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幡ヶ谷にパフェを食べに行ったはなし

2月1日。ぴかぴかに晴れた土曜日。
テストもレポートも終わって、家でひまだなーと思いながら何となく手を伸ばしたのは、定期購読している『OZ magazine』の2月号、「ひとり東京さんぽ」。そういえば、テストが忙しくて、届いたのにまだ読んでいなかったな。

ぱらぱらとめくっていたら、思わず目があってしまった。きらきらのイチゴパフェ。美しい。美。これ、食べたい!
あわてる必要はないのに、なぜか急いで視線を下の文字に移す。
「今が旬のあまおうに、生クリーム、カスタード、パイ生地、ストロベリーアイスクリーム、ベリー風味のゼリーなどを組み合わせて、あまおう本来の甘さを引き立てるため、シンプルに仕上げた1月限定のミルフィーユパフェ 1800円」。
ますます行きたい。アイスにパイ生地を合わせるなんて。とろっとしたものに、さくさくを合わせる、食感のコラボレーションは、想像しただけでもうおいしい。

お店は、「果実店canvas」。幡ヶ谷と代々木上原をつなぐ西原エリアに最近オープンしたフルーツパーラーらしい。
よし。今日は晴れているし、時間もたっぷりある。このパフェを食べに、幡ヶ谷に行こう。

楽しいことを思いついたときの、わくわくが一気に押しよせてくる、この感じ。実はとっても久しぶりだ。

え。でも待って。1月限定?
今日は、2月1日。
ああ……この美しいパフェは、昨日までだった……。
一気にズーンと気持ちが落ち込む。もうちょっと早くレポートを仕上げて、早めにこのページを開いていたら……。

ブルーな気持ちを引きずりながら、それでも諦めきれなくて、お店のInstagramを調べてみた。どうやら、その日の仕入れ次第でメニューが変わるらしい。
その日のメニューは、ストーリーで要チェックとのこと。
そこで、ストーリーを開いて、今日のメニューを見てみる。手書きで書かれた黒板っぽいメニューに、

まだあった。「あまおうのミルフィーユパフェ」。奇跡!

さっきまでの落ち込みが嘘のように、一気にテンションが上がる。気分がジェットコースターみたいだった。

もうこれは行くしかない。

でも一人で知らない街に行くのは、なんだかちょっと気が引けてしまう。それに、おいしいものは誰かと一緒に食べた方がもっとおいしい。
そこで、タイミングよくぼーっとしてくれていた母を誘う。

「このイチゴパフェ、食べに行かない?」

私と同じく甘いものに目がない母は、ページを見せた瞬間にぱっと目を輝かせる。
よし。行こう。

都営新宿線に乗って、そのまま京王新線。乗りなれない電車にゆられて着いた、幡ヶ谷駅。
降りると、駅前にはけっこうお店がある。土曜日の午後ということもあって、家族連れやカップルも多く歩いていた。

グーグル先生の教えに従って、素直に進んで行く。歩けば歩くほど、住宅地。公園とおうちと緑が、風景の中心だった。
晴れた土曜日の昼下がり、のどかな道をゆっくり、母と歩く。

いい時間だなあ、と素直に思う。

いい時間だったなあ、と思うことはあっても、リアルタイムで「いい時間」を感じられることって、たぶん実は少ない。時間的な距離をおいて、「引き」の視線で離れたところから見つめてみて初めて、そこにある良さに気がつけたり、素直に受け入れられたりするのだ。当事者の目線で、「今、しあわせだ」と実感できるのはかなり貴重だ。

ゆっくり歩いて10分弱、目的地は、住宅街の中にぽん、と現れた。
小さなお店。席はまだ空きがある。

ついに、あのパフェに会える。嬉しくて、ちょっとそわそわしてしまう。

とびらを開けて中に入ると、果物の甘い香りがふわりとただよう。甘ったるくない、自然な甘さだ。

窓際に飾ってある植物や、かわいいボトル(何かが漬けてある。梅?)が、自然光を受けてほんのりと光っていた。ちょっと暗めの照明もぴったり。

母と向かい合って座り、「例のもの」と、お店の方にオススメしてもらったレモンスカッシュをお願いした。レモンスカッシュなんて、普段なかなか飲む機会がない。どんな味だったっけ。

母が座っている席からは、オープンキッチンの様子が見える。「今、バナナ切ってる!」とか、「パフェのグラスにシロップ入れてるよ!」とか、こっそり中継してくれた。そのたびに、私は頑張って振り向いてしまう。

そしてついに、その時がやってくる。
私と母の目の前に運ばれてきた、きらきら。

あまおうの鮮やかな赤と、生クリームの純白。ぴょこんと刺さったパイが、上に高く伸びている。一つ一つの色の純度が高いからだろうか、色の種類は少ないのに、きらきらしていた。

レモンスカッシュもやってきた。透き通ったしゅわしゅわに、ソルベがちょこんと乗っている。そして、横に添えられたレモン。沸き立つ炭酸の泡は、ずっと見ていられる。窓からの光が当たると、魔法の飲み物はさらに透き通って見えた。

幼い頃から、パフェスプーンを手にすると、とてもテンションが上がった。今もそれは変わらない。パフェというぜいたくなスイーツを食べるためだけにある、ぜいたくな食器。
細くて長いスプーンは、何にでも使える便利さはないけれど、私の気分を一気に上げる。

いざ、パフェ実食。
まずはイチゴ。ちょうど旬を迎えていたあまおうはとても大きくて、「ほおばる」ことができるイチゴだった。一番上にあった、まるまる一個のあまおうを「ほおばる」。
みずみずしくて、甘酸っぱい。ただ甘いだけではない。しっかり、イチゴらしい酸味があり、その酸味の主張があるからこそ、甘さが存分に引き出されていた。

パフェの中には、予想以上にたくさんの人が住んでいた。
刺さっていた子以外にも隠れていた、さくさくのパイ生地。
堂々と目立つポジションにいた、イチゴのソルベ。
静かに潜っていたのは、濃厚なカスタードのアイス。
あまおうの赤に負けじと白を主張していた、純白の生クリーム。
見えにくいけど、食感の違いで存在感を主張する、ベリー風味のゼリー。

どれもしつこすぎず、多すぎない。誰もが、自分の主張をしすぎずに、ほどよく他の登場人物を引き立てる。
本来なら、「あまおうの(ミルフィーユ)パフェ」というぐらいなのだから、そしてここはフルーツパーラーなのだから、「あまおう」が主人公なんだと思う。でも、このパフェを食べ進めるうちに、そうとも言い切れないような気がしてくるのだ。
それぐらい、調和したパフェだった。

母と二人、食べながらひと口ごとにうっとりしてしまう。あまおうのみずみずしさと、ソルベの爽やかさ、カスタードアイスのこってりさ、生クリームのコクとあっさり具合。すべてがちょうどよく、また、パイ生地とゼリーの食感のアクセントが楽しくて飽きない。

パフェは、量が多い。それゆえに、最後まで飽きずに食べるのが難しい食べ物でもある。
でも、このイチゴパフェだけは例外だ。「もうなくなっちゃう!」と思いながら、最後の一口を大事に食べた。

イチゴパフェの余韻に浸りながら、レモンスカッシュをゆっくり飲む。淡く透き通ったソーダに、レモンの酸味がほどよくのっている。上のソルベもあっさり、さっぱり、爽やかだ。お店の方に、おすすめされた飲み方は、途中でソルベを溶かして「味変」するというもの。
溶かして、混ざった部分を飲んでみると、確かに違う「スイーツ」になっている。さわやかな、レモンシェイクのよう。
ソルベがゆっくりと溶けていくようす、沸き立つ炭酸の泡が少しずつ少なくなっていくようすは、なんだか幻想的で、初めて来た町の初めて来たお店なのに、なんだか懐かしい気持ちになった。

イチゴパフェとレモンスカッシュの余韻は、canvasをでてからもしばらく私たちを包んだままだった。
もう2ヶ月が経とうとしている今も、鮮明に思い出せる、あの感動と幸福感。

でも、あの感覚に慣れてしまいたくはないのだ。
自分で自分を褒めてあげたいときや、だれかを笑顔にさせたいとき、ちょっぴり特別なときに、また行きたい。

たぶんもう同じイチゴパフェはないけれど、同じぐらい幸せになれる、一期一会のメニューがあるはず。

本当は、この日にぶらぶらと散歩をした「幡ヶ谷〜代々木上原エリア」の「お散歩」について書こうと思っていたのに、第一目的地の話だけでこんなに長くなってしまった。あとだしジャンケンみたいな後ろめたさを抱えつつ、タイトルは「幡ヶ谷にパフェを食べに行ったはなし」にしよう……ごめんなさい……。
また今度、canvasをでてからの散歩の話を書きたい。2月1日は、素敵なお店、場所との出会いがあった日だった。


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