土方と亀姫 伍
照はさざえ堂の中に異様な雰囲気を感じた。
「どうかなさいましたか」竹子が照の様子に気がついた。
「物の怪がおりますね」照は表情を変えずにこたえた。竹子は一瞬驚いたが、先ほどの話から続いて照が冗談を言っているのだと思った。
「照姫様、お戯れを…」
「誠でございます。竹子さんには見えませぬか」照はさざえ堂の入り口の突き出した屋根の上を指さした。そこには照が言うように大きな尾のある腹の2匹の大きな妖怪が照を見ていた。しかし、竹子には何も見えなかった。
「見えませぬか」
竹子は突き出しの屋根を凝視したが何も見えなかった。
「はい。照姫様には見えるのですか」
「ええ、和田倉の藩邸で見たようなものが見えます」
「なんと」竹子は、まだ照姫が自分をからかっているのだと思っている。
それを聞いて屋根の上の妖怪が笑った。
「おんつぁ(馬鹿)、江戸のホイド(物乞いのこと)らど一緒にするな。わがはオンボノヤスじゃ」
「オンボノヤス…」
オンボノヤスとは現在の福島県田村市周辺の山に現れる妖怪で、口から霧を吐いて人を驚かすと言われている。
「わがは、その兄の大多鬼丸であるぞよ」もう1匹が大きな腹を“ポン”と叩いて偉そうな言葉遣いで言った。大多鬼丸は霧だけでなく雲を喚び天候を操れる妖怪だと言われる。
「何故に私の前に現れるのですか」照は落ち着いて聞いた。竹子は何も見えない突き出し屋根に話しかける照に驚いていた。
「にしゃらを助けてやろうと思ってやって参ったのじゃ」大多鬼丸がまた腹を“ポン”と叩いた。
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