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蜂蜜の毒 ~Mad Honey~ 第558話・8.3

「どうだ、今日から俺はハチミツ農家になるんだぜ」「兄貴、本当ですかい」蜂谷満男は、弟分の川西悟に対して得意げな表情をみせながら、真新しいハチミツ用の巣箱を見せた。
「今は、ネットでもこういう箱が買える時代だな。そして蜂に蜜を取ってきてもらい、オリジナルのハチミツを売り出すわけさ。悟よ、手伝ってくれるよな」
  そういって悟は箱の中を見せる。真新しい箱には重箱式で、中には蜜蜂が巣を作れるような枠が何本も入っていた。そしてスズメバチが乱入しないように、つまり蜜蜂だけが入れる小さな穴。だがこの時点で、ハチミツが入っていないのはもちろん。蜜蜂もいない。
「え、ええ、もちろん。あっしは兄貴のためなら、どこにでもついていきますが、でも兄貴、蜜蜂をどうやって、まさか今から採取を」
 悟は顔色が変わった。昔スズメバチに刺された苦い思い出が頭をよぎる。蜜蜂がスズメバチより小さいといっても蜂。だからいくら兄貴分である満男の要件でも迷いが生じた。

「うん、おう、心配するな。採りにはいかねえ。蜜蜂なら明日来る。実はな、家に作られた巣を駆除する業者がいるだろう。それで彼らが確保した蜜蜂を販売してくれるんだ。県に届け出をだすこともやってくれるってさ。だから明日からが始まりだ。
「そうですか、兄貴安心しやした。じゃあ、あとは蜂が蜜を取ってくるだけ。で、花はどこから」
「あれをみな!」満男が指をさす。「あ、いつの間にか花壇!」悟は気づいていなかったが、敷地内にはいろんな花が咲いていた。
「なるほどこの花の蜜を。でも花によっては、毒とか大丈夫なんでしょうかね」

「フフフフ!」ここで不気味に笑う満男。「悟、おまえ勘が鋭いな。実はあそこに咲いている花には毒がある」
「え、それってワザと」驚く悟に、口を緩めてニヤリと笑う満男。
「そうだ、毒入りの蜂蜜を作ろうって寸法さ」
 満男はそう言いながら花のほうに歩く。後に悟が続いた。
「この計画は、俺が半年以上前から練っていて、まずは毒を出す花を集めた。これが毒つつじ、それからこれがトリカブトだ」
 満男は得意げに毒の蜜を出す花を紹介する。悟はそれを聞きながら身震いした。
「ち、ちょっと待ってくれ兄貴。これ、なんだか犯罪の匂いがするな。ていうかさ、毒がある花なんかじゃ蜜蜂自体が、その毒にやられちまうんじゃねえんですかい」
「そう思うだろ。だが蜜を取る蜂には、なぜか影響がないらしい」「本当ですか?」「ああちゃんと調べたさ。世界ではかつて戦争の道具にも使われていたそうだな。現在でも中東では野生の蜜蜂からハチミツを取るそうだが、その中には、毒が紛れ込むことがあるとも知った」

「でも、さすがに表向きにそれは」「そう、だから悟、裏社会と通じているお前を呼んだわけだ」
「ああ、そういうことですかい。なるほど、またおいら、蜜蜂からハチミツを採取するときに、格闘かと思ってドキッとしやしたが、それならお安い御用ですぜ」
「頼むぜ。ネットでも最近は規制が厳しいから、裏のサイトを使ってもすぐに当局にバレるだろう。そうなればこのビジネスはお終いだ。悟、今からだと採取まで半年か1年はかかるだろうから、それまでに営業担当として裏の販売ルートを作ってくれないか?」

「でも、兄貴さ、そんなの需要あるかなあ」首をかしげる悟。
「いや、あると思うぜ。なにしろこの毒は、他の毒とは違うんだ。口当たりは通常のハチミツと同じ甘さがある。だからターゲットは、何の違和感なくこのハチミツを食べるだろう。そして後から毒が体を襲うわけだ」
 自ら酔いしれているような口調で満男は語る。
「つまり様々な理由で、特定の誰かを殺害したいという、思いのある者たちに売りつける。これなら通常の蜂蜜より、さらに10倍の相場でも行けそうだ」

「わかった。ま、どうせもっと先の話だ。よし兄貴、この話のったぜ」「うん、さすがは悟だ。で、分け前だが、どうしても蜂と花の維持費がかかるだろう。だからお前は売り上げの3分の1でどうだ。
「兄貴、わかってるよ。そんなことだと思ってました。じゃあとりあえずはそれでいいけど、契約は最初の採取が終わってからとして、以降1年ごとの自動更新。その都度分け前の比率を相談するってことで」
 悟の意見にゆっくりと満男はうなづく。「これで採取後が楽しみだな」と低い声でつぶやいた。


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「よし、できた。これでシリーズものが書けるぞ」蜂屋卓也は、自作の小説の序盤を書き上げて満足顔。
「この設定で、毎回いろんな事例を作れる。毎回毒入りハチミツで殺害する事件。さてどんな登場人物を出そうか、これからが大変だな」などと独り言をつぶやきながら、文章の保存ボタンをクリック。

「たっちゃん、そろそろ採蜜に行くわよ」卓也の部屋から聞こえたのは、姉の蜂屋聡子。実は卓也は小説家ではない。本業は養蜂。姉とふたりで小さな養蜂場を経営していた。
「姉貴、今行く!」卓也は立ち上がると、採蜜のために部屋から外に出て行った。「さて、本業だ! こっちは小説のように毒入りなんて、絶対にありえないけどな」と頭の中でつぶやくのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 558/1000

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