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妄想の具現化 第846話・5.19

「ふ、カメラで撮影して映し出された人に『デジタルの世界にようこそ』と言われるというのか、そのような話はホラーかミステリーの類だとは思うが、悪いが僕の趣味じゃないね」

「先生やっぱりダメですか!」先生と呼ばれている人物は芸術家であった。
 彼は妄想を具現化した作品をを描く。だが彼は自ら妄想をすることは得意ではなかった。かつてはそれも出来ていたが、最近はスランプ気味に陥っている。もはやアイデアが枯竭したのかもしれない。だから彼は最近は周辺にいる人に具現化できるアイデアを提案してもらう。数あるアイデアから『コレ!』と思えば、突然書き始めて具現化するのだ。

「もっと小さな子供の方が良かったかな」先生は、提案者として雇用した若者を見ながら首をかしげる。
 目の前の若者は大学生だが、彼はバイトとしてここに来ていた。時給は決して高くはないが、適当に思いついたキーワードを出すだけの仕事。学生は「楽に稼げる」と思って応募し、採用された。先生は学生からの思い付きで出るキーワードを聞いて自分の頭の中で色々組み立て妄想を膨らませてて具現化する。
 ということで始めたものの、学生がどんなキーワードを出しても先生は首を横に振ってしまった。もう100以上のキーワードを出したが、どれもダメなんだという。

「わかった。今日の日当はもちろん出す。だけどもう無理だな。今日は帰っていいよ」先生は立ち上がって大学生の前から離れる。大学生は「は、はい、失礼します」と一礼して帰っていった。

「さてと、弱ったな」先生は自室に入ると一枚の絵を見ながらため息をつく。「このくらいの絵をまた描きたいものだ。この絵は本当にすごい。花のようにも見えるし、獅子のようにも見える。獅子ならば下のこれは鳥の羽根のようだ。待てよこの獅子は太陽にも見えるな。そうだ、世の中を照らす太陽だ!」先生はひとりで自分の描いた絵の世界に没頭し、自画自賛した。

「こういう作品を描きたい!だがアイデアが......」先生は絵を見てもう一度叫んだ。かつて直感で描いたのがこの絵、モチーフは太陽だったのか花だったのか、それとも動物園で見た猛獣だったのか。思い出せない。だけどいずれも見たことがあるから、潜在的な記憶上の中で沸き上がったものが、複合的に重なりあった。その結果具現化したものかもしれない。
「ああ、描きたい。もう一度こんな絵を妄想を具現化させてくれ!」
 先生はもう一度叫ぶと、ここで疲れたのかソファーで静かに横たわった。

ーーーーーーー

「98パーセントだ!」あれから半日以上ソファーで眠っていた先生は、突然起き上がると第一声。
「できた、できたぞ」先生はそのまま、慌てて画材を用意すると無心になって描き出す。久しぶりにできたアイデアを必死で具現化している。夢で見たものを描いているのだろうか?
 その夢が先生の記憶上から徐々に薄らいでいく。鮮明に見えていた色が徐々にあいまいになっている。先生はそんなことはわかっていた。だから大急ぎで画材に対して描いているのだ。

「できた。完成まで98パーセント」先生が書き上げた絵。素人から見たらほぼ完成のように見えるが、先生はあと2パーセント足りないと考えている。
「どうしようか。後は学生に2パーセントのアイデアなのだろう。だが彼にそんな力があるのか。ああ、子供を雇えばよかったが、だめだろう。それをしたら色々と問題がありそうだ」

 先生が悩んでいると、昨日は途中で帰った学生が来た。「先生、おはようございます」「お、おい、きたまえ!」
 先生は学生の顔を見ると、いきなり学生の右腕をつかみ、自室に呼ぶ。「あ、あ、はい」突然のことで戸惑う学生。それでも昨日と違い、自分を必要としているような気がした学生はうれしくて仕方がない。

「これだ、98パーセント出来ている。あと2パーセントは君のアイデアにゆだねよう」
 学生は絵を見た。「これが、先生の......」学生は目を疑う。絵画の世界ではそれなりに名前の知られた芸術家の先生だと聞いているのに、彼が描いた絵がこんなものだったのかと。
「まるで小学生の絵のようだなあ。そうか、先生の作品って俺知らないんだ」と心の中でつぶやいた。それもそのはずだ、美術館など学校の行事で行くこと以外、まずいかない学生。そもそも時給の割には楽な仕事と思って、先生の前に来ているのに過ぎない。

「あと、2パーセントなんですよね先生」絵を見ながら学生がつぶやく。「そ、そうだ、何でもいい。これを見ながら思いつくキーワードを出すんだ。それが僕の作品に直結する。頼む、キーワードを答えてくれ!」

 先生に頼まれても学生はすぐには答えられない。今までどれだけ頭をひねってキーワードを絞り出してもすべて先生に却下されている。「今さら考えても無駄。だったら」

 学生は腹を決めると「先生これは『空白』『小学生』というのはどうでしょう」と口走った。小学生とは学生が見た絵の正直な感想。空白とはその絵の上の部分に空白があったから。
 このとき先生は学生に視線を送った。すごい険しい表情だ。「ま、まずいこと言ったかな」学生は険しい先生の表情におびえてしまう。先生は何も言わない。10秒ほどの沈黙が流れる。

「ウオオオオ!」突然獣のような大声を出した先生は、学生から視線を外すと突然無心に絵に向かった。
「せ、先生......」茫然とその様子を見る学生。でも先生のこの行動を見るとあのキーワードは間違っていなかったようだ。先生は無心で筆を動かした10分ほど無心で筆を動かすと、突然筆を止めた。

「できた!ありがとう。君には特別ボーナスが出せる!」描き終わった先生は、得意げな表情となり完成した絵を見せる。

「先ほどの絵に、『空白』『小学生』で......」学生は見ると、確かに空白は埋まっていた。その絵はやっぱり小学生を連想できるような素朴な絵。だが学生は先生が感動しているほどの出来栄えには見えない。

「ありがとう。この絵なら高値で売れる。良かった。アイデアまた頼むよ」先生は学生に何度も頭を下げた。
「いったい、あの絵がなぜ......」学生は帰り際、何度も頭をひねった。
 だが、後日、先生が学生からのアイデアで具現化した絵が、それなりの値段が付いたという知らせが届くのだった。


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