サイバーウェアと世界:落日のアフターマス

■サイバーウェアの戦争史
 60年代、ベトナム戦争帰還者を治療するためにサイバーウェアは生まれた。地雷、トラップ、過酷な環境によって失われた四肢を置換するためにだ。当初は不格好な義肢であり、生身の肉体には程遠い代物であったが、とあるブレイクスルーから性能は飛躍的に上昇した
 医療技術開発の雄【アズラエル・バイオテック】社が開発した伝導性シリコン《オリハルコン》。これは生身の肉体との親和性が高く、かつ微細な電気を読み取り伝達することで人間の神経とほぼ同等の働くという画期的なものだった。これにより疑似神経系を得たサイバー四肢は、生身の肉体と遜色のない能力を手に入れたのである

 70年代、アズラエル社と老舗軍需メーカー【マクダネル・アームズ】、そして国防総省の三者が手を取り合い、とある計画がスタートした。これまでのように肉体の代替とするのではなく、肉体をより強固にするためにサイバーウェアを使うことが出来ないか。そして将来的には、アメリカ軍人すべてを“スーパーソルジャー”にすることが出来ないか、と
 潤沢な予算と権限を得た二社は持ちうる限りの技術力を駆使し、人体実験を始めとする非合法な秘密実験を繰り返し今日のサイバーウェアの基礎を築いた。肉体と合一し、人間の持つ能力を限界以上に引き出す機械を作り上げたのだ

 サイバー兵士は後の湾岸戦争において多大な成果を挙げ、アメリカ躍進の原動力となった。後に技術が東側に流出し、世界中にサイバー技術が蔓延した今日においても、アメリカには最高の技術が集っている

■サイバーシンドローム
 90年代を通して軍が独占し、厳しい統制が敷かれていたサイバーウェア関連の情報だが、東側への流出を契機にアメリカは民間でのサイバーウェア開発を許可する法律を新たに施行した。民需を喚起することで、競争による質の向上を狙ったのである
 これは成功し、多くの企業がサイバーウェア市場に参入。大規模な身体成形を始めとしたコスメティックス市場から、ネットワーク技術を応用したデータリンク技術まで、様々な恩恵に預かることになった

 しかしその副作用として民間市場に多くのサイバーウェアが投入され、それを悪用するものたちが現れた。特に身体機能を強化するサイバーウェアは犯罪組織に好まれ、街中に統制の取れないサイバー兵士が現れる事態にさえなった
 また、急速なサイバー化によって心身に不調をきたすものも現れた。これまでは戦争神経症の一種として見られていたが、それとはまた別の、肉体が別のものに置き換わることによるストレスが原因だと判明したのである。“サイバーシンドローム”と名付けられたその症状は主に精神面に影響が現れ、共感性の低下、暴力性向の増加がよくみられた。2037年にはアメリカ全人口の1/4がサイバーシンドロームを患っていた

■《大空白》とサイバーウェア
 サイバーウェアはオリハルコンの神経コネクタを人体と接続することで起動する。動力は人間の運動によって賄われるため、別途外部動力を用意する必要はない。適切に使用していればほぼメンテナンスフリーで稼働するため、サイバーウェアの力は物資の欠乏した《大空白》においてなくてはならないものになっている
 装甲歩兵と同じく、サイバーウェアの生産は《大空白》の技術レベルでもかろうじて行うことが出来る。必要とされる設備のレベルが比較的低いためだ。設計図さえあれば、町工場レベルでもサイバーウェアの生産を行うことが出来るだろう。修復を行うサイバードクターもそれほど高い技量を必要としない
 そのため、深刻な損傷を追った場合でもサイバーウェアそのものの修理は行える、ということも少なくない。ただし、埋め込み手術を行う場合には感染症の恐れがあり、また導入後はリハビリを行わなければならないため、ある程度の規模がある集落でなければウェアの新規運用は難しい。《大空白》内でそれが出来ているのはGOH、トレイダーズ、そして技術者を囲い込んだオルト・ノーマッド氏族の一部だけだ

■主なサイバーウェア
・コスメティックウェア
 美容のため用いられるサイバーウェア。
 《インディペンデントの悲劇》以前のアメリカでは、小規模なコスメ改造を行っていないものの方が少数派だった
 耳の軟骨を整形しエルフのように尖ったものにする、顔全体をリフトアップし皺を取る、豊胸するといった小規模なものから、骨延長やエキゾチックな動物の特徴を模倣するといった大規模なものまでさまざま。とはいえ、ほとんどは実際的な効力を持っていない

・アウターウェア
 皮下金属プレート、人工筋肉、脚部強化など、外部から見てそれと分かるサイバーウェアを指す。身体能力や耐弾性の向上など、主に戦闘能力を強化するためのウェアであり、使用には許諾申請が求められる。《大空白》内ではよく用いられるテクノロジーだ

・インナーウェア
 主に神経系を調整し、レスポンスを向上させるウェア。神経直結ソケットはその典型であり、ヴィークルと人間の神経を接続することで「生身を操るような感覚で」ヴィークルを操縦出来るようになる。こちらも使用が制限されているものがほとんどだ

・オーガンウェア
 内臓機能を強化し、様々な恩恵を与えるサイバーウェア。美容目的で用いられる節食、消化器改善機能を持つものがその典型。中には人間が消化出来ないものを食べられるように人体を改造し、過酷な環境でも栄養を取れるようにするものもある

・サイバーボディ
 もっとも歴史が古く、技術が蓄積され、そして野心的な試みが成されているのがサイバーボディ分野だ。元々は機械式義肢だったが、現在はそれ以上のものになっている
 標準的なサイバーボディはアーム、レッグ、トルソー(胴体)からなる。頭部そのもののサイバー置換技術は未だ開発されていないが、今後の技術発展によっては生身の脳や脊椎を保存しつつサイバー化を行う“脳ミソ入れ”も実用化するだろう

 サイバーボディは高度なモジュール化が行われており、パーツを組み替えることで様々な用途に使用することが出来る。銃の内蔵、センサー機能の取り付け、指先に工作ツールを取り付けるといった小規模な物から、腕そのものを武器化したり、ワイヤーと巻き取り機構を装備しグラップル・ガンにするなど、独創的な改造を施すものもある
 サイバーボディ市場にはイマジネーションに溢れる創作者が多く参加しており、今後も多様な改造が現れることは間違いないだろう

・リミナルウェア
 これまでのサイバーウェアは人体の延長線上から外れないものだった。これからは違う
 人体には存在しない器官を取り付ける、四肢の増設、肉体そのものの巨大化……リミナルウェアは人体の境界線そのものを破壊し、人間を人工的に別のものへと変える技術である
 現在、さまざまな企業が試作型のリミナルウェアの開発・研究を行っている。しかし、こうした技術には倫理的な問題が付きまとうため進みは遅い。無理な改造はサイバーシンドロームを重症化させるのではないかとの懸念もある(実証はされていない)
 そこで、企業の中には秘密裏に《大空白》を利用しているものもいる。監視の目が届かない《大空白》の中ならばどんな実証実験でも行うことが出来るし、弱肉強食の荒野で力を求めるものは掃いて捨てるほどいるからだ

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