今までも、これからも、鉄砲玉

今までも、これからも、鉄砲玉

前回の投稿からずいぶんと経ってしまった。
というのは、先月から仕事が増えて、俺なりにすげー頑張って、色んなことを覚えた。
覚えて安心したら、普段ひかない風邪を引き、今でもまだ治っていない。だけど、ここ1ヶ月で俺は仕事のことだけでなく、人間的にも大きく成長したように思う。

今年はどんな1年だったかなと振り返って考えてみた。今年は下半期がメインだったように思う。
それは10年ぶりに仕事を始めて、仕事の楽しさや苦しさを思い出せたり、己の責任感の強さや弱さも改めて知ることが出来たからだ。

会社の人は私が元ヤンだと思っていて、姉ならよーく知っているけれど、私はヤンキーの人生は少しも歩んではいない。だけど、心がヤンキーなのかな、と自分のことを少し思うこともあった。
たまたま社員の男性に「私、あそこにある単車と同じもの乗っていたんですよ」と言った。
「ヤンキーだったんですか」と男性社員は私に言った。その時は、バイク=ヤンキーじゃねえと私は思って、ちげーしと答えた。

今どきバイクのことを単車と言う人は少ないのは分かってはいるけれど、どうしても私から出てしまうワードは単車だ。
仕事のファイルの表紙のところに「ヨシムラ」と「モリワキ」のシールを貼って気分がアガるのもヤンキーなのかもしれない。(バイクの部品のメーカーのシール)

いつだったか、仕事に行く前に息子の玩具の電池を交換して、その時につかったドライバーを工具箱に入れるのが面倒でそのままドライバーをポケットにいれて仕事に行ったことがあった。
会社の車の鍵を男性社員に渡すタイミングがあったときに、ズボンのポケットからドライバーと共に車の鍵を出して渡した時に「なんでドライバー持ってんすか」と聞かれた。男性社員がニヤついていたから、ノリのいい私は「なんかあったときに、ブスっとさ・・・。」と火野正平のような顔で答えた。

それから、検針しなくてはいけないお宅の隣の家が外装塗装のために足場を立ててシートを張っていて(私はガスの検針をしています)、とても家の裏を歩けるような状態ではなく、未検針であげようかと思っていた。
しかし私は土木の(父の)娘だと思ったら、他のお宅にお伺いを立てて敷地に入らせて貰うなどという甘っちょろいことはしたくないと思い、ペンキ塗りの業者の人間がいないことをいいことに、足場に張ってあるシートをほどき、足場にのぼって侵入した。
(本当は検針しなくてはいけないお宅の隣の家の足場だったからやってはいけないんだけど、足場が検針しなくてはいけないお宅の敷地の一部を借りて立てていたので)これはヤンキー根性というより、土方根性だ。
作業服はとても汚れたけれど、その汚れた作業服を見て私は何だかワクワクした。
私は姉のように、ガテン職人系の仕事はしたことがない。だけど、私の体にはあの熱い父の血が流れている。
小さい頃私は、父の仕事現場に姉と行ったことがある。
父はぬめった土の上を地下足袋で躊躇なく歩いて、笑顔で仕事をしていた。私も姉もきっと、力仕事は苦ではなく楽しいもの、というような印象を受けて育ったのだと思う。

私は思う。私たちはクヨクヨ生きようがネチネチ生きようがグダグダ生きようが、地球に生きる鉄砲玉なのだと。命を燃やし生きているということが、とてつもなく素晴らしく美しく、尊く、奇跡だ。
今までずっと、二度と転生なんかしたくねぇと思って生きていた。だけど、また、もし可能なら、また生まれ変わりたい。このろくでもない地球にまた生まれてみたい。
私はクヨクヨもイジイジもするし、弱くてだっせーところもあるけれど、それでも鉄砲玉らしく、時にタンカを切って生きてみたい。それがヤンキーだとしても、大きく何かが削ぎ落とされてしまったとしても、そう生きてみたい。

もし、自分の弱さやダサさを知って自己嫌悪に陥っている人がいたとして、これを読んでくれている人がいたら、それでもいい、立派に鉄砲玉やってんじゃねえか!!と自分を褒めてほしい。
これからも、俺らは鉄砲玉として生きんべーよ!!

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私のノートを読んで下さった皆様、そして小説家の吉本ばなな先生、本当にありがとうございました!!♡とたくさんのコメントで本当に本当に勇気や元気を頂きました。
こんな俺にも温かい言葉をかけてくれる方々がいるのだと、心から嬉しく泣きました。
生きていてよかったと心から思いました。

また来年もよろしくお願いします!!

良いお年を・・・!!

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