僕は島で、人間になることを決意したvol.2『人生の行く末が見えなくなった大学時代』

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《イントロダクション》
「人間になりたい」

久米島に来て、いろんなことにトライしたけど、自分の欲望、執着としっかり向き合ったときに、僕から出てきた願いはこれだけでした。

そして、皆さんの頭の中を完全に置いてきぼりにして解説をすると、人間になるために、僕が選択したことがこの『書く』という行為と『さらす』という行為で、自分の最も醜い部分、根源的な欲求を書いてさらしてみることだったんです。

そんなわけでこの連載を始めてみることにしました。

はじめに謝っておきます。
連載感を出しているタイトルですが、もしかしたら3部作くらいで終わるかもしれません。

はじめに謝っておきます。
「愉快なおかもってぃ」というイメージが壊れるかもしれません。一気通貫した固定的な人格などないというのが今の科学の考え方で、バカなことをしているのもこうやって真面目な記事を書いているのもまぎれもない自分なのですが、それでもそのままの愉快な「おかもってぃ像」をキープしたい方は(そんな人いるんか?www)は本記事を読むことはお勧めしません。

はじめに謝っておきます。
この話はプロローグに始まってプロローグに終わります。
プロローグに自分の執着、根源的な欲求を書きました。
プロローグ is everythingです。
究極の出オチです。

本連載は、自分の醜悪な部分をさらしてみているため、有料にしようと考えていました。ただ、プロローグがすべてなので、プロローグだけ有料で、残りの連載は普通に公開するという妙な形を取りたいと思います(ただ、この方針ももしかしたら変更するかもしれません)。

今回はvol.2です。僕が久米島に至る前、大学生時代のことについて書いています。

有料ですが、初回を読みたくなった方は以下から。
↓↓↓
『全く気持ちの良くないプロローグ』
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Vol.2 『人生の行く末が見えなくなった大学生時代』

これから、沖縄県の離島、久米島に来るに至った理由を書いていこうと思うのだが、なぜ久米島に来ることになったのか?ということを語るには、入る学部を間違え、人生の行く末が見えなくなってしまった、僕の大学生時代に戻らなくてはならない。

僕の通っていた大学は、東京工業大学という理系の変な大学である(失礼極まりない)。理系の単科大学としては国内トップクラスの大学ではあるのだが、何せあまり知名度がなく、大学名を聞かれたので答えると「ほお~工業大学ね(聞いたはいいがよく分からんな・・・)」というリアクションをされるのが関の山だ。
画像1(出典:https://www.titech.ac.jp/news/2018/042310.html)

なぜ、そこの大学を選んだのか?と聞かれたら『偏差値』。この一言に尽きる。『国立大学、難関、2次試験で国語無し⇒東工大』という実に短絡的な理由だった。

志望していたのは理学部。その理由も『なんとなく物理が好きだった』から。

そんな恐ろしく薄い志望動機でよく受かったなと個人的にも思うのだが、だからといって僕は、東大や京大にさらっと入れるようなそういう天才ではない。

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幸いにして昔から勉強は嫌いではなかったので、受験勉強もコツコツ楽しみながら頑張ることができた性質だ。とはいえ、毎日12時間以上は普通に勉強をしていたので、受験が近づいてきた1月2月はそれなりにしんどかったのだが・・・

そうして地道に頑張って、第1志望だった東工大の理学部に何とか入ることができた。

本当は物理学部に興味があったのだが、机上の論理を振りかざすよりも、人間社会に少し近そうな化学科に進むことに決めた。

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しかし、そこが間違いだった。

実は化学科は、建築学科と並び『鬼畜学科』と揶揄されるほどの忙しさで定評のある学科なのだ。

実験をしてはレポートを書き、実験をしてはレポートを書き、加えて様々な演習問題を解いて提出しなければならない。

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そして、それを好きでやっているならまだしも、残念ながら何も楽しくなかったのだ。薬品混ぜて、加熱したり、化学反応を見たりして、何か成果物を作ったり、電気を流して測定したり、いろんな実験があるのだけれど、どれも興味を持てなかった(※学部生がやる実験は基礎手順を学ぶものなので、大学の授業に問題があるわけではなく、あくまで僕個人の問題です)。

『華のキャンパスライフ』なんて言ったやつをぶっ飛ばしてやりたい

ドラマにも描かれるようなバラ色の学生ライフとは正直全く無縁の生活を送っていた(※本来、大学生はしっかり勉強すべきで実に健全な学部であることは間違いないのだが)。

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(華のキャンパスライフと言えば、、、そうこれ!『オレンジデイズ』。柴咲コウのツンデレキャラがたまらないやつですよ!※画像はHPより借用しました)

そうした生活を続けていて、1年くらいが経ったとき、、、ふと感じてしまったのだった。

「自分の将来が今のこの生活の延長線上にあるのは嫌だ」と。

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今まで、自分の進路はいつもなんとなく決めてきた。高校を選んだのも公立でそれなりの進学校。大学を選んだ理由、学部を選んだ理由も明確なものは何もなかった。

そうやってなんとなく生きてきてしまったツケがこの時に回ってきたのだと思う。

「なんで今までしっかり考えてこなかったんだろう?もっといろんな可能性があったのに・・・」

猛烈な後悔に襲われた。

「あっもうお先真っ暗やん・・・これからどうしていこう?」と絶望したのを今でも覚えている。

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視野がすごい狭いときって、自分が今住んでいる世界、接している世界がすべてだと思ってしまうものだから。

その状況が変わるきっかけになったのは、姉が紹介してくれた1冊の本だった。サイバーエージェントの社長、藤田晋さんの自伝『渋谷で働くの告白』だ。

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(出典:amazon.co.jp)

この本は、藤田社長の大学生時代に始まり、サイバーエージェントを立ち上げ、軌道に乗せるまでの辛苦を描いたもの。

そこの本の中で、大学生がいわゆる普通のバイトではなく、ベンチャー企業も含め、様々な企業で有給で働くことができるということを知った。

いわゆるインターンってやつだが、当時はこの存在を知らなかった。というか知っていたけれど意識に上がることはなかったのだと思う。

それからいても立ってもいられなくなり、インターンについて調べた。そして、当時は体育会系のバレーボール部に所属していたのでそんな自分でも働けそうな時間の融通が利く職場を選んだ。

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(お世話になったサイト、キャリアバイト)

選んだ企業は設立数年目のベンチャー企業で、職種は太陽光発電の営業!藤田晋社長も本の中で営業のバイトをしていたため、それに憧れたからだった。

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渋谷の道玄坂の方にある、その会社で採用面接を受けた。1時間くらい前に場所について、近くのカフェで面接官の方の情報を必死に調べ、面接対策を行った。

そして、その面接で会社の副社長に初めて会ったとき、僕の人生観は大きく変わった。

目の輝きが半端なかったのだ。夢や志を持ちながら生きている瞳から発せられるエネルギーに激しく憧れを抱いた。

「自分は今まで理系の道に進んで化学の勉強をしてきたけど、それ以外の人生を選んでも良いんだ」と初めて思えた。

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結局、その会社で働いていたのは8か月間ほど。暇さえあればずっと営業の仕事に出ていたので、学業には大きく支障をきたした。
また、恐ろしく忙しい日々だったが、様々な経験を積むことのできた8か月だった。

結果が出なくてクリスマスイブの日にも一人で訪問営業をしたり、寝坊をして怒鳴られたり、自分の不遜な態度からお痛をし、当時のマネージャーからの信頼をガチで失ったり、そもそも超体育会系の”ど”ベンチャー企業だったので、僕の気質には全く合わない場所だったし、、、
あっ、なぜだろう?思い出そうとしてみると失敗した経験や苦い経験しか出てこない(笑)

営業としての成績も決して誇れるものではなかった。

でも、自分の意志で今までのやり方が通用しない世界に勢いだけで飛び込んでみたのは、これが生まれて初めてだったのだ。

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最終的に立派な営業スキルが身に付いたわけではなかったし、自分のキャリアにつながるような抜群の結果を出せたわけではなかったけど、あのときの勢いと決断が、今の自分につながっていることは間違いない。

インターンをしてから、大学の中だけにとどまるのではなく、大学の外に積極的に出向き、いろんな人と出会うことをしてみた。

そして、その行動の結果が、僕の人生をまた良くも悪くも変化させていくことになる。

続く・・・

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