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13章 風水と部屋の片付け

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 次回の「新わくわく片付け講座」の申込書を整理しながら、まろみはあらあら、今度は風水ですってと蔵子に書類を突き出した。
「なによ、まろみちゃん。びっくりするじゃない」
 これこれと指をさして、まろみは読みあげた。


「受講の動機、最近平らな道で転んだり、財布を落としたり、娘に買ってもらったスマホも紛失し、よくないことが続くので有名な風水の先生にみてもらいに行きました。
先生がおっしゃるには、あなたは、まず部屋を片付けなさいといわれました。片付かないと、方位もラッキーアイテムもみられないそうです。わたしも、これ以上不運なことが続いてはかなわないので、片付けようと思ったのですが気持ちだけではどうにもなりません。そこで、講座に参加して部屋を整理し、風水の先生のところに行きたいのです」


「時々、風水に凝っておられる方が参加されるけど。風水の先生にみてもらうために参加するという人は初めてね」
「それに、道で転ぶとか、スマホを失くすのが不運だったら、わたしなんか、3日に1度は不運です」
 たしかにねと蔵子はうなずき,続けた。
「不運というより、うっかりみたいね」
「そうですよ。不運というのは、道を歩いていたら、上から漬物石が降ってきて怪我をした、みたいなことですよ」
「漬物石? いくらなんでも、それはないでしょう、いつの話よ」
 まろみは神妙に答えた。
「それがあったのですよ。うちのマンションで、漬物が漬かりすぎだと言ったご主人に腹を立てた奥さんが、漬物石を投げたのです。重いから両手の下手投げで投げたら、ご主人に当たらず、3階の窓から落下。下を歩いていた人の肩に当たって。大騒ぎ」
「まあ、たいへんじゃない」
「そうですよ。殺人未遂になるかもしれないとか…」


 蔵子はまろみの目をじっと見た。
「それって、この前、読んだ昭和の推理小説の話じゃないの」
「ばれました? しかし、風水って当たるのですか」
 蔵子の表情が固まった。
「クイズではないから、当たりはずれの問題ではないと思うけど。」
「だけど、黄色の財布を持つとお金持ちになるとか…」
「それはわからない。黄色い財布でお金持ちになったという人に会ったことがないから。そういえば、以前、二世帯住宅の設計をした時のお施主さんで方位にこだわる方がおられてね」
「家相ってやつですか」
「そう、台所のコンロを置く位置で、お姑さんとお嫁さんがもめたことがあったのよ」


 他人のトラブルは蜜の味とばかりに、まろみは期待の目を向けた。
「お嫁さんの希望の間取りで、動線とか、使い勝手からいって、ここしかないと思う位置にコンロを置こうとしたら、お姑さんがこの方角に火の気をもってくるのはよくないと反対されてね」
 まろみはうれしそうにうなずいた。
「結局、台所は別にすることになったの」
「それじゃあ、良くない方角の火の気はどうなったのですか。火事でもあったとか」
 苦笑いをしながら、蔵子は当時を振り返った。
「何にもなかったけど。嫁姑は口もきかなくなりました。おしまい」

 風水、家相がそんなに大事なことなのかと疑問に思ったまろみは、仕事帰りに図書館に寄った。
四柱推命、星占い、姓名判断と、占いの本をたどっていくと、風水の本は3冊あった。
閲覧の席について、本を読み始めた。

なになに、風水は四千年前に中国で生まれた。ものには陰陽があり、陰は暗いものや古いもの、陽は明るいものや新しいものをいう。
ふむふむ、そういえば、暗い人を陰気な人と言い、明るい人を陽気な人という。なるほど、陰陽はバランスが大切で、陰の気がたまると病気になる。
また、風水は環境学でもある。中国では四千年も前から環境のことを考えていたのだろうか。と感心、そのわりに今の中国はPM2.5とか原発がどうしたとかなかったかな? 環境をぶっ壊してるとしか思えないのに…。

 住まいには龍脈がある。これは気の流れのようなもので、滞るとラッキーパワーが失われる。つまり、ものがいっぱいだとラッキーパワーが失われるということだろうか。
 その上、使わない古いものを貯めておくと、陰の気が増えて、ますますラッキーパワーが失われる。
 どの本も、同じようなことが書かれ、まず部屋を片付けてきれいに掃除をすることが重要だと書かれている。

 そういえばi以前女性週刊誌で、汚部屋に住んでいるから彼氏を部屋に呼べなくて婚活ができないとか、汚部屋を見た彼氏から二度と連絡が来なくなったという記事を読んだ。
 やはり、汚部屋にはラッキーパワーがないから彼ができないのだ。
 それでは汚部屋ではないのに、わたしに彼ができないのはどういうわけだ?
 と、ひとりで突っ込んでどうする。

 彼氏のことはさておき、風水の先生が方位やラッキーアイテムの前に、家の中を片付けなさいといわれたのも無理はない。
 これは、風水の先生と組んで仕事ができるかもしれない。明日、蔵子さんに話してみよう。
 まろみちゃーん、お手柄よ パチパチ、なんてね。まろみはうきうきして図書館を後にした。

 翌朝、蔵子が出社すると、珍しくまろみがパソコンの前にいた。
「おはようございます」を省いて、まろみは風水の先生と組んで仕事をしたらどうでしょうかと、まくしたてた。

「いったい、どういう風の吹きまわし?」
「だから、『新わくわく片付け講座』に、風水の先生も講師で来てもらうのです」
 電気ポットに水を満たして電源を入れ、お茶の用意をしながら、蔵子はまろみのはしゃぎぶりを観察した。
 ようやく、与えられた仕事ではなく、自分で考えて仕事をしようという時期にさしかかったのだろうか。

「まろみちゃんは、五月生まれのおうし座だったわね」
勢いをそがれて、まろみは生返事をした。
「新聞やネットで今週の星占いは見てるの?」
「見てますよ、それがなにか…」
「例えば、ある占いで、今日はラッキーデーで、ほかの占いでは、ついてないと書いてあったことはない?」
「ありますよ。だから、一番よいことが書いてある占いだけ信じることにしています」
「そういう人が多いみたいね。風水も似たようなことがあると思わない」
額をこぶしで軽くたたいて、まろみは狭い事務所を歩き回った。
「わかりました。風水も占う人によって解釈が違うということですね」
 立ち止まって、まろみはにっこりした。

「そういうこと。ただ、部屋を整理してきれいにする、余計なものを置かないのは風水の基本だと思うけどね」
「せっかく、いい考えだと思ったのですが…」
「今回は残念ながら採用できなかったけど、まろみちゃんが色々考えてくれるのは大歓迎よ」
「ほんとですか、がんばらなくちゃ。そういえば、今朝は、朝ごはんを食べてなくて…」
「腹が減っては戦はできぬ。コンビニでパンかおにぎりでも買って来たら?」
 いいですか、いってきまぁーすと、まろみは財布も持たずに飛び出していった。

 「新わくわく片付け講座」の初日、受付をしていたまろみが、蔵子の耳元でささやいた。
「あの、紫の塊みたいな人が、例の風水の花園くららさんです」
「今日のラッキーカラーなのかしら」
「いえ、ネームカードを渡す時に訊いたら、テレビでカラーセラピーの先生が、紫は女性ホルモンを活発にして、神秘的な魅力が増すと言ってたそうです。特に、団塊世代の熟年夫婦には、お勧めの色だそうです。うっふん」
「なによ、そのうっふんって、気持ち悪いわね」
それにしても、今日は紫の洋服を着ている人が多い。ざっと数えて8人。

 紫というのは好き嫌いの激しい色で着こなすのは難しい、女性が20人いて、その中の4割が紫というのは通常では考えられない。
改めて、テレビの影響は恐ろしいと思うが、それにのせられて紫の洋服を着るというのも、いかがなものか。すぐに飛びついて、すぐに飽きて次を買う。これで洋服が売れて、消費は活性化されるのだろうか。豊かさとは、そういうことではないのではないか。

「蔵子さん、そろそろ時間ですよ」
まろみの声に蔵子は気を取り直して、講座初日のあいさつに立った。
 初日はパーソナルカラーの講座で、8人の紫に、講師の松平郁子は戸惑ったようだが、上手に似合う色の話にもっていった。

 日本人がもっている紫の色の観念は非常に幅広く、京紫といわれる赤味の紫から、歌舞伎の『助六』の鉢巻きで有名な江戸紫まで、たくさんの紫があることを説明した。
 また、紫は着こなしの難しい色で、上品か下品かどちらかになり、その中間はないので、紫は慎重に選んで欲しいと、受講者を見渡した。

 紫色の服を着ている受講者は、全員が自分は上品だと思っているらしく、ふんふんとうなずいていた。
 一人ひとりの似合う色を診断する時に、郁子は細心の注意をはらった。

お召しになっているこの紫もよいですが、もう少し薄い紫がお似合いですなど、「似合わない」という言葉を使わないようにしながら、アドバイスをした。

 講座が終わって、蔵子は郁子にお疲れ様でしたと声をかけた。
「ほんと、今日は…疲れました」
 まろみがぷっと吹き出した。
「笑い事じゃないわよ、まろみちゃん。紫軍団のパワーはすごいわよ」
「そうですねえ。次回は何色になるでしょうか」
「さあ、テレビのカラーセラピーの先生に聞いてちょうだい」

 講座の初日を終え、蔵子とまろみは事務所にもどった。
まろみがお茶を入れてきた。
「蔵子さん、さる筋の情報によりますと、花園くららさんは本名ではないそうです」
「さる筋って、どこの筋よ」
「それは、企業秘密です」
 なるほどねえと、蔵子が湯呑みをのぞくと茶柱が立っていた。
 これはなにかいいことのある前触れだろうか。
 まろみはひとりでしゃべっている。花園くららは宝塚歌劇のファンで、本名は別にあるが、最近はどこでも花園くららと名乗っているそうだ。

 まろみの言葉は蔵子の耳を素通りし、茶柱が立つと縁起がいいといわれるのはなぜだろうかと考えていた。
 蔵子さん聞いてます? とまろみが蔵子の前で手をひらひらさせた。
「ごめん、聞いてなかった」
「くららさんの隣に座っていた歌津絵さんも、風水に凝っているそうですよ。なんだか2人で盛り上がってました」
「興味のある人は、それでいいのでは? 他の人にまであれこれアドバイスをされると困るけど」
「どうしてですか」
「だって、まろみちゃん、お宅の玄関の方角が悪いって言われたらどうする?」
「マンションの玄関の方角は変えられません」
「そうでしょう。だけど、それまで気にしなかった人が、うちの玄関の方角が悪いらしいと気になりだしたら、体調が悪いのはそのせいかもしれないとか、いろいろ考えてしまうかもしれない」
 そうですねえとまろみは腕を組んで、やっぱり風水を講座に入れるのは難しいですね、と黙り込んだ。

 その後、トラブルもなく「新わくわく片付け講座」は最終回を迎えた。
「皆さん、ひとりの脱落者も無く、無事講座を終えられました。あとは、講座で学ばれたことをいかに実践し、継続されるかです。それでは、最後になにかご質問がありましたら…」
 花園くららが手を挙げ、指名される前に立ち上がった。
「あの、ようやくわたしも、自分がいかに多くのものを抱え込んでいたか、わかりました。似合わない洋服や、はけない靴など、12帖のクロゼットにたくさんありまして、処分するために、来週の日曜にガレージセールを開こうと思います。リサイクルできるものはリサイクルしたほうがよいですからね。いかがですか、蔵子さん」
有無を言わせない口調だった。
はぁと、蔵子はあいまいな返事をしたが、くららの言葉は止まらない。
「そこで、チラシを作ってきました。皆さん是非お越しください。ブランドのバッグ、靴、洋服が山ほどあります。ガレージセールといっても値段は全部千円以下です」
 ブランドと千円以下という言葉に、受講者の関心は高まった。
 くららは自ら、自宅の住所と地図が描かれたチラシを配り始めた。
 まろみが蔵子に走り寄って、いいのですかと訊いた。今回は仕方ないわねと、蔵子は急に熱気を帯びた会場を見まわした。

 それでは日曜日に、と受講者たちは上機嫌で帰って行った。
「最後にガレージセールになるとは思いませんでしたね」
「ほんと、まいりましたって感じ」
「荷物を整理しましょう。できるだけリサイクルしましょうって言った手前、やめなさいとも言えないし…」
「ガレージセール自体はいいのよ。だけど、講座に参加した人がガレージセールに行って、また、山ほど洋服を抱え込んだら、元の木阿弥ね」
 2人で同時にためいきをつき、それがおかしくて笑った。
「今回の講座も無事おわったから、打ち上げに行きましょう」
「駅前の焼鳥屋が3周年記念の大サービスでで、1時間飲み放題1000円です」
「そうね、パーっといきましょう」

13章 終

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ひとり暮らしの老前整理® (13)


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