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バベットの晩餐会

僕が20代後半の頃、ある女性と3年間同棲していたが、ある日のこと、その女性は僕の腐った性根に堪えかねて、自分の荷物を置いたまま出て行ってしまった。その後、彼女は良い伴侶に恵まれて2人の子どもを産んで幸せに暮らしてことを風の便りに知った。彼女には生涯幸福であってほしいと願っている。

それはともかく、その女性と最後に観たのが「バベットの晩餐会」だった。

「バベットの晩餐会」は、1987年に公開されたデンマーク映画。アイザック・ディネーセン(カレン・ブリクセン)の同名小説を映画化した作品で、同年度のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞している。

物語の時代は19世紀で、陰鬱な雲と海を背景にしたユトランド半島の片田舎の村が舞台である。初老の姉妹マーチーネとフィリパは、牧師をつとめる父と3人で、貧しくとも清らかな暮らしを送っているが、ある嵐の夜、妹のフィリパが若い頃に恋い焦がれていた歌手パパンの手紙を携えてバベットという女性が訪ねてくる。

パパンの手紙には「かつて情熱を捧げたフランス人に免じて、この女性を助けてあげて下さい。不幸な女性の名前はバベット。パリは市街戦(1871年のパリ・コミューン革命らしい)となり、彼女は夫と息子を殺されてしまいました。彼女はかろうじて逃れることができました。彼女の甥はデンマーク行きの船で働いており、渡航を手配しました。彼女にデンマークに知人がいないかと問われて、おふたりの姿が蘇ったのです」と書いてあった。

バベットは「無給でいいから家に置いて下さい」と涙を浮かべる。同情した姉妹は、バベットを家政婦として雇う。バベットと故郷のフランスをつなぐのは、毎回フランスの友人がバベットの代わりに購入してくれる宝くじだけだった。

バベットが初めて経験したのは村の貧しい食事だった。固いパンに塩分たっぷりの鰈(かれい)だか鮃(ひらめ)の干物。魚は水に浸けて塩分を抜き煮る。パンは水に浸してドロドロに煮たおかゆにする。老姉妹に作り方を聞き、言われるとおりにそれを再現する。

それから14年が経過した。

姉妹は、小さないさかいが絶えない村人たちを心配して、神父の父が生きていたときのことを思い出して平静を取り戻してもらいたいと村の重鎮を集めて「今年の12月15日は、亡父の生誕100年記念日にあたるので、お祝いを行ないたい」と言います。

そんな、ある日、バベットの宝くじが当たった。当選額は1万フラン(現代の約4000万円くらいかな?)だった。

バベットは「生誕祭にフランス料理をふるまいたい。費用は私が出します」と提案する。料理の食材が届く。それは生きたウズラやウミガメに高級なワインやシャンパンだった。

フランス料理を見たことがない姉のマーチネは、それを見て悪夢にうなされる。バベットが料理の準備をする様子を見ても“魔女が邪悪な料理を作っている”ようにしか見えない。マーチネは、村人を集めて「晩餐会は、皆さんを危険に晒すことになるかもしれない」と詫びる。

そして生誕のお祝いの日がやってきた。バベットが腕をふるった料理が次々に出される…。

おっとりした性格の姉妹や村人たちを描いて、はっきりとしたコメディにも仕上げられるものだが、小さな小屋のような粗末な村人の住居に、なかなか晴れることのない曇り空、全体的に寒々とした情景は、暗い色のパステルで描いたようで、その情景の中で淡々と進む物語は、童話のような不思議な雰囲気がある。でも、それが観るものの心を掴む。

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登場人物は、老いた姉妹と村人たち、姉妹に恋したスウェーデン騎兵将校にオペラ歌手などで、情景と相まって非常に狭小なイメージがある。くすんだ色使いの古い絵本のようだ。

最後に全財産をはたいて料理を作ったバベットが言う言葉が胸を打つのだ。

「芸術家は貧しくありません」

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