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地方都市の在り方をアップデートする。イノベーターの人材育成モデル 後編:プログラムを通して、受講生の何が変化したのか?②

<その①はこちら>

変革の当事者意識を醸成する

リーダーシップや帰属意識(組織コミットメント)など、人間の認知能力はシンプルな1つの要素で成り立っていることはほとんどない。多くの場合、いくつもの要素が複合的に絡み合って、1つの認知能力として機能する。例えば、リーダーシップは最低でも2つの構成要素(タスク志向と配慮志向)で捉えられることが多い。最も有名なリーダーシップの測定尺度の1つである Multifactor Leadership Questionnaire(MLQ)は、変革型、交換型、受け身・回避型行動という3つの要素から個人のリーダーシップを測定している。 また、帰属意識も、ウェウタン・オンタリオ大学のジョン・メイヤー教授らの研究を参考にすると3つの要素(情緒的要素、存続的要素、規範的要素)に分解可能だ。

それでは、変化のための当事者意識を分解すると、どのような要素が考えられるだろうか。


当事者意識とは何か?

まず結論から述べると、変革(イノベーターとして)の当事者意識は3つの要素から構成されると考えられる。変革の当事者意識とは、変化の必要性と重要性を理解し、所属する共同体(組織)を持続するためには自分が動かなくてはならないと自己認識している状態だ。そのためには、「変化の必要性と重要性の理解した上での心理的な準備(心構え)」「自分が動かないといけないという主体的行動」「自分になら変えることができるという自己効力感(自信)」という3つの要素が鍵となってくる。

これら3つの要素は、イノベーションをけん引する重要な要因であると経営学の領域でも研究されている。変化への準備は、組織変革に対する準備(Readiness for Organizational Change)というトピックで主に検討されてきた。常に変化する外部環境の中で、組織と個人がどのように自身を変化させ、適応していくのか研究されている。例えば、ニューサウスウェルズ大学のアラナー・ラファティ教授らは、変化への準備を「外部環境への適応の必要性など、変化に対する認知的準備」と「心理的な抵抗感などの情緒的準備」という2つの要素で捉えている。そして、これら2つの要素は個人レベルと組織レベルの2つの層で分かれている。個人レベルの変化への準備と組織レベルの変化への準備の双方が機能することで組織変革は推進すると述べられている。

また、主体的行動はノートルダム大学のミカエル・クラント教授による研究が有名だ。クラント教授は、主体的行動の定義について以下のように述べている。

『主体的行動とは、現在の状況の改善や新しい何かを生み出すために主導権を取ることである。このことは、現在の状況に適応しようという受け身のものではなく、現状維持に対する挑戦だと言える。』(Crant, 2000, Proactive behavior in organizations, Journal of Management, Vol. 26 (3) 435-462.)

この定義から、変化への準備よりも主体的行動のほうが能動的な性格が強い要素であることがわかる。自分の所属する共同体の未来を創るために、自分から進んで動く姿勢が主体的行動の大きな特徴だ。

クラント教授は、主体的行動には2種類の行動様式が含まれると述べている。第1の行動様式は「汎用的行動」と呼ばれ、改善箇所を見つけ、現状に挑戦し、好ましい状況を自ら作り上げる。日本では、トヨタのカイゼン行動が比較的近しいと言えるだろう。もっとも、クラント教授のサーベイでは、テスラモーターズ社やスペースX社を経営するイーロン・マスクのような強烈な個性を持った行動が象徴的な行動特性として挙げられているので、カイゼン行動では弱いかもしれない。第2の行動様式は「文脈的行動」だ。外部環境の変化や組織再編、権限移譲などの個人を取り巻く状況から生じる行動だ。第1の行動様式は内発的な行動であり、第2の行動様式は外発的な行動であると区別できる。

最後に、自己効力感はモチベーションや職務パフォーマンスを向上させる重要な要素として、よく知られている。スタンフォード大学のアルバート・バンデューラ教授によって1982年に学術誌『American Psychologist』で公刊された論文「Self-Efficacy Mechanism in Human Agency」は、Google Scholarによると81,326本もの論文によって引用されている。

自己効力感とは、自分にはできると自分自身を信じる自己認知である。バンデューラによると、自分にはできるという自己認知はその分野での熟達した経験と社会的な説得によって下支えされているという。熟達はそれまでの経験で培ってきたノウハウが自信となり、自分にはできるという確証の根拠として機能する。また、社会的な説得とは、第3者による「あの人ならできる」という期待だ。周囲からの承認と期待を受けることで、自己効力感が高まる。

これらの3つの要素についてまとめると下図のような構成要素の関係性を描くことができる。変化に対する心理的な準備ができ、自ら将来を創っていこうという主体的行動の姿勢が見られ、自分ならできるという自己効力感を持つことで、地方創生をけん引するイノベーターとしての当事者意識を持つことができたと言えるだろう。

イノベーターの当事者意識


まとめ

イノベーターとしての当事者意識の3つの構成要素は、第1期のプログラムを通して、受講生の変化を観察したことから得た仮説モデルの段階である。そのため、本当にワークショップを通して、このような当事者意識が醸成されたのかを検証する必要がある。しかし、前節で述べたゲストからの評価を見る限り、近しい要素を持ったイノベーターとしての当事者意識が受講生の中で芽生えたのではないかと思われる。

変化への準備が見られたから、ゲストは「発表は、大分を変えることに役立つ」と評価し、主体的行動や自己効力感が「大分を変えようと言う熱意」や「何らかの形で関わっていきたい」という共感に結びついたと推察される。

最終発表会の内容を受けて、大分放送の『なんでも、やるんちゃんねる!』で受講生の女子高生2人が大分の良さを伝えるコーナーを持つことになった。

まだ第1回目が放映されたばかりだが、これから更にパワーアップした動画が放映されていくことだろう。彼女たちだけではなく、そのほかにも実現に向けて、さまざまなプロジェクトが準備されている。

まだ、コロナウイルスの問題で実行時期や実行形態は変更の可能性があるが、Oitaイノベーターズ・コレジオは第2期の開催も決まっている。第2期では、上記のモデルについて研修効果の測定も実施し、科学的なアプローチでワークショップの有効性について検証される予定である。

このようなワークショップのノウハウが共有されることで、地方都市の未来を創る人材が不足している地方都市の力になることを期待している。




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