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毎日連載する小説「青のかなた」 第57回

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 思南がにっこりする。先祖を敬う日に親族で食べるような料理を、こうしてみんなに振る舞うのは、きっと彼のやさしさだ。
 確かに、みんなでばらばらに作って食べるより、こうして同じものを食べたほうがぐっと会話が増えるし、お互いの距離も近くなる気がする。

「スー、本当においしいよ。用意してくれて、どうもありがとう」

 レイが笑顔を見せた。親しい友達へこんなにていねいにお礼を言う人もめずらしいなと、光は隣にいるレイの横顔を見上げた。 

「レイはお肉を食べられないけど、ルンビンは自分の好きなものだけ包めるでしょ。だから食べてもらいたかったよ」思南は言った。

 言われてみれば、レイは豚の角煮には手をつけていない。思南が用意した炒り卵を入れて、潤餅を巻いていた。

「レイさん、お肉が食べられないんですか?」

 光は尋ねた。

「はい。肉のだしが入ったスープだとかは平気なんですが、肉自体はどうも苦手で」

 肉が苦手な人というのもめずらしいなと思った。食感が苦手なのか、それとも脂だろうか。気になったけれど、人の嗜好について掘り下げて聞くのもなんだか失礼な気がして、やめてしまった。

「魚は……このあいだ召し上がってましたね」
「ええ、魚は大好きなんです。このアパートでみんなでパーティーをするときも、スーは僕に合わせて魚料理も用意してくれるんですよ」
「台湾は素食(スウシー)って言って、肉を食べない人も多いよ。だから、レイのごはん作るの大変じゃないよ」
「ありがとう、スー」
「でも、ちょっと気になるよ」
「何が?」
「何がじゃないよ! 光とレイはどうしてそんな話し方をするの? そよそよしいよ!」
「そよそよ……?」
「たぶん、よそよそしいって言いたいんだと思う」風花が言った。
「このアパートはケイゴ禁止! ハウスルールは絶対だよ! おかした者は天誅が下るよー!」
「『天誅が下る』は言えるのに『よそよそしい』が言えないってどういうことだよ」風花が突っ込んだ。
「スーは何を教材にして日本語を勉強してるわけ?」
「ジダイゲキだよー」
「敬語禁止って、いつからそうなったの?」レイが言った。
「光さんが来た日に急に決まった。というかスーが勝手に決めた」
「今から光とレイはダメグチだよ。名前に『さん』をつけるのも禁止!」
「タメ口ね」
「そんな、急に言われても……」

 光は困ったけれど、レイの方は仕方なさそうに笑っていた。

「ハウスルールなら、守るしかないね。天誅されたくないし」

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