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倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑳「スナックカンナ(米寿)」

スナックカンナ(米寿)


 大学二年目の冬休みに帰省した。

 俺の実家は最寄り駅の周りに田んぼしかないようなところだ。冬なので、見渡す限りはだかの田んぼで、寒々としている。
 駅前に、地元に残った友達がクルマで迎えに来てくれていた。

「おかえり」
「ただいま」

 クルマの礼を兼ね、駅で買った土産を渡す。
 隣の家の、タダシだ。高校を卒業してからは地元の自動車整備学校に通っている。

「どうよ、大都会(笑)」

 大学は東京ではなく、同じ県内の都市部にあるのだが、大都会(笑)扱いなので微妙だが仕方ない。

「まあまあ、そんな変わらないよ」

 高校の時だって、よく遊びに行っていたじゃないかね。君もな。

「さびれゆく地元を、どう思うよ」

 さびれゆく、のかどうかはわからないが、たしかに大型スーパーくらいしか店がない。それと大型酒店とホームセンター。

「でも、やってるじゃないの、〈すずらん美容室〉」

 タダシの従姉が働いている昔からの美容室だ。

「おう」

 ちょうどクルマがその横を通っていった。となると、じきに実家だ。

「……」

 そこで唐突に、俺はかねてからの疑問があったことを思い出した。

「あのさ、〈スナックカンナ〉って、どうなってるのよ」
「あ?」

〈すずらん美容室〉は、二階建ての建物の二階にある。
 一階にあるのは〈スナックカンナ〉だ。
 開いているところを、子供の頃から一度も見たことがない。
 その割には、閉店後放置されて、荒れ果てている、というかんじでもない。看板は埃もなくこぎれいだ。

「あれか?」

 夏に帰ったときはタイヘイの家がやってる居酒屋に集まったし、そもそも〈スナック〉って。ただでさえ入りづらいかんじがする。常連しかいなさそうな。

「あれは、オオサキさんちの婆ちゃんの店だよ」
「婆ちゃん?」

 オオサキさんは、このあたりでも大きいほうの米農家だ。このあたりの小学生はみな、田植え体験でお世話になっている。なので婆ちゃんの顔も、みんな知っている。
 あ、そうか。カンナ婆ちゃんだ。

「婆ちゃん、カラオケ好きでな」
「カラオケ」
「農閑期に歌いたいから、て、建てた店だって」

 ……富農はすごいな。

「上が美容室で、家賃収入もあるから、いいんじゃねえの」
「なるほどなー」

 酒が飲める歳になるタイミングで地元を半分離れたので、子供の頃の疑問がいくつか宙ぶらりんになっている。こっちで大人になる奴と、ならない奴の差をうっすら感じ、さみしいような、へんな気分だ。

「ありがとうね、タダシくん。
 おかえり」

 家に着くと、母が出迎えてくれた。
 タダシは、また明日な、と、帰って行った。

 * *

「〈スナックカンナ〉? 行くか?」

 さっきまでタダシとそんな話をしていた、と、軽く話していたら、親父がビールを注ぎながらそんなことを言い出した。

「行ったことあるの?」
「あるある。隣のササキさんと」

 タダシの父ちゃんじゃねえか。
 というか、人気店なのか。

「ありがたいのよー、バレーボールの打ち上げで使わせてもらったし」

 母ちゃんまで。

「ただ、料理持ち込まないと乾きものしか出ないからな」
「乾きもの」
「乾きものしか出ない」

 妙な部分をきっぱり言われた。

 * *

「なんだこれは……」

 俺とタダシは、タンバリンとマラカスを持たされ、〈スナックカンナ〉の片隅に座らされている。

「あら、若い人がいて、嬉しいわー」

 ゆうべ両親に〈スナックカンナ〉の話をしただけで、これだ。

「お婆ちゃん、米寿なのよー、祝ってあげてねー」

 全く知らなかったのだが、今日、カンナ婆ちゃんは親戚一同と町内会で米寿のお祝いをし、二次会として〈スナックカンナ〉に集い、カラオケ仲間とめでたさをわかち合う、そういう流れだったそうなのだ。
 そのお祝いにうちの両親が呼ばれていたので、何となくの流れで俺が呼ばれ、タダシも巻き込まれた。

「おめでとうございます」
「ありがとうな」

 カンナ婆ちゃん、俺のこともタダシのことも、そんなに覚えてないんじゃないか。髪色が知らない間に紫になってたし。
 しかし、婆ちゃんは言った。

「町の子は、みんな孫みてえなもの。
 さ、食べて行ってな」

 米寿。88歳ともなれば、小さいことなどめでたさで吹き飛ばせるのだろう。ありがとう。そして、おめでとう。
 テーブルには寿司桶が3つと、おそらく山田菜々美の家(中華料理屋)で準備したオードブルの大皿も3皿ある。

「タダシ、」

 タダシは、この状況をどう見ているか。

「ああ。公民館のカラオケ教室のメンバーだな」

 年に一度、公民館でミラーボールを回し、発表会があるのだという。

「いつの間にそんな教室が」
「カンナ婆ちゃんが、呼んだって噂だよ」

 行動力あるな、婆ちゃん。

「まあ、町を離れる奴も、残る奴もいるけど、それなりにやってるのさ」

「みなさん、」

 青いスパンコールのジャケットを着た〈すずらん美容室〉のオヤジが司会者だった。

「長く、町に貢献してきたカンナさん、堂々の88歳、まことに、おめでとうございます」

 大きな拍手が起こり、俺とタダシも鳴り物を鳴らす。

「では、早速歌っていただきましょう。
『南国土佐を後にして』」

 この話には、とくにオチはなくて、俺とタダシは鳴り物を鳴らし、カラオケ教室仲間たちはカンナ婆ちゃんと大合唱になり、まあまあ、盛り上がってよい感じだった、という、二十歳の冬の思い出であることだった。

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