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【書評】論理的思考のコアスキル(波頭亮)

なんとも堅く難しそうなお題。そんな見た目に反して、平易な言葉で書かれ、図と例示も豊富に使われて、時々クイズも入っていたりして、とても読みやすい本でした。そしてなにより、すぐに実践に生かせて、驚くほど即効性が高い。

2024年6月、人生3回目のアカデミック・ライティングにチームで挑戦中でしたが、作成したドラフトを見た某教授が入れてくださったコメントのほとんどが、「根拠は?」「定義は?」「説明が必要では?」といった、基本的な指摘ばかり。

・・・やばい、3回目にして、まだまだ基本的な何かが、圧倒的に欠如している、と危機感を募らせました。

根源的な「何か」の欠如を感じていたところへ、偶然ある人からこの本を紹介してもらい、すぐ読むことにしました。絶妙なタイミングで、運命的な出会いでした。

この本を読む前に書いた自分たちのドラフトを、本を読んで噛み締めた後に再度読んでみたら、明らかに「おかしい」ところが非常によくわかって、驚きました。


■そもそも「思考」とは

本書では「論理」と「思考」を分解して、まずは「思考」とは何か、からスタートします。

思考とは、端的に定義するならば「(何かを分かろうとして)情報と知識を加工すること」である。(情報と情報、知識と知識の加工でもよい。)

第I章 論理的思考とは  1 思考とは

「これは何だろう?」という知りたい対象に対して、多面的に「情報」を集め、それをすでに持っている「知識」と照らし合わせ、情報や知識を比較・統合・取捨選択するなどして、「これは◯◯だ」という答えを導き出す。これが、思考なのだといいます。

そして著者は、「畑一面に咲いている黄色い花」を見た時のことを例にあげ、「これは何だろう」と思考するプロセスを3つに分けています。

  1. 分ける:見た情報を「畑に植えられる花」「一面に咲く花」「黄色い花」と分解しています。さらに、花以外の植物、空の色、映り込んでいる人の服装、などの情報を収集することもできるでしょう。

  2. 比べる:分けた情報と、持っている情報を比較します。
     畑に植えられる花といえば、梅・桃・りんご・いちご・菜の花・・・
     一面に咲く花といえば、桜・あじさい・ネモフィラ・菜の花・・・
     黄色い花といえば、ひまわり・山吹・フリージア・菊・菜の花・・・
    この時、比較対象になる知識があればあるほど、「分かる」に近づく可能性が高まります。

  3. くくる:これらを共通要素で「くくって」みると、「菜の花」という答えにたどり着きます。

読者が「わかりやすい」と感じる文章というのは、こうした「わかる」にたどり着く思考のプロセスを、読者が追体験できるように書かれている文章なのかもしれない、と思いました。つまり、思考の流れを追うように構造化されている文章、とも言えるでしょう。

■「論理」とは

次に「論理」とは何かですが、定義文は若干難解です。

論理とは、「ある命題(既呈命題)から、推論によって次段階の命題が導かれている命題構造」、あるいはそうした命題構造における「既呈命題から次段階の命題を導くための思考の道筋(推論)である」。

第I章 論理的思考とは  2 論理とは

既呈(きてい)命題とは、すでにわかっていることです。
例えば・・・

A 既定命題:70点以上の人が試験に合格する
B 推論:◯◯さんは頭が良い、毎日勉強している、その科目が得意だ
C 次段階の命題:◯◯さんは、70点以上を取って試験に合格するだろう

そして、これらがA→B→Cに向かって「したがって」、あるいはC→B→Aに向かって「なぜならば」と言える関係性を保っていることが必要です。

  • 試験の合格点は70点以上だ。◯◯さんは頭がよい上に、毎日勉強しているし、何よりその科目が得意だ。したがって、◯◯さんはその試験に合格するだろう。

  • ◯◯さんはその試験に合格するだろう。なぜなら、◯◯さんは頭がよい上に、毎日勉強しているし、何よりその科目が得意なので、試験で70点取れる可能性が高いからだ。

つまり、論理が成立する条件は、次の2点が揃っていることだといいます。
①2つの命題がある
②それらが文脈的に繋がりがある

■「論理的である」とはどういうことか

2つの命題が文脈的につながっているのが「論理」だとして、それが確かに「論理的だ」と判断するには、さらに追加条件が必要とのこと。1つは、

  • 客観的妥当性があること

例えば、科学的に、あるいは常識的に、など、大勢によって正しいと判断できること。例えば次の文は、一応「論理」の形は取っているが、必ずしも大勢に納得されないだろうという例です。

例)「今日の天気はくもりである。したがって、私は傘を持っていく。」

→本人にとって「したがって」かもしれないが、同じ状況で多くの人がそう思うのか?雨が降らないと思っている人は?車の人は?レインコートを持っていく人は?など。もう一つの条件は、

  • 受け手の理解が得られること

論理的かどうかを判断するのは、著者ではなく、読み手。読み手の知識不足、理解力不足、感情や偏見などによって、受け入れられないものもあると言います。

例)「E=mc²である。したがって、時間は可変である。」

と言われても、「したがって」の部分を理解出来る人は、普通はいないでしょう。有名な相対性理論の方程式ですが、そのロジックを説明しろと言われても、自分もできません。。。内容が科学的に正しくとも、聴衆によっては「論理的でわかりやすいか?」の意味では疑問がつきます。

本では、このあと演繹法と帰納法の説明が続くのですが、少し飛ばします。

■正しさとは

記述内容が「正しい」とは、どういうことか。結論からまとめると、

[必要条件]論理的正しさ + [十分条件]ファクト =現実的正しさ

論理的に筋が通っているようでも、そこから導き出された結論がなんかおかしい、ということありませんか。

例えば、「高校の同級生は、全員物理が苦手だった。だから、高校生は全員物理が苦手である。」

これは、論理破綻はしていないかもしれませんが、現実とは異なります。大多数ではないものの、物理が得意な学生は一定数いるし、大学で物理系を専攻する学生も毎年います。結論を支えるファクトがないと、読み手が納得いく結論にはならないということです。(そう言われてみれば、当たり前ですね。)

教授から何度も「根拠は?」と指摘された意味が、いまならわかります。

■論理思考のコアスキル

この本のいいところは、こうした理論の説明だけで終わらないところ。
どんなスキルを、どのような練習方法で磨けば、この「論理思考」を身につけることができるか、具体的に示されています。以下、自分が特に役立ったと思う部分のみ抜粋してまとめます。

論理思考のための3つの「コアスキル」

  1. 適切な言語化スキル

  2. 分ける・繋げる

  3. 定量的な判断

特に「1. 適切な言語化スキル」は、日本語を専門的に扱う、日本語のプロとみなされる日本語教師としては、おろそかにできません。

思考は、言葉によってのみ成立する

第II章 論理的思考のコアスキル

言われてみると当たり前ですが、考えたことを言葉で表現しないと、伝わりません。想定する読者層次第ではありますが、「そこまで言わなくても分かるでしょう」「普通、こう言えば、ああだと分かるでしょう」というハイコンテキストではなく、誰が読んでも誤解がなく伝わるように書く必要があります。その方法の1つは、「過不足のない語彙の選択」です。ビジネス文書だったら何気なく使っていた言葉たちを、アカデミック・ライティングではよくよく意味を考えて定義し、使う必要があります。例えば、今回辞書を調べて意味を捉え直した用語は次のようなものです。

理解する vs 把握する
問題 vs 課題
要望 vs ニーズ

その文章の中で、どのような意味で使っているのか明確にし、首尾一貫してその意味に基づいて言葉を使わないと、読者を混乱させかねません。

自分は正しく言葉を使っているつもりでも、読者の知識・想像力によって意味が変わることがあります。例えば文中に「お客様のニーズを理解する」と書いた場合、ある人は「多様なお客様からの要望・期待を分析して、傾向を明らかにすること」かもしれませんし、「ある1人のお客様の話をよく伺って、要望・リクエストを真摯に受け止める」と捉える人も、もしかしたらいるかもしれません。このあたりは、文脈の中で説明を加えて文脈を明確にし、誤解がうまれないようにする必要があります。

語順や助詞の選択、曖昧な表現の回避、も適切な言語化における重要事項として、本にアンダーラインを引きました。

この章を読んだ後、言葉の選択と接続詞をすごく意識するようになりました。接続詞は、日本語の学習者にとっても難しいところですので、まずは自分が学習せねばなりません。

■論理思考は、脳の筋トレ

「第III章 コアスキル習得の具体的方法」では、具体的に何を、どうやって、どのぐらい(時間)練習すればよいのか、について言及しています。ありがたい本です。

この中で、私にとっては新しく、実践してみて特に役立ったと感じたものは、「具体的に何を(what to do)」のうち、2番です。

①「タテの因果・ヨコの因果」の捕捉
②「ベン図」を用いた集合関係の判断
③「ピラミッドストラクチャー」による体系化
④「フェルミ推定」による定量的感覚の訓練
⑤「正反の立論」による総合力トレーニング

②は、論文冒頭の「研究の背景と目的」と「先行研究」のところで、特に役立ちました。

「研究の背景と目的」では、日本語教育関連だったら例えば、「外国人留学生が増加している」といった情勢から始まって、最後は「留学生の◯◯に関するXXが▲▲▲であることが問題である」のように、研究目的を絞り込んでいきます。このように大きな背景から、具体的な研究目的に段階を追って絞り込んでいく流れを、文章を書く前にベン図で整理したのは大変有効でした。

さらに、研究目的が固まった後は、「先行研究」の分析によって、過去の研究において何がどこまで解決されていて、何が未解決で残っているのかを、さらに具体化して、「未解決の問題」を結晶化させていきます。これも、ベン図を使いました。

⑤の「正反の立論」による総合力トレーニング、まだやっていないのですが、これは良い訓練に違いないと思います。1つの事象に対して、まるで別人のように視点を変えて、複数の仮説を立てるものですが、こうしたディベートのような訓練は、私も含めて多くの日本人が学んでこなかったことだと思うためです。

以前、英会話スクールに通っていた頃、教科書の中にさりげなくディベートが含まれていました。1つの問に対して賛成・反対を述べるのですが(英語で)、私は賛成の方だけ答えを準備していました。しかし授業が始まって、私が賛成チームでなんとか頑張った後、先生に「はい、交代します!」と言われて、ポカンとしました。そして、慌てて反対側に立って、自分が述べてきた賛成派を論破するのに四苦八苦しました。めちゃくちゃおもしろい論理ゲームだ、これは子どもの頃から学校でやっておくべきだと、興奮した記憶があります。

■練習の仕方と、身につくまでの所要時間

具体的な練習の仕方(How to do)と、それが身につくまでの目安時間まで、丁寧に掲載してくださっています。

あとはぜひ本書をご覧いただければと思いますが、頭と手を使って、泥臭く練習を重ねて行く必要があるのは間違いなさそうです。

裏を返せば、「たった3時間で、論理思考が身につく」などという広告があったら、少し疑った方がいいかもしれません。

論理思考を身につけることは、脳の筋トレのようなもの。一朝一夕では身につきませんが、「筋肉は裏切らない」とYouTuberの誰かが言っているように、一度身につけた論理思考は失い難い財産・武器になると思います。私自身も、これから実践の中で精進を重ねていきたいと思います。


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