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わたしの女の子

 

「ねえねえ、
尖った彗星の尻尾を集めて
銀河で水切りしようよ」

女の子ははしゃぎながら言った

「そのあと、天の川にボートを浮かべて、そこであつーいスパイスティー飲むの」

女の子は止まらない
椅子に膝で立ち、
テーブルに身を乗り出す

女の子の大好物のスコーン
イチゴジャムがほっぺについてる
私は、わざとついていることを教えずに
それを眺めていた
自然とくちもとが緩んでいく

変わらないなぁ

気分が塞ぐ日は、
わたしも
女の子の教えてくれた
元気になるおまじないをやってみる

雨の落ちるラインを雫ごと掬(すく)って
立琴のようにつまびいて遊んだり

きらきら光る星座を
ふぅっと息で揺らして鈴のような音を鳴らしたり

女の子とは年に数回
眠りと意識の間にあるらしい
このテラスに
いつの間にか
するんと落ち合ってお茶をする

初めて私たちが出会ったのは
私が まだこどもだったとき

怖い夢の迷い道から、私の手をひいて
帰りのバスが走る大きな道路まで
連れていってくれた

闇の中で白く光る背中が
天使みたいだった

見送るとき、女の子は小さな手に握られたレモンキャンディをくれた
しっとりとした手の温もりがうつって、なんだか少し嬉しくて。
わたしはその光ごとしまうように、だいじに大事に
ポケットに入れた

夢から覚めると ポケットに入れたはずのレモンキャンディーはなくなってしまっていた

けれど、
走り出すバスに向かってくしゃくしゃの笑顔でいつまでもいつまでも
手を振るおんなのこを思い出した
また会える気がしていた

人々が夢のなかで手にして
目覚めるまでの帰り道におとしてしまっていったいろんなものを
おんなのこは
記憶の海岸の波打ち際で拾い集める
それを丁寧に磨いたり管理をしたりして
暮らしている
おかげでレモンキャンディはすぐに見つかった
大人になればなるほど
みな忙しなくなり、
取りにこなくなるそうだ

初めて会ったその夜から
わたしは
背が伸び 髪も伸び
受験して 卒業し
働くようになって
結婚して こどもが生まれて
こどもが家を出て。。。

あれ?そういえば
ここは一体どこなんだろう。
わたしはだれで、いまいくつくだったっけ

目の前の女の子が歳をとらず
あまりにいつもと変わらないので
だんだん分からなくなる

ざざ ざざざ、
近く 遠く ずっと聞こえていた波の音が、だんだんと
大きくなってきた
そろそろ、行かなくちゃ

「待って」

いつになく落ち着いたトーンで
おんなのこは言った

「わたしはあなたの中にいる「安心」が形になった女の子なの
みんな忘れていることがおおいけれどね
あなたはずっと大事にしてくれてありがとう
わたしは、望めば
本当はふわりといつでも一緒にいることができるのよ
それじゃあ、元気でね」

女の子のはなす声が、
メロディになり
波の音と重なってオーケストラのようになり
わたしをつつみこんだ。

ゆらり ゆらり
ぷかぷか
わたしをどこかへ運んでいく
月が綺麗。
だけど重たくなる瞼
わたしはいよいよ目を閉じて
つぶやいた

またね。

わたしのちいさなおんなのこ。

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