見出し画像

紡ぎ出すライン

もしも、世界が間もなく滅亡することを知らされたら、僕は一目散にこの東京から逃げるだろう。どこか遠い南の島へ行きたい。
そんなことを思っている僕の頭上をヘリコプターが抜けていった。空は連日晴れていたが、積乱雲も、もくもくと立ち上がっていた。

「おーい、安川。蕎麦にしよう。」

営業で外回りを一緒にしていた、先輩の田中さんは僕にそう言った。

「蕎麦!いいっすね!」

本心で思ってはないが、反射的に言葉を返す。

僕は大手企業の子会社に入社した普通のサラリーマンだ。特徴も学歴もない。だから、この会社に入社できたことは、ラッキーだった。うちの会社は外回りの時、二人一組で出かける。その間に生まれる、師弟の関係こそが本当の絆になると田中さんが言っていた。田中さんは昔、部長と組んでいたらしく、「俺も部長とは長くて・・・」みたいな話が毎回、枕詞として出てくる。それほど会社の考えに毒されていた。

「あっついな。安川。」

「そうっすね。」

田中さんは、ポケットの小銭をジャララと鳴らした。


□□□□


夜風が浜辺から吹いてきた。それが頬を掠めたので、私は月明かりでも十分どの方角へ歩いているのかがわかった。生い茂る草道が、私の足を捉えたが、同時に足裏に砂のこそばさを感じた。

浜辺にいるトリトヌクスを見つけて、私は横に座った。

「また、空を見上げているの?」

トリトヌクスは浜辺の砂に、手でメモを書き記していた。

「ああ、ライアヌ。僕は、この星達に何かを見つけられそうだよ。」

島民達はすでに、寝静まっている頃だ。このところ、トリトヌクスは夜に村を抜け出ては、こうやって浜辺にきていた。私は、それに気づいて、あとをつけるようになった。

「ねえ。トリトヌクス。私、多分結婚をするわ。」

そう言うと、トリトヌクスは、こちらを見つめて、呼吸を止めた。

「そうか、おめでとう。ライアヌ。」

そんな事を言うから、私は、わざとトリトヌクスの肩に頭を預けた。
トリトヌクスは、そのままにしてくれたが、物理的な距離感が縮まっただけだった。

夜風が、また吹いて。少し、波の音が大きくなった気がした。


□□□□


今日も数件周り、営業報告書を作成し、それほど大した成果もないまま、僕と田中さんの1日は終わった。僕らはすこぶる成績の悪い二人組であった。

「田中、安川、ちょっと来い!」
何時ものように部長が、がなり声で僕らを席に呼んだ。月も半ばを超えると、僕らの成績グラフは頭一つ、いや、二つ、いや、、、三っつぐらい凹んでいる。そうすると当然叱られる。ただ、その日は、田中さんだけが別室に呼ばれた。

その日から、田中さんはどことなく元気が無くなった。
「田中さん、お昼っすね。蕎麦にしましょうか?」
「あー、いいや、なんかデニーズとかでゆっくりしようよ。」
とか、
「田中さん、今日の報告書もやばいですね。何か脚色しておこうかなと。」
「いいよ。そのまま出そう。」
とか、
「田中さん、今日は金曜日ですね。どうすっか?ちょっと飲みに行きます?」
「いや、やめとくよ。」
とか行った具合である。
前から腑抜けてはいたが、田中さんは仕事以外のことには拘る人だった。だから、ここまで腑抜けるのはおかしいと感じた。

「安川くん、僕ね早期退社することにするよ。」

理由が、分かった。


□□□□



私は結婚をして、それから無事に子供を身ごもった。娘は元気に育ってくれた。私も夫も時間の限り、娘に愛を注ぎ、何事も無い、毎日を描いていた。これは、とても幸せなのだと思った。

トリトヌクスの話は村で禁止になった。ある日、トリトヌクスは村に凄いことを見つけたと言って騒いだ。空に浮かぶ星には並びがあると言う。それは、いつだって同じような並びだと。私たちの村では、死んだ祖先が空の星に上がると信仰している。だから、それは、祖先を冒涜している話であった。

村の長はトリトヌクスを追い出した。

以来、彼は見つからない。



□□□□


「田中さん、何やってんですか?」

僕らは珍しく残業した。田中さんは誰も居ないことを良いことに、部長のお気に入りの地図を引っ張り出した。

「いたずらだよ。安川くん。」

そう言いながら、田中さんは、地図に直接マジックで線を引いていった。

「僕は、、、知りませんからね。」


□□□□


トリトヌクスの肩で寝てしまっていたようだ。目を覚ましたら、彼の膝の上に私の頭が移動していた。

「何を描いているの?」

「クジラだよ。」

「あら、お星に飽きたのね。」

「違うんだ。あの星と、この星を繋ぐだろ?そうするとこんな風になる訳だ。鯨に見えないか?」

「ふふっ。変な人。」

夜空には彼の描いた鯨が泳ぐ。



□□□□


「え?なんすか?これ。」

「安川くん、僕ね。営業先をこうやって線で結ぶの好きだったんだよ。」

点を結んだそれは、巨大な鯨になった。

「僕のやってきたこと。間違ってないと思う。」


田中さんは、部長の地図にしっかり、下手くそな鯨を書き上げた。

彼が描いた鯨は街を泳いでいた。




ハンドメイド小冊子企画応募作品です。
うまく、筋ができ切ってない中
最後まで読んでいただきありがとうございました。
クマキヒロシ


#ものがたり #2000字 #noハン会小冊子企画 #noハン会

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?