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「あっというま屋」

その1.

ボクには超能力がある。物体を瞬間移動させる超能力だ。ただし、移動できる距離は合わせて30キロまでに限られている。仮に100キロ先に移動させるには4回に分けて移動させなければならない。しかし、30キロ移動させたあとには1時間の睡眠が必要になる。瞬間移動の肉体的精神的負荷は想像以上だからだ。

だから、そこがどこであろうと30キロ地点に瞬間移動したモノは1時間置きっぱなしになる。言うまでもないが、その間、ボクは熟睡しているのだ。

あるときは田舎町の道の真ん中に瞬間移動したタンスが移動着地した。交通量の少ない田舎の道だったが、1時間も置きっぱなしになっていれば、事故になる可能性がある。このときは農家のお爺さんが運転するリヤカーを付けた耕運機に危うく衝突するところだった。

リヤカーが衝突する直前に、ボクは1時間睡眠から覚醒した。衝突を回避できたが、耕運機のお爺さんは、入れ歯が落っこちるほどに、たいへん驚いていた。なぜ、その様子がわかるのかと言えば、ボク自身も瞬間移動するモノと一緒に移動しているからだ。つまり、瞬間移動すれば、ボク自身の命も危険に晒されてしまうのだ。

ボクは、この超能力を仕事に活かそうと考えた。考えた末に引っ越し屋になった。 “合わせて29キロまでの距離なら秒で荷物を運べる” という謳い文句で開業したから、屋号を「あっという間屋」にした。

安心してほしい。ボクの超能力を疑われる可能性は低い。 “秒で運ぶ” なんて引っ越し屋の宣伝文句としか思われないだろうし、実は超能力で運んでいるなんて依頼主にはわからないし、そもそも信じないだろう。それに超能力で荷物を運んでも犯罪ではない…でしょ?

一応、引っ越し屋らしく、それなりのトラックを買って開業した。トラックごと超能力で移動させるのだ。秒で運ぶという謳い文句が効いたのか、それとも事実、本当に早いから評判を得たのかわからないが、かなりの数の依頼があった。

もちろん、30キロに満たない距離の仕事しかしない。それでも連続で仕事をすると、合わせて30キロを越えてしまうので注意が必要だ。近場の5キロなら5件、10キロなら2件という具合だ。

速く荷物を運べるから、1日かなりの数をこなすことが可能だが、見せかけだがトラックへの荷積み時間があるので、そうはいかない。依頼主が荷物さえまとめてくれていれば、それも可能だが…。

断っておくが、瞬間移動するモノの大きさや重量は問題ない。移動できるものなら紙きれ1枚から東京タワーやスカイツリー以上の建造物や、ゴジラやキングギドラだって簡単に移動させることができる。さらに依頼主の家までは、通常の走行だから瞬間移動にはなんの支障もない。問題はあくまでも引っ越しの距離だけなのだ。

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