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今思えばあれは大切な言葉だった

#27  誰かに言われた大切な言葉

その昔、仕事の話。

駅前のロータリーでは風に吹かれて派手柄の空き缶が転がっている。度数の高いチープなお酒で急速に酔えば、外飲みだって耐えられるのだろうか。11月も末、冷たい地面には昼間っから座り込んで飲んだ誰かの体温など残るはずもない。

年末を前にした繁忙期。商談を終えた、わたしと上司の帰り道。残った資料と手応えを会社のロゴ入り紙袋に詰め込んで、早足で駅に向かいながら次のアクションプランを練る。

大事な商談が終わったところで時刻はまだ16時だし、提案の結論が出るのはさらに数ヶ月先。もちろん座り込んで飲み始めるわけもなく、転がる空き缶横目に隣の喫煙所に吸い込まれる。

令和になってもまだまだ喫煙者が減らない会社だと思っていたのに、20代が多いチームでは圧倒的にマイノリティ。上司との仕事後の一服は、お互いにとって乾杯するよりも希少価値が高いひとときだ。

 面接、どうよ。
 あー、たぶん、いけそうです。
 忙しいけど、うまいことやって。

当時のわたしは、繁忙期の合間に転職活動を進めていた。オープンな環境ゆえ、退職を視野に入れていることもチームメンバーに明かしていたのだった。

選考の過程で、隣で一服するこの上司にもお世話になっている。志望企業から求められたリファレンスチェックに協力してもらったのだ。

リファレンスチェックとは、中途求職者に関する情報を、企業が他者評価を通して確認する工程を指す。いわば身辺調査。どうやら記述式アンケートだったようで、回答にも相当骨が折れたらしい。

 そういえば、リファレンスチェックありがとうございました。
 ……何書いたか気になる?
 いや別に、いいです。

そもそもリファレンスチェックって、求職者本人に内容を明かしてはいけないはずだ。わたしだって上司が仔細を語るとは思っていない。もともと、淡々と数字は出すが、感情を出さない人だし。

制したにもかかわらず、表情ひとつ変えずに彼は続けた。


「ものは使いよう、って書いといた。コツがいるんだよね。使いこなせなさそうなら、返してもらうわ。」


ちょうど2本目を吸い終わって、喫煙所を出る。商談の後は自宅に戻ってそれぞれリモートワーク。

 同行ありがとうございました。お疲れさまです。

ロータリーで別れて、帰りの電車内でひとり反芻する。

ものは使いよう、上等じゃん。できるやつだらけの会社と尊敬する上司にとって、多少は使い道があったなら。決して出来のいい部下ではなかったわたしは、単純にそう解釈した。


数ヶ月経ち商談にも結論が出て、繁忙期が終わる。
わたしはこの会社を辞めた。

投げかけられた言葉は、思い返すたびにちょっと違う味がする。一粒で二度美味しいお菓子とか、角度によって見え方が変わる騙し絵とか。どちらかというと後者だな。

上司との数年間を通して文脈を補填すると、本当はこういうことだったんじゃないか。


ものは使いよう。
会社やチームは、長い付き合いを通して「わたし」の使い方を知っている。だから走れている。

新しい会社やチームは、「わたし」の使い方を知らない。走り続けたいなら、仕事を通して自己開示せよ。

他人以上に自分自身がその走らせ方、機嫌の取り方を理解しているか?そうは見えないけど。


できれば真意を聞きに行きたいところだけど、今のわたしには対峙する勇気がない。いつか彼が会社を起こしたとして、一緒に働いてもらえるくらいのわたしでなければ。

上司がリファレンスチェックに本当は何を書いたのか、一生見ることはない。だからこそ、手がかりのひとことを何度も反芻する。都合よく解釈して働いてやろうと思う。


いしかわゆきさんの『書く習慣』、1ヶ月書くチャレンジをされている方にヒントを得て。残るテーマはあと3本。書けるかなあって、まだ言ってます。


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