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マジカル・マジック…… その24

「いやあ、意外だね」
「すごい、向こうからなんだ」
「ああ、なるほどねー」

これら歩の言葉は自動返信によってなされたものである。歩の心の防御機構が反射的にその主体を奥底にしまい込み、表面的に違和感のないやり取りをこなす機能のみを残したのだ。

クラスメイトがクラスメイトと付き合いだした。あまり自分には関係ないけど喜ばしいことだ。そういった距離感の友人の心情を設定し、自分が彩に好意を持っていることは厳重に封印した。

そして永遠とも感じられるそのやり取りが終わった後、表層へと戻りつつある歩の意識が出した結論は「山林の言うことは信用できない」というものだった。

人づてで得た情報に踊らされるなど愚か者のすることだ。自分はそんな連中とは違う。だいたい、冴えない男が見栄を張って彼女がいたと嘘を吐くなどよく聞く話ではないか。彩がこの話を聞いたら気味悪がって怯えてしまうかもしれない。自分がしっかり守ってあげなくては。

ドッジボールでの活躍。
もっと上手くなりたいと言った彩。
毎日練習しているサッカー部。
何かにつけてうるさい? 違う。何ごとにも、体育の授業にすら一生懸命。

いくら押さえつけようとしても、現状を肯定する材料は壊れた水道管から吹き出す水のように心の奥底からとめどなく湧き上がってきた。

もはや濁流のようになったそれにのまそうになりながらも、歩の心はなんとか一筋の糸を掴もうとしていた。

授業が終わるチャイムが鳴り、解散の合図がかかると同時に歩は駆け出した。苦しいながらもどこか心地よかったこの一週間。それに決着をつけるためには、自分から告白するしかないと決意したのだ。やることは変わらない。そのプランを実行に移す時が来たのだ。

歩が昇降口に辿り付くと、校庭での体育を終えた女子が靴を履き替えているところであった。その中に、クラスメイトと談笑する彩の姿もあった。部活中とは違い、学校指定の体操着姿である。

「彩ちゃん」

誰かに見られて変に思われるかもしれない。もし振られたら笑いものになるかもしれない。でも、二人きりになるなら呼び出すしかない。一週間かけて出した結論だった。

「あれ、いっちゃん」
「彩ちゃん、ちょっといいかな」
「うん? いいけど」

彩から「先に行ってて」と言われたクラスメイトは怪訝な顔をしていた。その視線は本来なら怖かったと思う。でも今は違った。むしろ変な目で見てくれ。誤解してくれ。

昇降口から正面にある階段、その手前を曲がると保健室などへと続く廊下がある。この一階廊下には教室がなく、人気もない。ここならうってつけだ。屋上や校舎裏、放課後の教室といったフィクションのイメージとは違うけど、きっと現実はこんなものなのだろう。

「ごめんね、突然」
「ううん、いいけど。どうしたの?」

僕、彩ちゃんのことが好きなんだ。

言ってしまえばよかったのだと思う。山林の話が嘘でも本当でも、歩の気持ちに変わりはないのだ。でも、いざ彩の目を見るとその言葉を外へと出すことできなかった。まるで、膨らんだ心臓に引っかかったように。

「あ……いや、さっきさ、山林くんから」

そして代わりに出た言葉は、あまりにつまらないものだった。

「ああ、もう聞いちゃったか」

彩の顔がパッと綻ぶ。

その顔を見ると同時に、歩の防御機構が再び作動した。

「ごめんね、いっちゃんには言っておこうと思ったんだけど」

自動返信により相槌をうつ。彩の愛らしい笑顔はそれでも、深く潜った歩の心を抉った。

「いっちゃんも頑張ってね。応援するから」

応援? 何のことだろう。自動返信に不具合が出る。

「マリカ先生、ほんと素敵だよね」

ああ、そっか。いろいろなことが腑に落ちた。あれもこれも、でもそんなことはもうどうでもいい。とにかくはっきり言えることがある。

遠井彩は、一色歩を異性として意識していない。

濁流の中で伸ばした手は何も掴むことはなく、歩の心は一切の抵抗をやめた。

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