苗族放草鬼呪符事件 ⑱
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苗族放草鬼呪符事件 ⑱

暗闇検校(ダークくん、レッドショルダー斎藤)

「神農ですか?それは神農氏のことですよね!」
風間は小さく叫んだ。
「神農氏は警察関係では知られている神さまの名ですよ」
平野もかすかな笑顔を見せた。

神農氏は日本では医薬や農業の神であり、また、神農の時代に交易が盛んになり、はじめて市場や店ができたともいわれているため、商売の神様ともされている。
現在では、香具師や的屋といった露天商が祀っていることで知られている。
露天商の歴史は古いが、寺社の門前や市で漢方薬や香料を商い、辻医者、物売りをしていた彼らが、中華圏から伝来した神農氏を、自らの職業神として祀るようになったのが起源とされている。

「そうか!日本人にも、神農は尊敬されているんですねぇ!」
陳は甲高い声で叫ぶと、満足そうに笑みを浮かべ、2度、3度と頷いて、平野と風間の白磁杯に茶を注いだ。

「中国の神話世界は非常にややこしいですよ」
陳は急須にお湯を注ぐ。

「伏羲(ふくぎ)は、天地の理を理解することができ、中国の古代世界の帝王として、民族の発展に必要な文化をたくさん作りましたよ。伏羲は蛇の身体に人間の頭をもっていて、女媧(じょか)という神様と夫婦だったんだな。これが今の人類の始祖ともいわれているんですよ!」

「日本の、伊邪那岐、伊邪那美みたいな感じですねえ」
平野が話を合わせる。
陳は大きく目を見開いて、大きな身振りで話す。
口調も熱を帯びてきた。

「実はですね、この伏羲と女媧は苗族も信奉したと言われていますねえ・・・。これはね!実に不思議なことですよ!対立した民族同士が、同じ神さまを先祖だと思っているのですから」
そういうと陳は腹をゆすって笑った。

「中国最初の皇帝は、神農のあとを継いだ黄帝だとされていますよ。この皇帝位をめぐって、争いが起きましたよ。蚩尤(しゆう)という神ですが、神農の跡を狙って、黄帝と戦ったんですよ。この蚩尤が、苗族の先祖と言われていますよ。尤も、これは最近生まれた説ですけれども。反漢民族のために蚩尤がシンボルになったんだなあ」

苗族の名が出て、一瞬身構えた平野だったが、思わぬオチにがっくりとなった。
陳が笑みを浮かべた。

「伝説ではね、苗族は、呪術や妖怪を使って蚩尤を助けたと言われていますね。その伝説が本当なのか知らないんですよ。でも、実際に苗族は精霊を信仰して、呪術もよく使いますね。
苗族は、宋王朝の時代頃からですね、漢民族と衝突するようになったと考えられていますね。それから、何度も反乱がおきてますよ。
漢民族に対する敵愾心も強いんだなあ。弾圧事件もありましたからね。
古い老人たちは、いまでも苗族のことを怖がっていますよ。わたしの、台湾の知り合いも、苗族の話をするといやそうな顔をするんだなあ」

ここで話を区切ると、陳は大きな口をあけて笑った。
「あはははは」という金属質の甲高い笑い声が部屋に響き渡った。笑い声はしばらく続いた。
風間の額に脂汗が浮いた。
平野も、いま初めて目の前の中国人に底知れないものを感じたようだった。
二人は息をのんで後ずさった。

「陳さん、陳さん」
黙って話を聞いていた怜一郎が、手帳から紙片を取り出した。
そこには例の幾何学模様が描かれていた。

苗族放草鬼呪符!

怜一郎は、人差し指と中指の間に挟んで、紙片をひらひらと振ってから、陳の目の前に置いた。

「陳さん、これ、ご存知ですか?」
「なんですか?これは?」
「苗族の呪いのお札です」
今度は陳の顔がひきつった。
「豊川さん、冗談はいけないんだなあ」
「陳さんはご存知ないですか?これは」
「それはぁ・・・・知らないんだなあ・・・・」
「先だって、市川市で尹久島社長さんの娘さんが亡くなったのはご存知でしょう?」

「え!?あ!そうか!」
陳が中腰になって、目を見開いた。

「ちょ、ちょと、まってくださいよ、豊川さん!」
「なにかご存知ですか?」
「彼は、中国人ではないですか?」
「越南・・・」

「ちょっとまってくださいよ。その名前は記憶があるんですよ」
「なんですか?」
「ちょとな、確認したいね。少し時間をくださいよ。あなたの家に電話していいか!?」
「よろしくお願いいたします」

怜一郎は平野を見て、ニヤリとした。

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暗闇検校(ダークくん、レッドショルダー斎藤)
無所属独立系noter。 昭和の社会風俗小説、怪奇幻想小説、実話怪談、漫画論、文化論、性愛・恋愛小説。 怪奇幻想文学・評論の同人誌を作成中。紙本で発刊予定。その他、同人の著作、自著はkindle、紙本での刊行を企画中。年1~2度、投稿権を持った会費無料同人会員を若干名募集します。