美大卒業後デザイナーとして働いていた私がアートに復活するまでの話
東京芸大生は卒業後半分くらいは行方不明と紹介した書籍がありました。それほど日本で美大生が活躍する場は限られていて食ベていくのはむづかしいのです。
私とものづくり私にとって作ることはまるで呼吸することのようでした。物心ついた時から絵を描いたり立体を作ったり、、気がつくと何かを作っていていました。父は建築業、母も絵が趣味、自然と物を作る環境に育ったことも影響したのでしょうか。
学校に行っても授業中はノートにずっと絵を描いていて、毎年ノートはスケッチブックと化していました。