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身体を削って何者かになろうと生きてきた中年障害者にそろそろ無理が出てきた話

ここのところ、体調が思わしくない。私は体調管理にvivosmart 4というライフロガーの体力を可視化する機能を使っているんだけども、10月からこっち、マックス100のところ、30も出なくなった。

4月に転職して在宅勤務となったものも、出力をどう調整していいかわからずにガムシャラに動きすぎて無茶な量のタスクを作ってしまった。それに加えて、夏には相方が大怪我で入院して、退院後も2ヶ月は介助が必要な状態になって、精神的にも体力的にもかなり追い込まれた状態になっていた。ストレスかなんかわからんけども、ただでさえ標準体重を大きく上回っているのに秋になる前に更に肥えた。

特に、自分のメンタルクリニックの通院に加えて、怪我を境に更に外出が困難になった相方の分のメンタルクリニックへの通院や、てんかんの神経内科への付添い、怪我の治療、その他続出する肉体的・精神的なトラブルからくる対応…と一番忙しい時期には1週間で5回も病院に行っていた。それに加えて、薬局に行ったり役所で還付申請やいろんな免除についての書類を提出していたので、平日は病院と薬局と役所周り、一般的な休日にまとめて仕事をする、というような全く休みがなかった状態が3ヶ月くらい続いていた。

10月に入って、幸いに相方が在宅医療を受けられることがわかり、訪問精神医療を受け持ってくれる診療所に転院した。どういうわけかついでに私も転院した。その結果、随分と通院に関する負担は減ったので、さて、仕事に集中するか!と意気込んだけど、その頃を境に急激にだるくて起きれないとか、身体中が痛いとか、寝ても疲れが取れない、ということが続いた。それで、医者が訪問したときに相談したら、内科医が来てくれて(本当に助かります)色々見てもらったら、軽い不整脈があって、狭心症のおそれがあるという話になった。日頃の不摂生とストレスやらがいろいろあって、身体に無理が来ているということだ。

心臓の負担を下げる薬を飲んでだいぶライフロガー上の体力は戻ってきたんだけど、薬の副作用なのか、そもそも心臓の負担を減らすために脈が上がらないのでエネルギーが行き渡らないのか、とにかくすぐにへばる。前なら2時間仕事できていたところ、今は1時間も書物をしているともう疲れて回復のために横にならないと何もできない状態だ。

なんとか捻出できる仕事時間を本業に充て、他のタスクは大変不義理しつつ断ったり、一度中断したり、遅らせたりしているけども、正直、情けなくて涙が出てくる。でも、医者から「今無理したら死にますよ?ガチで」と警告されてるし、35歳をすぎて急死した人の話を身近でもちょこちょこ聞くので流石におとなしくしている他ない。

まぁ、18歳からこっち、酒タバコ過食運動不足夜遊び徹夜運動不足と身体に悪いことを積み重ねているし、一時期は発泡酒を1ケース6本飲み切って、それに安いウィスキーやウオッカ、自販機で売っている日本酒を追加で身体に流し込むみたいなアル中生活をしていた。しかも精神薬や睡眠薬をちゃんぽんで酒で流し込んでいたので、中年に差し掛かろうとした今、そりゃ心臓や肝臓に無理は来るだろうし、むしろこれまで死んでなかったことに感謝するしかない。

まぁ、正直、今は「ロスタイム」を生きている感覚で死ぬことも大したことではないのだけども、生活能力が0で私に依存している相方が路頭に迷うことだけは避けたいとは思っている。だから、とりあえず身体に負担がかかることは最大限避けるようにしている。

こういう無理ができない身体になってみると、つくづく人間は健康が資本で、そういう資本を持ち得ないことが障害者や病人の「負債」であるなぁと感じる。ただまぁ、私の場合、すでに「生まれつき聞こえない」だの「ADHD」だの「双極性障害」だのがあるから、そんな資本を持ったことがない。負債がまた増えたか、くらいの気持ちだ。

アル中寸前の生活から復活できたここ数年間、「障害者ゆえにできなかったこと」とか「本当はやりたかったけどできなかったこと」をガムシャラに取り返えそうという執念で突き進んできた。幸い、この執念が実をつけたことも多いのだけども、やはり、聞こえないことや精神的な病のせいで体力の減り方が装甲車並みに早い私にとっては知らず知らずに疲弊を重ねてきたんだろう。今回の身体の疲弊は、そろそろ一つ、区切りをつけろ、という知らせかもしれない。

いろいろ残務はあるし、まだかきあげてない本や原稿もあるんだけど、とりあえず新しい仕事を請け負わないで、今あることを消化し、広さから高さを求めるようにしていきたい。色々仕切り直しだ。35歳という区切りでは、それも悪くはない。

いつ死んでもいいという考えるのは、若い頃の特権で、今の私はいつ死んでもいいというにはいろんな他人(ひと)の人生に食い込みすぎた。そういう意味でも、もう若くはないのだ。

まだまだリアイアする気もないし、経済的にリタイアもできないけれども、そろそろ力任せな生き方を「エコ」にしていこう。体力が30でもとりあえず息切れしない生き方を学んでいこう。ポンコツな身体を更にポンコツにしつつも、最低限はこなしていこう。最低限ができないなら、人に頼ろう。とりあえず、みっともなくても生きていこう。相方と一緒に、生きていこう。

【追記】 現在、弊社でクラウドファンディングをやっています。ポンコツな身体をなんとかしつつ担当者として頑張っていますので、趣旨に賛同いただけましたらご支援いただけると喜びます。よろしくお願いいたします。


妻のあおががてんかん再発とか体調の悪化とかで仕事をやめることになりました。障害者の自分で妻一人養うことはかなり厳しいのでコンテンツがオモシロかったらサポートしていただけると全裸で土下座マシンになります。