ゆきのまち幻想文学賞小品集のこと

 ゆきのまち幻想文学賞は、株式会社企画集団ぷりずむが主宰する短編文学賞です。「雪をテーマにし、雪の幻想性を表現した小さな物語」(原稿用紙10枚)が集う文学賞は28回を数えました。入選作品は、小品集として刊行される……予定です。
 賞の継続と小品集の刊行を祈念して、26回分までの小品集一言レビューです。極めて偏った個人的感想なのですが、興味を持っていただけた巻があったら、企画集団ぷりずむ様のサイト(http://www.prism-net.jp/0y-yuki/index.html)もしくはネット書店等を通じて、お手にとってみてください。

「ゆきのまち幻想文学小品集一」
 良くて数十編と思っていたら1446編の応募があって審査員が仰天したという、記念すべ第一回。大賞『雪あかり』(神崎照子)に出てくる真冬の金魚すくいのイメージも鮮やかだが、今なお忘れられない作品は、雪原を走る列車をちびっ子ギャングが襲ってくる『月夜のならず者たち』(末永いつ)。乗客もギャングたちも、とても愛しい。北の果ての終着駅を目指す列車は、きっと銀河鉄道なのだろう。「誰の代わりでもなくみんなで、幸せになろう」(p21)

「小品集二」
 審査講評によると、全体の水準はあがったが飛びぬけた一作がなく、現在のところ唯一大賞が出なかった回。
「タイトルっていうのは、人によって癖があるけれど、書いてゆく途中でね、作品がくっきりとしてきた時に“これがタイトル”っていうのが出てくるはずなんだ。そうするとその先がまた力が出てくるんだよ」(高田宏氏審査講評より)

「小品集三」
 『紫色の雪ひら』(末永いつ)は、生きて生まれてこられなかった少年に成り代わっていた夢を喰うバクと、少年の妹の物語。正体を知った時は別れの時なのだけど、余韻が素晴らしい。『雪玉青年団』(垂木項)の明るさとユーモアも捨てがたい。

「小品集四」
 何とも言えない味わいの『僕が決心した日』(青山博和)。目覚めたら家が雪に埋もれて外界から孤立していた一家の話。11歳の兄が雪を掘って偵察に行くが帰らず、次に僕が雪のトンネルを進む。僕が発見したのは兄が落ちたであろうクレバスだけで……

「小品集五」
 「読んだあとに、じゃあ外に出て、空気を吸って、ああ、いい小説を読んだなあっていう感じにならない。そこが僕は文学の大きな役割だと思う」「だけど、一番大きいのは、やっぱり文学っていうのは、読者を勇気づけなくてはいけないってことだよね」(審査講評より)

「小品集六」
 耳の聞こえない兄が、冬の静寂の中に様々な音を感じとって、それを妹と共有する『冬のうた』(野口麻衣子)が素敵な作品だった。長編部門では『Cに降る雪』(宇多ユリエ)はクローンの愛が切なく、『遊樹の森』(橋谷尚人)は空に浮かぶ遊樹のイメージが圧倒的。

「小品集七」
小品集を読むと様々な雪を感じるけれど、私の中で雪降る夜の底冷えを感じるという点で『巫女舞』(土肥英里子)を越える作品はない。読んでいると室温が下がって足が冷えてくる。『終わらないお別れ会』(島孝史)と共に、雪の秘める恐怖の部分が際立っていた。

「雪の道標 ゆきのまち幻想文学賞小品集八」
 大賞作品名が小品集のタイトルになったのは、この回から。『雪の道標』(北原尚生)は、それに相応しい圧倒的大賞だった。雪の存在感、幻想性、テーマ、全てにおいて瑕疵が無い。他に『雪見会の少年』(大矢風子)、『冬の花嫁』(原山淳子)、『世界樹』(本田倖)の雰囲気が好きだった。

「夜噺 ゆきのまち幻想文学賞小品集九」
 長編の『ノアの住む国』(北原なお)は地球に住めなくなって移住する未来が舞台、死ぬことは消滅することではなく命は繋がっていくという希望の物語。絵本にもなっているので興味のある方は、ぜひ。

「花びら餅 小品集十」
 幻想文学賞では、「雪」と「文学」と「幻想」のバランスが大事という講評がある。「幻想」がほとんどない作品が大賞や長編賞となるのは、「雪」と「文学」の面で他作品を圧倒している場合だと思う。長編賞『ふたり』(高野紀子)は、まさに。

「再会 ゆきのまち幻想文学賞小品集十一」 
 審査講評、高田氏の「(長編賞の)大矢さんは大化けした。だけど文章ってそんなに簡単によくならないものなんだけど、なんでかな、自信かな」という言葉が妙に頭に残っている。「自信」は、どうせ無理と投げ出さずギリギリ書き込む力に繋がるんじゃないかと思う。

「遠い記憶 ゆきのまち幻想文学賞小品集十二」
『遠い記憶』(冬川文子)は、火事で娘を助けようとして死んだ父親が霊となって苦しんでいて、娘の方は転生していて前世の記憶が戻った時に父親を恨み殺してしまう。辛い話だったが、幻想とリアリティーのバランスが見事だった。

「赤い女 ゆきのまち幻想文学賞小品集十三」
 私はファンタジーの人間なので幻想文学賞なのに幻想が入ってない作品は(ムムッ)と思ってしまうが、幻想ゼロの『遺書』(冬川文子)が、一番印象に残ったという不思議な13回。

「雪見酒 ゆきのまち幻想文学賞小品集十四」
 記念すべき、初応募の回。落選して、小品集を読んで、レベルの高さに尻尾を巻いて逃げ出した。大賞『雪見酒』(七森はな)も上手かったけれど、長編賞の『Identity Lullabay』(北原なお)が、なんだかもう凄かった。自分はウルゴール星人だと思っている青年は、体を作り変え、片道切符だけを持ってウルゴール星に旅立つ。支援者たちが見守る中、青年の試みは「失敗」に終わるのだけど、彼の人生は豊かだったと思う。

「心音 ゆきのまち幻想文学賞小品賞十五」
 ゆきのまち幻想文学賞なのだから、「幻想なしの作品はちょっと……」とか言いながら、歴代大賞の中でベスト3をあげろと言われたら『心音』(中山聖子)は外せない。雪を踏みしめる音と心音が重なるシーンが印象的で、10枚という制約の中でここまで書けるんだと胸打たれた作品。普段は小説を読まない父親も感じ入り、母親にいたっては未だに、幻想文学賞の話をするたびに「心音」を引き合いに出す。

「横着星 ゆきのまち幻想文学賞小品集十六」
『晦』(千地隆志)が怖かった! 大晦日の夜、大人たちは家を離れ、残された子どもたちの元には、人間じゃないもの「マ」がやって来る。この作品の印象が強烈過ぎて、他の作品が記憶の彼方に吹っ飛んだ16回。

「おいらん六花 ゆきのまち幻想文学賞小品集十七」
 後に萩尾望都さんの手によって漫画化された『菱川さんと猫』(建石明子)は原作も味わいがある。参考までに「審査員三人はそれぞれですが、私はもっぱら幻想性を審査します」(萩尾氏審査講評より)とのこと。

「河童と見た空 ゆきのまち幻想文学賞小品集十八」
 応募数は794編と決して多くは無かったのに、大賞、準大賞、長編賞、準長編賞が揃って出た稀に見るハイレベル回。天才作曲家の栄光と転落を描ききった長編賞『シュネームジーク』(小滝ダイゴロウ)のスケール感が凄い。

「雪の反転鏡 ゆきのまち幻想文学賞小品集十九」
 大賞作品『雪の反転鏡』(中山佳子)は、自分の足跡と会話するというアイデアもさることながら、反転鏡という単語を、どうやったら思いつくんだろうと唸った。私が絶賛推しは長編入選の『耳、垂れ』(福島千佳)。人の寿命が耳たぶにぶらさがっていて、それが見えてしまう女性が主人公。生れ落ちた息子の耳だれは、とても短かった。彼女は自分の耳だれと息子のそれをくっつけることに成功する。後は一刻も早く二人の耳だれを切り離して、息子に命を残すこと。「わたしの命の長さがあれば、きっと将来、故意のひとつも出来るわ。もしかして父親にもなれるかもしれない」(p190)母の愛、友情、色々な愛が詰まっている。

「もうひとつの階段 ゆきのまち幻想文学賞小品集二十」
 雪と幻想と文学の兼ね合いについて「もう少し幻想に歯止めがかからないと、糸の切れた凧みたいになってしまう」(高田氏審査講評より)という根源的な問題が話し合われた審査講評が一番読み応え有り。拙作『スノードーム』(10枚)が収録されています。

「風花 ゆきのまち幻想文学賞小品集二十一」
 選考期間中に東日本大震災があった。作品を読むことが魂沈めとなったという萩尾先生のの言葉が胸に残った。読むこと、書くことの意義を誰もが噛み締めた回だった。「幻想文学は凧揚げと非常に良く似ていると思います。(中略)もし凧の糸が切れてしまったら、もう大空を感じることはできない」(審査講評より)

「大きな木 ゆきのまち幻想文学賞小品集二十二」
 『大きな木』(山ノ内真樹子)、『まんずまんず』(紺野仲右エ門)の大らかな清々しさ、『大震災の雪』(内田東良)の切なさが印象深い。拙作『メロディ』(30枚)が収録されています。受賞した作品の中では秘かに一番お気に入り。

「とんでるじっちゃん ゆきのまち幻想文学賞小品集二十三」
 『藩士と珈琲』(木村千尋)で獣の精霊が死者を迎えに来るシーンは、「これぞ幻想!」と言いたくなった。全体的に大人の雰囲気の作品が多く、拙作『春の伝言板』(30枚)だけ子どもっぽいと言うか、パステルカラーで浮いていることを当時は気にしていた。(今は開き直った)

「詫助ひとつ ゆきのまち幻想文学賞小品集二十四」
 「やっぱり作品に生命感覚がほしい。特にエロスとフモールですよね」(審査講評より)大賞『詫助ひとつ』(瑞木加奈)、長編賞『およぐひと』(坂本美智子)ともに、力強く美しい。

「小さな魔法の降る日に 小品集二十五」
 リピーターが多いこの賞では、過去の入選作を越えることができず足踏みする常連を尻目に、煌く才能が颯爽と現われ大賞に輝くことがある。審査会で即決の『小さな魔法の降る日に』(毬)は作品も素晴らしいが、猫の魅力に悶絶。雪と詩を感じる。拙作『春夏秋冬』『最後の授業』が収録されています。

「冬の虫 ゆきのまち幻想文学賞小品集二十六」
 う、上手い!『冬の虫』(伊藤万記)は最初の一行でググッと世界に引き込まれた。『倍音の雪』(小滝ダイゴロウ)を読むと、雪の降る音に耳を澄ませたくなる。拙作『五月の香る雪』が収録されています。