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カレーうどんにハーブを載せてスパイスとの違いを確かめてみる 第557話・8.2

「今日のお昼どうしようか?」霜月もみじが、冷蔵庫を開けて中を覗く。「今までなら、自分と楓の分だけ作ればいいのに、今月からテレワークじゃねえ」と愚痴をこぼす。
 夫・秋夫が、8月からテレワーク勤務になることが決まったのは今から10日前。
「べつに彼の部屋で、コツコツやってるから邪魔しなきゃいいんだけど」とつぶやきながら、しっかりとした食事を作ろうと気合が入る。
「お、多い目に買っておいたうどんだ。それと昨日作ったカレーが残っているから、カレーうどんでいいか。ん?」
 もみじはひとりでつぶやきながら、冷蔵庫であるものを見つけた。

 カレーうどんは何度も作っていて、もみじが得意とする料理のひとつ。料理と言っても知れたもの。うどんを茹でてから、どんぶりの中に入れ、うどんのつゆをかけた後、温めなおしたカレーを混ぜるだけ。
「そうだ。少し手を加えてみよう」

ーーーーー
「お昼できたわよ」もみじが部屋の入り口で声をかけると「わかった」と秋夫の声。
 それから1分ほどで部屋の中から出てきた。「うーん新鮮だなぁ、オフィスの社員食堂と違って、家で食べられるって言うのは」と、ご機嫌な秋夫。「お、カレーうどんか」ダイニングまで来ると、笑顔で席に着く。

「ちょっとだけだけど、手を加えたの。ほら」もみじが、カレーうどんを指さす。「うん、ネギじゃなくてミントか」「そう、ハーブとか乗せたらどうなるかなってね」

「良いんじゃないか」目の前には娘の楓も来た。「あ、パパ。おちごとやすみ!」「ハハハハ、違うよ。これからは家で仕事だ。こうやってお昼に楓に会えるのもいいなあ」
 最初テレワークと言われたときは、ちゃんとできるか不安で仕方がなく、少し苛立ちがあった秋夫。しかし実際にやってみると、オフィスにいるときのようなピリピリ感もなく、リラックスした状況で作業が進んだ。

 そして一家そろってのお昼も、大変ありがたい。
「うん、うまい。ねぎの代わりにミントか。口の中が爽やかになって俺はいいと思うな。どうせなら、ほかのハーブで試したらどうだろう」

「そうね。でも、どうなんだろう。いろんなハーブあるけど、会うのかしら?」
「それはやってみないとわからんぞ。いいよ。俺は昼でも夜でもいい、いつでも付き合ってやろう。これは仕事の合間の良い気分転換だ」
 カレーうどんをすするりながら答える秋夫。ところがこのとき、黄色い液体が少し飛び散り、秋夫の手首についてしまう。
「あら、でも夏でよかった」ともみじは口走る。
「今日はオフィスのときと同じ半袖の白シャツを着たが、会議などめったにないから、明日からは汚れてもよい服でいいな」手首に就いたカレーを拭きとりながら秋夫は笑う。

「そうそう、例えばさ、ハーブ乗せるんだったら、もうカレーうどんも日本じゃなくて良くないか?」
「どういうこと?」「この前見たんだ。キーマカレーのうどんってあったぞ」「へえ、じゃあ今度やってみよう。そしたらさ、タイカレーのうどんなんてあってもよくない」好奇心旺盛なもみじはその提案にすぐに乗った。

「いいねえ、グリーンカレーだっけ。どんな味か楽しみだな。それなら米の麺とか使ったらより本格的だぞ」
 今日が初めてのテレワークのためか、やけに秋夫は饒舌だ。もみじはときおり、頷きながら聞き役に回ってうどんをすする。落語家のような音を立てながら、定期的に楓がしっかり食べているかチェックした。 
 ところが楓はチェックされるのが嫌なようで、もみじが視線を送ると「ちゃんと食べてる!」と言わんばかりのどや顔で威嚇した。秋夫はそのやり取りを、目の前で見るのが楽しくて仕方がない。

 しばらく沈黙が続き、黙々と口を動かす音だけが聞こえた。「あ、そうだ」ここでもみじは何かを思い出す。
「ねえ、知ってる、ハーブとスパイスの違いって」「え!」あまりにも唐突な質問に、秋夫の目は大きく開いた。

「そういわれると、似て非なるものと言うか、何だろう。うーん」秋夫は考え込む。
「やっぱ、調べよう」先に食べ終わった秋夫は、さっそくスマホで調べもの。
「ごめん、最初からそうすればよかった。休憩中なのに、仕事みたいなことさせて」「いいよ、全然違う分野だから」
 秋夫が調べ物をしている間、もみじも楓も食べ終わる。もみじは空いた丼を重ね、キッチンに持っていきそのまま洗い物を始めた。

「おい、わかったぞ! ハーブとスパイスの違いが」秋夫はわざわざ洗い物をしているもみじの前まで来た。
「厳密な違いはないようだが、どうやらヨーロッパで自家栽培できるかどうかがポイントのようだ?」
「え、自家栽培の違いなの」「ああ、要するにスパイスは、大航海時代のときに、ヨーロッパよりも遠いインドあたりから仕入れていた。インドでしか手に入らない、根やら種とか木の皮などを船で運んだ」

「インド、東インド会社とか? だったらコショウもなんだ」もみじは思わず洗い物の手を止める。いったんお湯もストップ。「そうだろうな。だから乾燥しているものがスパイス」
「で、自家栽培できる生のものがハーブ」もみじの返答に秋夫は大きく頷いた。

「うぁあ、そうなんだ。カレーっていっぱいスパイス使うじゃない。その上にハーブって、よく考えたら良い組み合わせだったんだね」
「そういうことだ。ハハハハ! ひとつ勉強になったな」ふたりは同時に笑った」

 それを見て近づいてきたのは楓、笑うふたりを不思議そうに見ると「べんきょは、わたちもできた!『あいうえお』ってかいたよ!」と対抗心を燃やすべく大声を張り上げる。そして威嚇するかのように、両足で二回飛び跳ねた。それを見た、楓の両親は再び笑うのだった。


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