『携帯電話は忘れない』ショートショート
はじめて彼女が出来た。
モテなかったわけじゃない。モテなかったわけじゃないけど今までずっと彼女はいなかった。
「それをモテなかったっていうんじゃない?」と彼女は笑いながら言ってくる。たしかにそうかもしれない。そしてそれでいい。彼女の少したれた眉を見るたびに思う。彼女が最初の彼女で良かった。
僕たちは少し離れたところに住んでいた。車で30分。電車は2時間に1本。
免許が取れない僕たちの年齢からするとそれは途方もなく遠かった。
だけど、ぼくたちには『携帯電話』がある。
毎日メールした。
「おはよう」から始まり、「数学が難しかった」「体育祭燃えてるんだ!」「先生に怒られた...」色んなことをメールした。
そのどれもが大切。読み返してはニマニマしてしまう。
メールボックスはすぐに一杯になった。彼女以外のメールが届いたらすぐに消し、空きを確保しようとする。1000件のメールボックスは彼女で埋まった。
保存できるメールは100件まで。誤って消してしまわないように大事なメールは全て保存した。
付き合う前の「誕生日のお祝い」「気になる人がいる」ってメール、付き合うことになった日の帰り、告白されたて嬉しかったと伝えてくれたメール。そのどれも絶対に消したくない。だけど、それもすぐにいっぱいになった。
「保存できません」
そう通知される度、過去のメールを全部読み直し、「こっちとこっち、どちらを残すべきか...」そんな答えのない問いを1時間ずっと考えていた。
季節は秋になった。
誕生日を迎えた僕は車の免許をとった。学校から彼女を家に送ることができるようになった。その頃には「保存できません」という通知を見ることもほとんどなくなっていた。
季節はもうすぐ春。
彼女は大学に行った。「離れても大丈夫だよね?」そういう僕の質問に彼女は曖昧にうなずくだけだった。
何度かの季節が巡った。
僕の手には最新のスマートフォン。メールの容量なんて気にしなくていい。だけど保存するものも特にない。
久しぶりに実家に帰った。
机の上に置かれた『携帯電話』。
懐かしいなぁ。電源は入らない。当たり前だ。
あれからどれだけの月日が経ったのか。
だけど僕はこの『携帯電話』を見るたびに思い出す。僕のはじめての彼女のことを。きっとずっとこいつと一緒に覚えておける。
携帯電話は忘れない。
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