敢えて引き算をする

科学誌ネイチャーに紹介された、こんな実験があります。

土台から伸びた1本の太い脚が支える模型があり、1本だけなので見るからに不安定です。

被験者に「模型のぐらつきを抑えてくれれば1000円の報酬をさしあげます」「脚は1本50円で購入できます」と依頼すると、ほとんどの人は脚を2~3本足して安定させようとします。

既にある1本の脚を外して、土台に直接置いて固定させればいい(脚が必要とは言われていないしコストもかからない)と考える人はほぼゼロだったのです。

ネイチャーの実験には続きがあり、
1)レシピを改善するように言われると、ほとんどの人はより多くの材料を投入した。
2)旅行プランを工夫してほしいと頼まれると、大半の人は立ち寄る場所を追加した。
3)役所のサービス改善案を募ると、9割は現行プログラムへの追加を提案し、既存のサービスや慣行を廃止しようという提案は1割以下だった。
のです。

行動経済学の泰斗であるダニエル・カーネマン博士は「人は100ドルもらった時の満足感よりも100ドル失った時の消失感の方がはるかに大きい」ことを数々の実験を通して証明し、プロスペクト理論と名付けてノーベル経済学賞を受賞しました。

人は「何かを失うこと・引き算になることに心理的な抵抗を示す」のです。

引き算する決断は、心の中に葛藤を生みます。

昨今ヒットしている家電には機能を絞って特化させた製品がいくつかありますが、かつて日本の家電はモデルチェンジのたびに機能が追加され「使いこなせる人がいるのか」というくらい高機能のオンパレードになりました。

企業でも、定期購読する資料がいつのまにか増えていたり、新しい部署が増えていることがあります。

人間は放っておくと、ついつい足してしまう習性を持っているのです。

「引き算」に気づくにはどうすればいいのでしょうか。
足してしまうのが人間の習性であることを自覚して「敢えて引き算を考える」ように日頃から心がけるしかない。 行動経済学の知見はそう教えています。

耶律楚材という人物は、そのことを熟知していました。

耶律楚材は、チンギス・ハンの側近としてモンゴル帝国の礎を築く上で重要な役割を果たし、チンギス・ハンが後継者に指名した息子・オゴタイに「耶律楚材の言うことをしっかりと聞いて、この人の意見に従うように」と、自らの死の間際に言い遺したと言われています。

その耶律楚材が生涯に渡って座右の銘としていたのが「一利を興すは一害を除くに如かず。一事を生かすは一事を省くに如かず」という言葉でした。

放っておくとついつい足してしまう、それが人間というものだということを経験から知っており、生涯に渡って常に戒めていた訳で、耶律楚材が非凡だった証です。

人間というものは放っておくと足してしまう。
だからこそ何かをする時、先ずは敢えて「引き算できないか」を考えるよう自らに言い聞かせる癖をつける。

そんな態度が私たちには不可欠なのです。

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