったんだよ! 虹谷マリカが現実に現れることなんて望んでなかったんだよ! 振られた挙句アニメキャラに説教された僕はどうすりゃいいんだよ! 明日からどのツラ下げて生きてけってんだよ!」

歩が床に崩れ落ちると、部屋が静寂に包まれた。遠くから、トラックが走り去る音がした。

「……んで僕なんだよ。なんでよりにもよって僕のところに出てきたんだよ」

嗚咽を漏らしながら歩が絞り出したのは、ずっと抱えていた疑問だった。“何故”出てきたのかではなく、“何故自分のところ”に出てきたのか。

マリカがふっと息を吐き、後ろを向いた。

「私、物心がついたころにはもう魔法が使えたわ。だから日常だったの。この力を使って人を助けることが」

歩は知っていると思うけど、と付け加えた。

「そんな私を、誰よりも見てくれていたもんね。誰よりも熱心に、小さい頃から中学生になってもずっと」

マリカがゆっくりと、部屋の出口へ歩き出す。

「歩、言ったよね。この部屋で静かに『マジカル・マジック・マリカ』が見れていればそれでよかったんだって。きっとそうなんだろうなって思ったよ」

扉に辿り着いたところで、マリカが振り返った。

「だから、いま私が考えていることは、たぶん歩と同じこと」

歩が目にしたのは普段の虹谷マリカの表情、控えめながらも確かな自信に裏打ちされた、慈愛に満ちた微笑みではなかった。

「……私、なんのために生まれてきたんだろ」

それは歩も見たことのない、卑屈で自嘲的な笑みだった。

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