顔半分が動かない
この年末年始は病院で過ごすことになった。
顔の左半分が動かなくなってしまったのだ。
ことの発端は3週間ほど前。左の頭部のピリピリした痛みが数日間続き、次に左耳が腫れ出し、びっくりして病院に行ったら「帯状疱疹」の診断。
「帯状疱疹」とは、子ども時分にかかった水ぼうそうのウイルスが、疲れなどで免疫力が低下した隙に暴れ出す病気で、身体のどちらか半分に痛みと発疹が伴う症状が出るものらしい。
腹部や臀部など出る場所は人それぞれで、私の場合は左頭部だったというわけだ。
医者に行ったときにはまだ顔面麻痺は起きておらず、「そのうち始まるかもしれないですよ」と言われ戦々恐々としていたら、ほどなくしてその通りになった。
顔面麻痺になった自分の顔は、驚いたというより笑えた。
人間、顔の半分が動かないだけで、こんなに人相が変わるものなのだろうか。
よく人格の二面性を表すイラストなどで右半分が仏、左半分が鬼、みたいなのがあるが、まさにそれだ。
動かない左目はまぶたが垂れて目を覆い、「般若」そっくりだ。
動かない口は口角を上げられず、片側だけへの字になり口そのものが斜めになっている。
右半分だけ見ると今までのままなのだが、左半分の異常ぶりがそれを大きく凌駕し、誰もがぎょっとするご面相になっている。
つくづく、顔とは「バランス」なのだと思い知る。
一時的症状と思いたいが、残念ながらそうではないらしい。
この顔面麻痺、病名は「ラムゼイ・ハント症候群」といって長期にかかるという。
治るまで半年、場合によっては1年。まれに完治しないこともあるというのだ。
仕事で人前に出ることの多い身としては、青天の霹靂。仕事どころかプライベートで人と会うことすら困難になるのではないか。
さていったいどうしたものかとため息が出る。
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それにしても人生はいつ何が起きるか予測不能だ。
つい2週間ほど前、イベントで大正浪漫風の和服を着てにっこりと写真に収まった。久々の和服。これがFacebookでいいねをたくさんいただき好評なのでプロフィール写真を4年ぶりに変えたばかりだった。
なのに今、鏡に映る私は半分般若のゆがんだ顔だ。
一寸先は闇、という言葉が思い浮かぶ。
果たしてもとの自分は取り戻せるのだろうか。
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「帯状疱疹は疲れが原因よ。良い機会だからゆっくり休んで」
病院の看護師さんがたまたま私と同年代で、ひどい顔を気の毒に思ったのかケアをしてくれながら話してくれた。
疲れ。そうかもしれない。
3ヶ月前に母が亡くなって生活パターンが変わり、自分のペースで動けるようになり、それと同時にたくさん仕事をいただくようになり、急に忙しくなったこの数ヶ月だった。
つい最近、胃袋にも怒られ、「もう無理はできないな」と身体の切り替わりを感じていていながらも、イノシシのような猪突猛進の行動パターンは若い頃と変わらない。
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最初にかかった病院では投薬による治療だったが、ステロイドによる集中治療をすすめられ、昨日から大学病院に入院をしている。
年末年始を病院で過ごすというと「気の毒に」と思われそうだが、実はそうでもない。
というか、かなりいい。
病院でケアを受けることのありがたさを実感している。
常に医師がいて診てくれるし、夜中も看護師さんが見回りに来てくれる。
そしてなんと、顔のリハビリもプログラムに入っている。
食事は粗食だが栄養バランスのいいものを上げ膳据え膳。
下に降りればコンビニもスタバもある。
年末年始なので、堂々と仕事も休めるし、連絡も入ってこない。
時間はとにかくたっぷりあるので、残りの自分の人生で何をやるべきか、という大事なことも、ここではリアリティをもってゆっくり考えることができる。
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「一寸先は闇」と思ったが、そうではなかった。
その闇の向こうには光が見えているからだ。
ずっと光の中にいたら、新しい光は見えてこない。
一瞬でも闇に入ったからこそ光が見えた。
そしてその光は、今までとは違う光なのだと感じている。
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