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敬老の日に作った初めてのCD

「じいちゃん。今日は敬老の日だね」「なんじゃそりゃ! いきなりワシに対しての当てつけみたいじゃな」
 大学生で孫の大樹の部屋に遊びに来た茂が、笑いながらも即座に突っ込みを入れる。

「ハハ!僕はそんなつもりで行ってないし、じいちゃん。本当はわかっているでしょう」「おう、当然じゃ。ワシは世間一般では高齢者になったが、まだまだ老人だなんて思っておらんぞ」と言って若さをアピールするように、腕を振り上げてガッツポーズ。そして苦笑いを浮かべた。

「まあ、それはどうでも良いが、これがこの前買ったという新しいパソコンか」と、茂は大樹の机の上に載っている、デスクトップパソコンを指さした。
「うん、バイトで貯金したから買えたんだ。これ最新のスペックだから、サクサクだよ」というと、大樹はパソコンの電源を入れる。しばらくメーカーのロゴが流れるが、やがてパソコンが使えるようになった。

「思い切ってパソコン買ったのは、今まではスマホで十分だったんだけど、僕の演奏をなぜかCDで欲しいとか言い出す人が現れたんだ」「ほう、それはまた、音源のダウンロードとかじゃ不満なのかな」
「そうなんだろうね。世の中、いろんな人がいるから。だからパソコンを使って演奏の音源をCDにコピーして配布することにしたんだ。もちろんパソコンはそれだけの目的だけじゃないよ。でも大きな画面でネット出来るのはうれしいね」と大樹は嬉しそうにマウスを動かした。
「ほう、CDとはもの好きじゃな。いまはダウンロードのほかにも、ストリーミングで気軽に音楽が聴けるのにな」
「でも、じいちゃんの時代って、CDどころか、蓄音機だっけ。アナログでそれこそトランペットみたいな口が開いているんだよね」

「大樹!蓄音機はワシもよく知らんぞ。いっておくが、そこまで年寄りではない。それはワシのおやじの時代じゃな。ワシが意識しているのは、LPというアナログレコードの時代。それならわかるな。黒っぽい円盤を回して、針を上から置いて聞いたものじゃ。あとそうそうカセットテープもよく聞いていた。でもあれは早送りとかの操作を間違えると、テープが真ん中のヘッドに絡まってしまうことがあって、大変じゃった」

「カセットテープ! テープなんて聞いても、僕のイメージではビニールテープとか粘着のものしかイメージできない。音楽のテープなんか全然イメージできないけど、じいちゃんと話すると、本当に時代の生き字引のような気がする」と大樹が言えば、茂の表情はにこやかに。
「ハハハッハ、まあだてに長い人生を生きておるからな。だが音楽に関しては、昔のアナログのときが、音質が良いとかいろいろなことを言う人がいるが、ワシはそこまで音楽のことはわからん。当時よりも今のほうが、操作するときになにかと便利が良いと思うんじゃがな」と言って腕を組む。

「さて、せっかくだから試しにやってみよう」大樹は袋から録画用のCDをとりだす。トレイに真新しいCDを入れて、そのままパソコンに入れると、やがてメッセージが画面に出て来た。大樹はさすがに手馴れている。気が付けば早くもハードディスク内に入っていたある動画が、CDにコピーされ始めていた。
「さすがじゃな。あっという間の作業じゃ」「まあこういうのはね」と大樹は涼しい表情のまま操作を終えてしまう。「それでは再生できるかな」というと同時に、CDを再生してみる。やがてパソコンのスピーカーから聞こえる金管楽器の音色。大樹が吹いたトランペットの音だ。

「お、それはこの前富士山の前で演奏したもの。曲は富士山。そんなもの焼いて、欲しいっていいうのがいるんじゃろうか?」
「まさか!これは、試しにやってみようというだけ。この音源がうまく録画できたらもっと本格的にトランペットの演奏音源をCDに入れていくよ」と、大樹は無事にCDが聴けたことを自慢げに胸を張る。

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「そうじゃ、大樹わるいが、ちょっとパソコン借りるぞ」と茂が何かを思いつく。「え、あ、少しなら」そういうと、大樹は席を茂に譲る。茂は座ると、やや効き手を震わせながら、マウスを操作した。ブラウザーを開き、探し当てたのはyoutube。そこから何か気になる曲を探している。

2・3分ぐらいが経過した。

「これ、これじゃ」そういってのある曲の画面を開いた茂はそのまま動画を再生した。

「この動画をCDにコピーしたいんじゃ。えっと確か1990年ごろじゃったかな、実はワシがはじめて買ったCDがこの曲なんじゃ。当時ちょうどCDが広まり始めたころで、物珍しいものじゃと思ったから、まずはCDラジカセを買ったんじゃ」
「CDラジカセ? CDはわかるけどラジカセって、えっとこの前、先輩に教えてもらったのに、え、えっとなんだっけ。忘れた」
「ああ、ラジカセはラジオとカセットが一緒になったものじゃ。昔はアイフォンもなかったから、そういうもので音楽を聞いとったんじゃな」
茂はいつもに増して、大人気もなく少しムキになって口角を上げて大樹にこたえる。それを聞いた大樹は少し固まって黙り込む。

「で、CDを再生しようと思ってじゃな。確か、ちょうどこれ当時のテレビのCMでも流れていたはずじゃ。それでそのとき買ったCDじゃが、あれから20年以上たってしまって、もうどこかに行ってしまったんじゃ。だからもしできるんじゃったらCD焼いてもらえるか?」
「焼く?」「ああ、コピーのことじゃ」という茂の要望。大樹は一瞬目をしかめる。

「でも、多分どうなんだろう。やったことないからわからないけど、youtubeの音源ってダウンロードできるかどうか?あと著作権の問題とかどうななんだろう。いろいろややこしいけど調べてみないといけないな。というか、それ以前に」「それ以前とは」「じいちゃんCDプレーやって持っていたっけ」

 その瞬間、茂の表情が固まった。思わず両手を頭に置く。

「あ、ああ、そうか、もう使っておらんからな。最近気に入った音楽は、アイフォンで聞いとるし。そうか多分ないぞ。探したらあるかもしれんが、使えるんじゃろうか?」
「じゃあ、意味がないよ」「じゃな、ハッハハハハハ!」と笑って茂はごまかすのだった。



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こちらは81日目です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 246

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