「図形要素と文字要素を含む結合商標」の類否に関する最近の特許庁審決例

1 はじめに
文字商標(先行商標)と、この文字商標(先行商標)と同じ称呼を生じる文字と図形の結合商標との間の類否が、しばしば問題になります。
この場合、特に、結合商標において文字と図形の全体の不可分一体性が認められるかが問題となります。
不可分一体性が認められなければ、結合商標から文字部分だけが分離・抽出されて、先行の文字商標と類似だと判定されます。

結合商標の全体の不可分一体性に関しては、つつのみおひなっこや事件・平成20年9月8日最高裁判決などが指導的判例となっていますが、特に「図形要素と文字要素とを含む結合商標」の不可分一体性について、最近の特許庁での審決例はどうなっているのでしょうか。

私が見たところでは、大雑把にいうと、(1)図形(例えば「ライオンの絵」)と文字(例えば「ライオン」)とが観念的(意味的)に強く関連している場合、および(2)図形と文字とが互いに重なり合って外観上強く関連している場合との2つのパターンでは、多くの審決例で、結合商標中の図形部分と文字部分との不可分一体性が認められるので文字部分だけを分離抽出することは妥当でないから互いに非類似だと判断されています。

しかし、この2つのパターン以外では、(3)図形と文字とが(互いに重なり合ってはいないが)外観上(場合により称呼上も)強く関連しているため図形と文字を含む全体の一体不可分性がある(よって文字部分だけの分離抽出は不可)か否かが問題となり、どのような場合に「図形と文字とが外観上(場合により称呼上も)強く関連しているか」は個々のケースによるのですが、大体の判断傾向はあります。

次に、上記(3)図形と文字とが(互いに重なり合ってはいないが)外観上強く関連している場合についての審決例を4個、取り上げてみます。

2 図形と文字とが(互いに重なり合ってはいないが)外観上(さらに称呼上)強く関連している場合についての審決例(A)~(D)

(A)不服2011-650139審決 
 不服2011-650139審決は、次に示すような図形と文字を含む結合商標(本件商標)に関し、当該結合商標中の「JACK」という文字部分だけを分離、抽出すると引用商標「JACK」と称呼などが同一になる事案に関して、以下に引用のとおり、当該結合商標(引用商標)の図形と文字を含む全体について不可分一体性を認定し、本件商標は引用商標に類似しないと判断しました。


「3 当審の判断
(1)商標法第4条第1項第11号について
 本願商標は、別掲1のとおり、太線の長方形内に、L字型の太線を線対称に背中合わせに並べた図形と、その下に「JACK LONDON」の文字を配した構成からなるものである。
 そして、該構成はまとまりよく一体的に表されてなるものであり、また、「JACK LONDON」の文字は、同書、同大でまとまりよく一体に表されてなるものであって、該文字から生じる「ジャックロンドン」の称呼もよどみなく一連に称呼し得るものである。
 そして、本願商標は、たとえ、その構成中「LONDON」の文字が地名を意味するものであるとしても、かかる構成においては、該文字部分が指定商品の産地又は指定役務の提供の場所を表示したものと認識されるというより、むしろ「JACK LONDON」の文字全体をもって、特定の観念を生じない一種の造語と認識されるとみるのが自然である
 また、本願商標は、これに接する取引者、需要者が、殊更「JACK」の文字部分のみをもって取引に資するとみなければならない事情も見いだせない。
 そうとすれば、本願商標の構成中「JACK LONDON」の文字部分は、一体不可分のものとして認識されるものといわなければならない。
 してみれば、本願商標の構成中「JACK」の文字部分を分離、抽出し、その上で、本願商標と引用商標とが類似するとした原査定の判断は、妥当なものとはいえない。
 他に、本願商標と引用商標とが類似するというべき事情は見いだせない。
 したがって、本願商標は商標法第4条第1項第11号に該当するものではない。
(2)商標法第4条第1項第16号について
 本願商標は、上記(1)のとおり、「LONDON」の文字部分が指定商品の産地又は指定役務の提供の場所を表示したものと認識されるとはいえず、「JACK LONDON」の文字が特定の観念を生じない一体不可分の造語として認識されるものであるから、これをその指定商品又は指定役務に使用しても、商品の品質又は役務の質について誤認を生じるおそれはないものといわなければならない。
 したがって、本願商標は商標法第4条第1項第16号に該当するものではない。」(上記引用中、太字は筆者による。)

(B)不服2023-018138審決 
 不服2023-018138審決は、次に示すような図形と文字を含む結合商標(引用商標)に関し、当該結合商標中の「INFIELD」という文字部分だけを分離、抽出すると本件商標「INFIELD」と称呼などが同一になる事案に関して、以下に引用のとおり、当該結合商標(引用商標)の図形及び文字を含む全体の不可分一体性を認定し、本件商標は引用商標に類似しないと判断しました。


「3 原査定の拒絶の理由
(中略) そして、原査定は、引用商標から「INFIELD」の文字部分を分離、抽出した上で、本願商標と引用商標とは類似する旨認定、判断し、本願を拒絶したものである。
4 当審の判断
 引用商標は、別掲のとおり、二重円輪郭の間に「INFIELD」及び「GROUP」の文字を上下に表し、当該円輪郭の内部(黒色からなる。)に、円や半円等の複数の図形要素を白抜きした構成からなるところ、その構成は、二重円輪郭内に文字と図形とがバランス良く配置されていることから、これに接する者に、一体に表された商標との印象を与えるものである。
 そして、その構成中の文字部分についてみると、上部の「INFIELD」の文字と下部の「GROUP」の文字は、同じ書体及び同じ大きさの文字で外観上まとまりよく一体に表されており、構成全体から生じる「インフィールドグループ」の称呼も、よどみなく一連に称呼し得るものである。
 さらに、たとえ、「GROUP」の文字が、「集団」等を意味する語として知られているとしても、引用商標の上記構成及び称呼からすれば、当該文字部分が企業集団を表す語と認識されるというよりは、むしろ、「INFIELD」及び「GROUP」の構成文字全体をもって、一体不可分のものとして、看取、把握されるとみるのが相当である。
 また、引用商標は、その構成中の「INFIELD」の文字部分のみが独立して、自他役務の識別標識として認識されるものとみるべき特段の事情は見当たらない。
 そうすると、引用商標の構成中「INFIELD」の文字部分を分離、抽出した上で、これを前提に、本願商標と引用商標とが類似するとした原査定の判断は、妥当なものとはいえない。
 他に、本願商標と引用商標とが類似するというべき事情は見いだせない。
 したがって、本願の指定商品と引用商標の指定役務との類否について検討するまでもなく、本願商標が商標法第4条第1項第11号に該当するとした原査定は、取消しを免れない。」(上記引用中、太字は筆者による。)

(C)不服2023-010871審決
 不服2023-010871審決は、次に示すような図形と文字を含む結合商標(引用商標)に関し、当該結合商標中の「CHICS」という文字部分だけを分離、抽出すると本件商標「CHICS」と称呼が同一になる事案に関して、以下に引用のとおり、当該結合商標(引用商標)の図形と文字を含む全体の不可分一体性を認定し、本件商標は引用商標に類似しないと判断しました。


「第3 原査定の拒絶の理由の要旨
 原査定は、本願商標と引用商標は観念において比較できず、全体の外観において異なるものの、本願商標である「CHICS」の文字と引用商標の要部である「CHICKS」の文字は、中間に位置する「K」の文字の有無を除き、その他の文字のつづりを共通にし、かつ、「チックス」の称呼を共通にすることから、これらを総合的に考察すると、外観における差異が称呼の共通性を凌駕するとはいえず、両商標は類似する商標であり、本願の指定商品と引用商標に係る指定商品は、同一又は類似のものであるから、本願商標は、商標法第4条第1項第11号に該当する旨認定、判断し、本願を拒絶したものである。
第4 当審の判断
1 本願商標
 本願商標は、上記第1のとおり、「CHICS」の文字を標準文字で表してなるところ、当該文字は、「粋なこと。しゃれたこと。」(株式会社岩波書店発行「広辞苑 第七版」)の意味を有するフランス語由来の外来語である「CHIC」を連想させ、当該語に「S」を付けた本願商標は、「CHIC」が「シック」と称される語であるから、「シックス」の称呼が生じ得るものであるが、我が国において、フランス語は、英語ほど親しまれた語とは認められないことから、「CHICS」の文字を英語風に称呼した場合には、「チックス」の称呼が生じる。
 また、「CHICS」の文字は、一般の辞書等に載録された成語ではないため、これより特定の観念は生じないものである。
 したがって、本願商標は、「チックス」又は「シックス」の称呼が生じ、これよりは特定の観念は生じないものである。
2 引用商標
 引用商標は、別掲2のとおり、構成左側に判読し得ない漢字(以下「漢字」という。)と漢字の下に「CHICKS」(語頭の文字「C」はややデザイン化されている。)の欧文字(以下「CHICKS」という。)を小さく横書きし、漢字及び「CHICKS」の右側に雛鳥様図形(以下、単に「雛図形」という。)を配してなるものである。
 そして、引用商標の構成中の漢字及び雛図形は、特定の称呼を生じるものと判断しなければならない特段の事情はない
 そうすると、引用商標は、その構成中、欧文字と認識できる「CHICKS」より、「チックス」の称呼が生じるものであり、「CHICKS」は、「ひな」の意味を有する英語であるから、雛図形とあいまって、「雛鳥」の観念を生じるものである。
 したがって、引用商標は、「チックス」の称呼が生じ、「雛鳥」の観念を生じるものである。
3 本願商標と引用商標の類否について
(1)外観について
 本願商標と引用商標の構成全体を比較すると、これらは漢字及び図形の有無において、明らかに相違するものであるから、外観において判然と区別できるものである。
 また、引用商標の構成中の「CHICKS」を要部として抽出し、この部分のみを本願商標と比較したとしても、「CHICS」の欧文字と「CHICKS」の欧文字とは、「CHICKS」の語頭の文字「C」はややデザイン化されていること、これらの構成文字数が相違していること、5文字目の「K」の有無の差異を有することからすると、これらの差異が外観において与える影響は決して小さいとはいえないことから、外観において判然と区別できるものである。
(2)称呼について
 本願商標より「チックス」の称呼が生じる場合、本願商標と引用商標とは、「チックス」の称呼を共通にし、本願商標より「シックス」の称呼が生じる場合、本願商標と引用商標とは、本願商標の語頭の「シ」の音と引用商標の語頭の「チ」の音が相違し、いずれも短い音構成からなる両商標において、語頭における「シ」と「チ」の音の相違が、これらの称呼全体に与える影響は決して小さいとはいえず、これらを一連に称呼した場合は、その語調語感が相違し、称呼上、聞き誤るおそれはない。
(3)観念について
 本願商標は特定の観念が生じないのに対し、引用商標は「雛鳥」の観念が生じることから、本願商標と引用商標とは、観念において相紛れるおそれはない。
(4)判断
 本願商標より「チックス」の称呼が生じる場合、本願商標と引用商標とは、「チックス」の称呼を共通にするとしても、外観上、その印象は著しく相違し、判然と区別し得るものである上に、観念において相紛れるおそれはないから、両商標は、非類似の商標というべきである。
 また、本願商標より「シックス」の称呼が生じる場合、本願商標と引用商標とは、外観、称呼において相違し、観念において相紛れるおそれはないから、両商標は、非類似の商標というべきである。
4 まとめ
 以上のとおり、本願の指定商品は、引用商標の指定商品と同一又は類似のものであるとしても、本願商標は、引用商標とは非類似の商標であるから、商標法第4条第1項第11号に該当しない。」(上記引用中、太字は筆者による。)

(D)不服2024-005388審決
 不服2024-005388審決は、次に示すような図形と文字を含む結合商標(本件商標)中の「こめた」という文字部分だけを分離、抽出すると引用商標1中の「KoMeTa」及び引用商標2「COMETA」と称呼が同一になる事案に関して、以下に引用のとおり、当該結合商標(本件商標)中の図形と文字の全体の不可分一体性を認定し、本件商標は引用商標に類似しないと判断しました。


「4 当審の判断
(1)本願商標について
 本願商標は、別掲1のとおり、米を擬人化したキャラクター図形とおぼしき図形を表し、その下に「こめた」の文字を横書きしてなるものである。
 そして、その構成中の「こめた」の文字は、辞書等に載録のない造語といえるものであるとともに、「米」の表音と、我が国において名前の末尾に一般に使用される「太」の表音を、平仮名で表したものとも連想され得るから、本願商標の構成態様において、当該文字は、そのすぐ上に位置するキャラクター図形の名称又は愛称を表したものと無理なく理解、認識できるものである。
 そうすると、本願商標からは、その構成中の「こめた」の文字に相応して「コメタ」の称呼が生じ、また、構成全体から「「こめた」という名称又は愛称のキャラクター」ほどの観念が生じるものとみるのが相当である。
(2)引用商標について
ア 引用商標1について
 引用商標1は、上記3(1)のとおり、上段に図形を、下段に「KoMeTa」の文字を表してなるところ、それらは段を異にし、重なることなく間隔を空けて表されているから、それぞれ視覚上分離、独立した構成要素であるとの印象を与えるものである。
 そして、その構成中「KoMeTa」の文字部分は、辞書等に載録されている語ではなく、その指定商品との関係において何らかの語を表してなるとは直ちに理解できないから、造語を表してなるといえる。
 また、その構成中、図形部分は、それ自体としては何らかの事物を具体的に描いてなるとは看取できず、独立した称呼、観念は生じない。
 そうすると、引用商標1は、その構成中、図形部分と文字部分について、それぞれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものではなく、外観における構成上の一体性が希薄で、称呼や観念における関連性もないから、それぞれ独立して自他商品の識別標識としての機能を果たし得るものとみるのが相当である。
 してみれば、引用商標1は、独立して商品の出所識別標識としての機能を果たし得る「KoMeTa」の文字部分を分離、抽出し、これを要部として、他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することが許される。
 したがって、引用商標1は、その構成中の「KoMeTa」の文字部分に相応して、「コメタ」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
イ 引用商標2について
 引用商標2は、「COMETA」の文字を普通に用いられる方法で横書きしてなるところ、これは「彗星」等の意味を有するスペイン語(「西和中辞典第2版」株式会社小学館)であるものの、我が国において、そのような意味を有する語として一般に広く知られているとはいい難いから、特定の意味を有しない一種の造語として認識されるというのが相当であり、引用商標2からは、「コメタ」の称呼を生じ、特定の観念を生じないものである。
(3)本願商標と引用商標との類否について
 本願商標と引用商標とは、外観においては、キャラクター図形等の有無やその構成文字において、明らかな差異があるから、明確に区別することができる。
 次に、称呼においては、本願商標及び引用商標から生じる「コメタ」の称呼は共通する。
 また、観念においては、本願商標は、「「こめた」という名称又は愛称のキャラクター」ほどの観念が生じるのに対し、引用商標は、特定の観念が生じないから、互いに紛れるおそれはない。
 そうすると、本願商標と引用商標とは、外観において明確に区別でき、観念において互いに紛れるおそれがないから、称呼を共通にするとしても、それらによって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して考察すれば、非類似の商標というべきである。
(4)まとめ
 以上のとおり、本願商標は、引用商標と類似する商標ではないから、その指定役務について比較するまでもなく、商標法第4条第1項第11号に該当しない。」(上記引用中、太字は筆者による。)

3「図形部分と文字部分を含む結合商標である本願商標の全体」の外観上の一体性の有無に関する最近の審決例の判断傾向
上記2で一部引用した各審決(A)~(D)から分かるように、「図形部分と文字部分を含む結合商標」に関しては、図形部分と文字部分を含む全体が外観上まとまり良く一体的に表わされているかどうか、図形部分と文字部分がバランス良く配置されてこれに接する取引者・需要者に全体が一体に表された商標であるとの印象を与えるものであるかどうかなどの観点から、その商標としての外観上(さらに称呼上)の一体性の有無を判断するのが、最近の多くの審決例の判断傾向と思われます。

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