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共著『孤立する都市、つながる街』僕が執筆した第一章を一部公開します。

突然、法政大学の保井美樹教授からfacebookにメッセージがありました。直接つながっていなかったため、少し気が付くのが遅れてしまったのは申し訳なかったです。

そこで「孤立」「都市」などをキーワードに「つながり暮らし研究会」という研究会をするのでメンバーに入りませんか?というお話をいただきました。

面白そうだなと思いつつ、少し躊躇しました。なぜなら、僕自身は「街」や「都市」という諸問題に知見がなく、錚々たるメンバーの中でうまくやっていけるのか不安だったからです。

ただ、「都市」という言葉では大きいので「街」という言葉で言えば、以前、東京大学の玄田有史教授から、人づくり(若者支援)と街づくりは両輪だから、どちらが欠けてもいけないと助言をいただきました。

それまでも地域の力、地域の方々のお力なくして若者支援はできないと思っていましたが、やりたいこととやることが増えながらも、育て上げネットという法人のリソースがそれほど増えず、僕自身のキャパシティもなかなか拡張していなかったからです。

それでも、やはり、ひとを育むというのは特定の諸団体や関係者だけではだめで、「街」や「都市」という単位が必要なのだと思います。

さて、そんなことで参加させていただいた研究会も、ひとつの成果としてメンバー共著の書籍出版という形となりました。『孤立する都市、つながる街』が先日、世に出ました。

そこで僕は第一章を担当させていただき、主に「孤立」にかかわる具体的な事例を出すこと、その事例的課題に対する実践の提示を書きました。保井先生がとらえた「孤立」と「都市(街)」のつながりが、本書を一通り読むと立体的にイメージできると思います。保井先生の編集のおかげです。ありがとうございました。

本書発刊を記念したイベントを来月(2019年11月5日)に開催します。詳細はコチラになりますが、昨月後半くらいの時点で450名を超える申し込みで、すでに締め切っているそうです。正直、平日日中にこのテーマでこの人数は驚きです。

僕が担当させていただきました第一章ですが、ある程度であれば公開してもよいというお話をいただきました。その章で事例として出さしてもらった「孤立」「つながり喪失」のうち、ある男性と僕自身の部分を公開いたします。

<『孤立する都市、つながる街』第一章抜粋>

・もういいかな、人生を絶ってもいいかな

周囲から見れば普通の高校生でした。彼が高校卒業後、自宅で5年以上の歳月を費やすことになるなど、誰も思わなかったでしょう。小さな異変は通学中の電車で起こりました。何となく体調が悪いなと思いながらも、風邪気味くらいの認識で過ごした日常。ただ、気がつくと......電車に乗ったとき、駅のホームに立ったとき、そして起床して、「学校に行かないと」と考えただけで、めまいと吐き気に襲われ、自室から動けなくなりました。

高校卒業後は働こうと考えていた18歳の男性は、なんとか卒業証書を受け取りました。その後、社会とのつながりを取り戻すまで、地域から、そして家族から隠れるような生活を送ることになります。

体調不良が続き、数日の間、学校に行けない子どもたちはここかしこにいます。しかし、親や教師はそれを一過性のものだと考えます。この先、何年も自宅から出られなくなることを予想するのは困難です。多くの人はそのような経験があっても、やはり、一時のものとして日常生活に戻るからです。

卒業後、就職もアルバイトもできない彼を見守ってきた親も、3年を過ぎたころから働くこと、せめて社会とつながることについてプレッシャーをかけるようになります。直接的にプレッシャーをかけようという気持ちがあったかどうかはわかりません。しかし、20歳を過ぎた彼には、プレッシャーとして受け止めるしかありません。

彼のような状態に陥った若者にとって、親は最後のセーフティネットです。自宅を追い出されたら生きていけません。そのため、社会参加や就労に関するプレッシャーは、それを実現できなければ自宅から追い出されるに等しいと彼自身には映ります。

彼も親の気持ちが痛いほどわかっていたため、重い身体を引きずってアルバイトに就いてみたものの、長くは続きませんでした。親の期待に応えようと無理をした結果、重篤な状態となり、卒業から6年が経ったある日、心療内科へ行くと統合失調症の診断がくだされました。

自宅から出ることができない。親以外とのつながりはまったくない。一念発起してアルバイトに就いてもうまくいかない。そして統合失調症の診断。彼の頭の中を占めていたのは、「これ以上親に迷惑をかけたくない。もういいかな、人生を絶ってもいいかな」という考えだったそうです。

つながりもなく、誰にも相談できない彼にきっかけを与えたのは、唯一、親以外の人との接点となった心療内科の医師でした。その医師の紹介で育て上げネットの職員に相談することになりました。親への感謝と申し訳なさ、それでもうまくいかない自分のことなど、とめどなく流れる涙とともに言葉が止まらず、その気持ちは職員を通じて親に伝えられました。それをきっかけに、誰からも存在を認知されることがなかった彼の孤立した生活に終止符が打たれることになったのです。

・気が付くと私自身も孤立していた

社会活動家の湯浅誠氏は著書『反貧困:「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)において、人はあっという間に貧困状態に陥ってしまう「すべり台社会」であると述べました。教育や雇用の場から排除され、公的福祉制度の支援も受けられず、その過程の中で自分自身を排除するに至る社会構造に触れています。

これに対して、「つながり」の観点から若者を捉えたとき、本章の事例として紹介した若者たちは人間関係というストッパーのないすべり台の上で、もがきながら、誰に気が付かれることもなく滑落してしまったと表現することができます。

地域社会において、ある年齢であれば当然学校に通学している。またある年齢では働いていて当たり前とされます。先生やクラスメート、職場の上司や同僚という関係性が、本人にとって支えとならない場合、若者や子どもたちの世界は急速に閉じていきます。

そして、一般的には最も安全性の高い場所であることが期待されている家庭において、家族との関係も悪化の一途を辿れば、この社会に居場所はなくなり、他者との関係は断絶されます。

こうなってしまうと、家族がいたとしても家庭では孤立し、家庭がなくなってしまえば物理的な場もろとも社会から孤立していきます。まさに一瞬ですべり落ちる都市社会は私たちの身近にあるわけです。

そうはいっても、それは特別な一部の人間の話であり、そんな簡単に人は孤立に至らないだろうという考え方もあるかと思います。

ここで参考までに私が感じた都市社会における孤立について触れておきたいと思います。

私には4人の子どもがいます。長男、次男、そして三男と四男の双子です。妻が出産したとき、それぞれ私自身が育休を取得しました。長男のときは2カ月職場を離れたのですが、30代半ばの男性は働いているのが当たり前で、そうでないとこんな目で見られるのか、ということを痛感しました。

当時、犬を2匹飼っていたので、午前10時と午後4時頃に、近所を散歩していました。近くにある大きな公園のベンチで少し休みます。すると、子育て中の女性グループから声をかけられました。

「何されているんですか?」

明らかに犬の散歩をしているのに不思議な質問だなと思ったのですが、よくよく話を聞くと不審者ではないかと心配されていたようです。彼女たちの質問の意図は、私が〝ちゃんと働いている〞人間かどうかを確かめたかったということです。

高齢者の方々からも同じように声をかけられましたし、警察官の職務質問も受けました。日中に地域をふらふらしている30代男性は、こんなにも異質な存在として見られるのかと戸惑いました。

後ろめたいことは何もないのですが、少しずつ周囲を気にしながら歩いている自分がいました。そうなると安心できる場所は自宅の他にはあまりありません。カフェなどにいればいいのかもしれませんが、居場所の確保にお金を使うのも違う気がします。

結果としては、図書館が私にとって居心地のよい場所でした。無料で使えて、読書などやることがあります。不審者と思われるリスクもありませんし、図書館の職員と会話することも可能です。それでもずっといるわけにもいきません。

気がつくと、私の生活は徐々に夜型になっていきました。仕事が終わる時間であれば、ビジネスパーソンも地域に戻ってきますし、インターネットをつなげば帰宅した友人と会話をすることもできます。ついでに、夜泣きで起きた子どもをあやす役割を担うことで妻の睡眠時間を確保することもできます。

今思えば、学校に通うわけでもなく、職場に向かうこともない私は孤立していました。地域にも居場所はなく、人口密度の高い東京という都市でひとりひっそりと息をする生活になっていたのです。

これまで経営者として毎日のように職員と議論し、他者とコミュニケーションをしていたにもかかわらず、職場がなくなっただけで、すべり台を一気に落ちていきました。実際には育休中なので、妻もいれば、友人と会うこともできます。ただ、それは育休という一時的な時間を過ごしていたからに他ならず、職場や家庭を失えば即座に孤立していきます。そんな薄氷の上で、私は都市社会を生きているのだと意識せざるを得ない経験でした。

<『孤立する都市、つながる街』第一章抜粋、終わり>

他にもヤングケアラ―、少年院出院者などの孤立事例、育て上げネットを通じた”つなぎ”の実践を書いております。また、本書は1章から7章と終章からなっております。素晴らしい方々が集まっておられますので、ぜひ、一読してただけましたら幸いです。


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