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香港駐在員小説「蛙のよだれ」に世界のローカルな広さを思い知ったよ!ってお話

こんばんは。くらげです。

人間、35年も生きていると「よくわからない知り合い」というものが一人は出てくるものだけど、私の周りにはなぜか「正体はわからないけどなんか凄いヒト」というのが結構多い。

タイで怪しい仕事をしていて今はジョージアでシェアハウスをどうのこうのしている血を吐くパンダ、診断されてない以上はADHDではないと言い張りつつマンションを勢いで買っちゃう社長、風見鶏と言われながら政界にしがみつき国会議員になった政治家…とかそういうたぐいなのだけども、極めつけに凄いと思うのはVALUで知り合った「そんぷ〜」さんという人間(或いはカエル)だ。

VALUとは人間に対してVAというクーポンを発行して寄付を集めたり、VAを仮想通貨でトレードして価値を高めることができる、という鳴り物入りで始まったサービスだった。しかし、様々なトラブルや仮想通貨バブルの崩壊、仮想通貨に関する法的規制に対して運営が対応できず今年の3月で完全にサービスを終了する。

私もVALUで自分のVAを発行していて、ありがたいことに結構売れた。リターンも結構行使出来たと思う。(狭い)世間的には「完全に失敗したサービス」なのだろうけども、極貧期の私にとっては結構救いになったサービスだった。

でも、金銭的なメリット以上に「面白いヒト」と交流が深まったのが大きくて、VALUで知り合った方々から生まれたプロダクションや仕事もある。そういう意味ではVALUに感謝している。

そんぷ〜さんもこのVALUで知り合った方なのだけども、最もVALU(の運営)を嫌い、誰よりもVALUを愛して使いこなした人間だ。

このカエルはVALUで知り合った物作りの達人たちに話を持ちかけ、マスコミにも取り上げられた「高知の財布」シリーズや、モノづくりクラウドファンディングMAKUAKEで2440人もの出資者が生まれた「Two Go」などの企画・開発・生産などを行っている。サラッと聞いただけで数億円は動いているプロダクションをほぼ一人で取り仕切っている凄腕だ。今日もVALUで知り合った仲間たちと何かの陰謀を練っているに違いない。

しかし、この「そんぷ〜」というのはネットの海で生まれた「概念」のようなもので、本人の年令も本名も不詳。写真に映るときは必ずカエルのマスクをしているという怪人物である。或いは本当にカエルかもしれない。

本人が明かす限りでは駐在員歴16年の某メーカーのバイヤー。つまり、一介のサラリーマンで、これらのプロダクションは副業ですらなく「遊び」である。一人で数億円を遊びで動かすサラリーマンなんて存在するのか…と不思議に思うのだけども、本人はそうゲコゲコ語っているし、深入りしたところで言葉を無意味に転がすだけのくらげというイキモノにできることはないので素直に頷くのみだ。人間、カエルを疑ってはいけないのだ。

さて、2019年11月の文学フリマで、VALUの中のライター・物書き・作家などの連中が集まってサークル出展した。軽率に私も加わったんだけども、いいものを作れなかったので今年は個人参加してでももっといいものを作る予定だ。

このサークルにそんぷ〜さんも「小説を書いてみたい!」ということで加わっていて、「蛙のよだれ」という香港駐在員をテーマにした、おそらくは自伝的な同人小説を執筆した。失礼ながら、やっと先日手にとって読んでみたのだけども頭をピコピコハンマーで殴られたような衝撃を受けるほどに面白かった。これは傑作である。

駐屯員と聞くと、豪奢なビルの中で外国語を扱って商談や外交や明け暮れて贅沢に過ごすか、或いは完全に駄目なヒトがやさぐれて安いバーとかで大麻を吸っているかというイメージなのだけども、この小説はその境目を同時に見ながら灰色の道を歩んでいく感じだ。

まず、プロローグからして、太宰治の「美男子と煙草」を引いて、香港駐在員が黒孩子へ羊肉串を与えるというエピソードなのだけども、駐在員物というよりもなにかアウトロー小説じみたダークな雰囲気を濃厚に感じる。

最近の中国はここ10年くらいで活気ある豊かな大国へと駆け足で昇っているのだけども、その足元には日本人にはよく見ることのできない広大な暗渠が広がっていることがたった数ページでありありと想像できてしまった。

小説の大まかな流れは、新人駐在員として香港に赴任した主人公が謎のカエル男の助言を受けつつ、中国各地に足を運んであちこちの商人や工場と交渉する中で価値観や倫理観などを揺さぶられながらもタフ・ネゴシエイターとして成長していくものだ。

世界はとても狭くなっていて、香港なんて下手したら日本の田舎…具体的には私の実家…よりも近いかもしれないんだけど、やはりそこには超えられない壁があって、伝統があって、それぞれのルールがある。マクロな世界は狭くなってもミクロの世界は未だにローカルなままだ。

主人公は何度も中国本土の「格差」や「貧しさ」「理不尽」に触れて何度も「なんとかしなきゃ」という正義心(?)を動かすのだけども、相談相手のカエル男は冷たいような突き放すように「それは彼らの問題だ」と繰り返す。

この「それは誰の問題か」というのは「蛙のよだれ」の根本的なテーマとして何度も出てくるのだけども、その「問題」のありかたがまたややこしいというか、華やかでも、完全にダークでもなくて、その両面性を残酷なほど生々しくえぐり出している。

特に最終話である「葱神様」では、ある中国の貧しい村の出来事と香港を覆った大規模デモをリンクさせつつ「誰の問題か」ということを、駐在員という「よそ者」でありながらもその国の経済にコミットしている立場から冷酷に語っている。その語り口からラストの流れには正直鳥肌が立った。これは傑作である。

「蛙のよだれ」は現在Kindle化され、「Kindle Unlimited」で読むことも可能だ。1時間ほどでサラッと読むことができるので、新型コロナウイルスの影響で暇をしていて、なにか読むものが欲しいという方がおられたらぜひ読んでいただきたいと思う。

そんぷ〜さんは今年の文学フリマで新作を書くと言っている。本当に楽しみだ。というか、商業誌でデビューしませんかマジで。出版社探しますよ…。(その前に自分の原稿片付けろ)

というところで、今回はこれくらいで。では。

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