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これは地名なの? 第552話・7.28

「うん、なんだこれは?」突然不思議な漢字の羅列を見つけた。ここはとあるうなぎ専門店の店内である。今日は土用の丑の日だ。そうでなくても穴子やハモと言った、他の細長いウナギ目の食用の魚の中でも、別格的に好きなうなぎ。寿司屋に行けば必ず注文するのがうなぎの握り寿司だ。だが近年高くなって、なかなか手が出なくなった。とはいえ年に一度の夏のこのときだけは、必ずうなぎを食べる。

 実は昨年までは別のうなぎ店に毎年行っていたが、その店は昨年末に閉店してしまった。仕方なく別のうなぎ店を探すと、少し離れたところに1軒見つけたというわけだ。外観は昨年までのうなぎ店と比べて、際立った特徴があるわけではない。さて中に入るとうなぎを焼いている炭火の香ばしさが、鼻を通じて入ってくる。食べる前から食欲が注がれた。メニューを見る。ここは例年通りうな重を注文しよう。料金を見る限り、昨年の店とほとんど違いはない。厳密に言えば100円高いが。

 この日は、同じようなことを考えている人がいるのだろう。時間帯をお昼のピークからずらしたつもりであったが、やはり人が多い。席は8割以上埋まっている。店内は忙しそうだ。若い従業員が必死に注文を取りに来ていた。冷静にうな重を注文すると、店員は何度もうなづきながら確認する。

 こうして持ってきた緑茶をすすりながら、改めて店内を見た。何気なく見ている店内で、突然見慣れぬ漢字の羅列を見つけてしまう。「なんだろう?」思わず視線がその文字列に向かった。見たところA3サイズ程度の大きさでラミネート加工されている。炎のようなものを背景に、5つのキーワード。大きさはまちまちで斜めになっている文字列もある。だが明らかにメニューなどではない。金額も書いていないし、そもそもそれらの漢字から食べ物などが連想できない。一体何かのメッセージだろうか? それすらもわからない。わかっていることは、漢字の中に日本では見慣れない、明らかに中国で使うような特殊な漢字が見られること。「中国語? 何でうなぎ店に中国語が、中国人観光客のインバウンド? うーん、ていう感じでもないし」

 一番いいのはこの店の人に聞くことだろう。しかしどう見ても忙しい。あたかも大みそかの蕎麦屋のように、スタッフがあわただしく動き回っているのが分かる。それでも常に炭火焼の香り、蕎麦屋では感じられないこの香ばしさがたまらないのだ。待っている間、この謎の文字列の書いているラミネートの張り紙を撮影した。

「うな重お待たせしました」あの文字列のおかげだろうか? 思ったより早くうなぎが来た気がした。こんがり焼けているうなぎのかば焼き。見た目からして唾液が口の中から溢れんばかり。早速箸を手にした。目の前の山椒をかば焼きに振りかける。茶色、こげ茶、そして黒っぽい焦げ目がついたかば焼きと、茶色で統一されたご飯の上。ここに山椒の緑の粉が舞い降りる。

 そして橋をかば焼きに突き刺した。見た目よりも柔らかな肉質。断面は予想通り白っぽい色。下のご飯とセットで口の中に運ぶ。口に含めば瞬時に香る山椒風味。そして次にうなぎの肉の柔らかい歯ごたえ、そしてご飯を中心にしみ込んだ、タレの甘味が重視された味わい。久々に味わううなぎの香ばしさと柔らかさが、上下の歯を駆使して噛めば噛むほど、舌を通じて滲み出てくるのだ。こうして喉に入り込むうなぎとご飯の破片が、喉の奥まで流れて行ったのを確認する。すると早くも次のひとくちを箸の上でスタンバイ。

 こうしてうな重とセットでついていたもの。それはうなぎの肝の吸い物や奈良漬け。これらも含めてすべて平らげる。こうして何も残っていない重箱を尻目に、清算のために立ち上がった。現金で支払う。そして釣りをもらう間に思わず質問した。
「あのう、あのラミネートの漢字は何ですか」するとスタッフは釣銭を渡した後「あれは中国の地名です」といった。ここで「中国の地名がなぜ店内に」と「いったいどこなのか?」というふたつの疑問が沸き起こる。しかしそれを追加質問する空気はなかった。すぐに別の客が店内に入り、先ほどまで座っていた席は、その人のために、あわただしく空の重箱を片付けている。

「奥歯に物が挟まる」とは、このことか、実際に席を立つ前に爪楊枝で食べかすを掃除しているから、実際には何も挟まっていない。ただ気になる中国の地名の羅列。「とりあえず写真撮ったから調べられる」
 そう思いながら店を後にした。早速スマホで写した文字を見ながら、パソコンで検索開始した。ここで考えたこと。「全部を解き明かしたら、何らかのメッセージがあるのかもしれない」

 文字の中には、日本で使わない中国独自の文字が入っている。そのため少し難航するが、どうにかいろいろやって導き出す。こうして大きな文字から一体どこなのか追及した。最初に中央に大きく合った『斉斉哈爾』という文字。これはチチハルと読むことが分かった。そして中国東北地方、黒竜江省にある街で、ハルピンよりもさらに上にあるようだ。次に調べたのは2番目に大きな『西双版納』という文字。「これは西の方かな」と思って調べると、シーサンパンナと読むらしい、場所は確かに西だが、むしろ南寄りで東南アジアのミャンマーとラオスの国境沿いにあることが分かった。つぎは『烏魯木齊』。文字の大きい順番で調べていく。「東の方かな?」適当に予想したが全く違う。西の方でウルムチと読む。西域と呼ばれた新疆ウイグル自治区にある最大の都市。「ずいぶん西の方、シルクロードのあたりか」とつぶやく。

 この勢いで4番目に大きな文字。ところがここでふたつの文字は、どちらも同じくらい。「じゃあ上の方から」と、選んだのは『呼和浩特』だ。「ヨブワヒロトクと読めるな」などと頭の中で思い描きながら、調べると、これはフフホトと読むらしい。場所は内モンゴル自治区で一番大きな町だとわかった。「モンゴルに内と外があるとは初耳だ」
 こうしていよいよ最後の『锡林郭勒』が残っている。「いきなり中国の漢字だよ」と思いつつ調べるが、これはなかなか一苦労。それでもついに見つけた。「え、これもモンゴル?」锡林郭勒はシリンゴルと呼ぶらしく、これも内モンゴル自治区内。そのうえ盟(アイマク)という見慣れない行政区分になっている。相当僻地かと思いきや、実はこの地名の中で中国の首都北京に一番近いことが分かった。

「全部分かったけど、一体どういう共通点が」結局それ以上の隠されたキーワードはわからない。実はうなぎが取れる場所? それにしては砂漠地帯のようなところが多く、到底考えられにくい。「何かあるはず」とそのあと半日かけて調べたが、暗くなってもわからず断念した。
 ただ分かったことはひとつある。あのうなぎ屋のうな重は昨年まで通っていた店のうな重よりおいしかったと言うこと。だから来年も店が続いていれば、行くことを決めた。


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シリーズ 日々掌編短編小説 552/1000

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