最先端の文学
※イグBFC6参加作品
今貴方様に読んで頂いて貰って頂いている、この最先端の文学の主人公のほうを務めさせて頂いております、作家志望の中年男性のほうになります。
このまま読み進めてもらっても何の問題もありません。最後まで読み終えてもらえましたら、感動、興奮、見たことのない景色を目の当たりにする事間違いございませんので、どうぞご安心ください。
いやなに、こういう前置きをさせて頂かないとですね、作品に確固たる【保証】がありませんと、今の文学から遠ざかった、生きるだけで精一杯の現代人にはなんと言いますか響かないのですよ。時間が無くて保証の無いものは、まず手にも取らない。いえ、貴方のような芸術アンテナが鋭敏な方には無用な前置きですけどもね。
さて、で、いよいよこの物語の主人公を務めさせて頂くことになり、物語を進めさせて頂くわけですが、この主人公の座を勝ち取らせて頂くまで、就職も控えさせて頂いておりまして、バイトをやらさせて頂いておりました。
そして日々、倹約に努め節食し、こういう予防線を書いておかないとですね、まず世間一般の水準より下である事を強調しながら履歴書に書かせて頂いて、本日、ここに来させて頂くまで現場で腹痛を起こさせて貰っては大変ですので、ちゃんと自宅でうんこをもりもり出させて頂いて、電車に乗らせて頂いてここに来させて頂いてるわけじゃないですか。
今の時代、どこからどのような形でクレーム、誹謗中傷を受けさせて頂く可能性があるか分かったものではありませんのでね、意識の外からの攻撃、全方位ファンネルでですね、低姿勢で絶えず臨ませて頂く。この姿勢こそが唯一、これからを生き抜く最先端の文学となり得るのですね。この細部まで神経を尖らせた気配りが欠けた文学なんぞ、今後死ぬよ、逆に、と。
だから貴方は心地よいはずです。もてなさせて頂きながら物語を進めさせて頂いておりますのでこれはもう間違いはございません。
なるほど最先端の文学だ、という実感を賢明な読み手である貴方は今ビンビンに感じて頂いていらっしゃるはずです。
意識高い系の小説は、読んでいてもおいてけぼりな感じがする。分かります。ウケます。なってない。これからの文学は寄り添っていきます。作者の主張が一番ではありません。おはようからおやすみまで貴方の暮らしを見つめさせて頂きながら物語を進めさせて頂いております。作者ではなくこれからの小説は貴方が主体のほうになるのです。あえて逆に、マジで。
「ちがーう」
ちょっとお待ちください。この小説のほうを一旦中断させて頂いて状況を説明させて頂きます。今、私の脳内にちがう、と直接声が飛び込んで参りました。誰なのでしょうか。
「イグ神(しん)のほうになります」
テレパシーでイグ神のほうから今お読みになられているこの小説が否定された形の格好のほうになっている感じになっております。ああっ、振り返ったらなんですかこれは。視界全体、街並み空全体を覆う巨大な白い尻と真ん中にある薄ピンクの肛門!
「イグ神は書き手のイメージを具現化するから君には尻に見えるんだね。世間に流布している巨乳好きは嘘で本当は君、尻フェチだったんだね」
尻が喋っている……。
「読み手のことばかりを考えて、読み手を最優先したモノを作ると、文学の本質からはどんどん逸れていくよ。君は最先端の文学を一応目指して、最近のテレビで何気なく感じていた過剰な丁寧語が氾濫しすぎる違和感から、そこを言語化して大袈裟に演出すれば読み手を笑かしにかかれるんじゃね? みたいに思ったのかもしれないけど、それは文学の本質じゃないよ。喜ぶのはごく少数。狭いターゲットです。日々そんな【タネ】探しに奔走し、見つけたら嬉々として小手先のテクニックで調理してドヤ顔で得意げに差し出す。そこに執着し腐心しているうちはまだまだ。そんなもの文学のメインストリームに到達するには一皮剥けて二皮剥けてのレベルの話じゃないよ。カントン包茎だよ」
そ、そうなのか?
「恥ずかしいからやらないんでしょ? 己を問い詰めて問い詰めて問い詰めて問い詰めて、今ちょっと山口百恵のロックンロールウィドウの盛り上がりの所みたいな感じになっちゃったけど、己を問い詰めた先にあるもの、それこそが本物の文章だよ。切れば血が出る様な、叫び声が漏れる様な。他者ではなく己を磨き抜いた物こそのみが、他者を感動させることが出来るんだよ」
そ、そんな気がします。間違っていました。常に人の顔色を窺っていました。数字やカウント数こそが正義や成功だと思っていました。そうか、イグは邪念を浄化させるための装置だったんだ。
「成仏させてあげるよ、みんなでメインストリームに行こう」
街の上、巨大な白い尻をバックに書き手が一人、また一人宙に浮かび上がる。私も浮かび上がる。
皆、胸の真ん中から線香花火の最後の時のような火の玉が、パチパチと音を立てながらせり出してくる。これが邪念玉なんだな。
奥の方から順番に、邪念玉が空に吸い上げられていく。何千、何万という玉が渦を巻きながら薄ピンクの肛門に吸収されていく。
邪念玉が抜けた書き手は、一瞬でクシャッと干からびてミイラになった。あぁ、そろそろ私の順番に、私もミイラにな……。
膨張する尻、核爆発による閃光、宇宙、静寂……。