島原への旅

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                       2019/01/04 第499号
          ☆★☆ TIPS通信 ☆★☆
       ▼消費生活アドバイザーの知恵が満載▼
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【 島原への旅 】

こんにちは。旅のアドバイザーのさくらです。

前回は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録された話と、5月に訪れた長崎市の様子をお伝えしました。
今回は、そのあと訪れた島原のお話です。

島原への旅は、諫早駅から出ている黄色い2両編成の列車「島原鉄道」に乗って始まりました。列車はゆっくりと島原半島を有明海沿いに進みます。途中海が見えたり、普賢岳の平成新山を遠くに見て、1時間ほどで島原に到着です。
島原城の大手門をモチーフにした島原駅では、鯉駅長のさっちゃんと金魚の助役れんちゃん、あいちゃんが出向かえてくれました。

まずは駅から見える島原城を目指して歩きだしました。島原城は元和4年(1618年)から松倉豊後守重政が7年かけて築城し、以来約250年間4氏18代の居城となっていましたが、明治7年解体されました。現在のお城は昭和に復元されたもので、天守閣には島原の乱にまつわるキリシタン資料並びに藩政時代の郷土資料・民俗資料などが展示されています。
また、お城から歩いて10分の所には、武家屋敷跡も残っていました。

島原は古くから水の都と呼ばれています。1日に20万トンの水が湧いて、市内60か所に湧水ポイントがあるそうです。島原城を出て、商店街の東側にある鯉の泳ぐまちを目指して、散策していると、島原温泉と足湯処に遭遇。靴を脱いでしばし足湯でのんびりしました。

鯉の泳ぐまちでは路地の水路に錦鯉が放流されています。行きたかった湧水庭園「四明荘」に到着。明治後期に建てられた建物の周りに、大小3つの池があり楓や菖蒲が植えられています。縁側からは「鯉が宙に浮いている」と海外で話題になった景色を堪能しました。お茶を出して下さった方は、「島原は水しかないから」と仰っていましたが、美味しいお茶も素晴らしい眺めも、豊かな水があればこそではないでしょうか。
湧水を生かした庭園は他にも、しまばら水屋敷やしまばら湧水館、観光交流センター「清流亭」などがあります。美味しい湧き水で白玉を冷やし、蜜をかけた「かんざらし」という素朴なスイーツを食べることも出来ます。

もう少し時間と足があれば、がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)や原城跡も訪れてみたかったです。
がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)は、平成2年に始まった雲仙普賢岳の噴火活動から平成8年の噴火活動終息宣言までに、大自然の脅威とそれに立ち向かった人々の英知を展示している火山体験学習施設だそうです。
島原の乱で天草四郎らが立て籠もり全滅した原城があるのは、島原駅から27キロ離れた南島原市です。原城跡地には、天草四郎の像と十字架が建てられており、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のひとつになっています。

今回は、電車と徒歩の旅だったため、島原駅を中心とした半日の日程でしたが、のんびり島原鉄道に揺られ、美しい水の都でゆったりくつろいだ癒しの旅となりました。
島原は、古くは島原の乱、最近では雲仙普賢岳の噴火と火砕流、土石流災害など、悲劇に見舞われてきました。私は雲仙普賢岳噴火の前にも島原を訪れたことがあります。普賢岳を臨む新田峠はミヤマキリシマがきれいでしたし、市内は鯉が泳ぐ美しい水が流れていました。
火砕流やその後の土石流のニュースを見た時に、あんなに美しかった町がどうなってしまうのかと愕然としました。
しかし、今回の旅で出会った方がみんな素敵な笑顔をされていました。きっと大変なご苦労をされたのだと思います。苦難を乗り越えてこられたからこそ、旅人にも優しいのでしょう。素敵な時間をありがとうございました。
みなさんも長崎、島原の旅いかがですか?

参考サイト:
ENJOY!しまばら https://www.shimabaraonsen.com/
=============================================
■ 発行:くらしの情報発信研究会
■ Copyright (C)2020 くらしの情報発信研究会
■ 掲載記事の無断転載を禁じます。
■ 投稿バックナンバー https://note.com/kurashinojoho/
=============================================

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?