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スーパーコンピュータ「富岳」とは?

拝啓 奥さんへ

本日は、スーパーコンピュータ「富岳」をご紹介します。
「富岳」は兵庫県神戸市の神戸ポートアイランドの南端にあります。具体的には、神戸市中央区港島南町にある国立研究開発法人理化学研究所(理研)計算科学研究センター(R-CCS)のデータセンター内にあります。計算科学研究センターの建物は神戸空港から神戸新交通ポートライナーに乗って1駅、三宮駅からなら7駅の計算科学センター前で降りてすぐ斜めの間にあります。

計算科学研究センターの前には「発展の塔」というオブジェがあります。詳しい説明はないのですが、算盤の珠を模したものが連なっています。この珠を近くでよく見ると、10^0 , 10^1 , 10^2…のように書いてあり、黒色の珠が17個、一番上までは見えませんが、おそらく一番上は10^16であり、これは「京」の単位を表していると思います。てっぺんに金色に輝く珠に10^17が刻まれているかは定かではありませんが、さらなる高みを目指していくというので「発展の塔」なのかもしれません。

計算科学研究センターと発展の塔

データセンターの中に入ると、大型の冷蔵庫のようなラック(高さ約2メートル)が見渡す限り整然と並んでいます。ラックとは電子機器を収める棚で、筐体とも呼ばれますが、「富岳」ではラックが432台、ぎっしりと詰め込まれています。室内の面積は50メートル×60メートルの約3000平方メートルでで、サッカーコートの半分くらいです。元々は「京」コンピュータ:864台が設置されていた場所ですので、現在はスペース的に少し余裕があるように見えます。この室内の構造で変わっているところは、室内に「柱」が一本もないことです。室内の照明を落とすと緑色の光が筐体から見えるので、見学者の方から、まるで映画『マトリックス』のような雰囲気ですね、と言われることもあります。

スーパーコンピュータ「富岳」

「富岳」をはじめて間近にする見学者の多くが、その「静かさ」に驚かれます。「富岳」のデータセンターの見た目は、クラウドサービスを提供する事業者のデータセンターとそれほど変わりません。しかし、一般的なデータセンターは、計算機から発生する莫大な熱を冷却するために風を循環させる冷却ファンの音で、声を張り上げないと会話できないくらいうるさいのが普通です。しかし、「富岳」の計算機室はその種の騒音がほとんどしません。

「富岳」では、冷却ファンを使う空冷式ではなく、水冷パイプの中を水が循環して電子機器を冷やす水冷式が採用されているからです。近年の水冷式の機器では、モジュラープラグをジャックに抜き差しする技術が確立しているので、水漏れもなく、安全に電子機器の近くに装着することができます。電源装置など、ごく一部の機器だけが空冷になっています。

冷却システムとして水冷式を採用した理由の1つは、システム全体にノードを高密度に詰め込み、かつ、安定して動作させるためです。水冷パイプだと、空冷の冷却ファンよりはるかに体積が小さく効率的に電子機器を冷やすことができます。また、全体的に温度も安定させられるので、結果として、巨大な「富岳」の安定稼働につながります。

ラックの扉を開いてみると、横長のユニットがいくつも縦に並んでいる様子が確認できます。「富岳」の場合、ラック1台に192枚のマザーボード(電子回路基板)が収められ、1枚のマザーボードには2個のCPU(中央演算処理装置)が装着され、相互に銅線や光ケーブルで接続されています。

参考:https://buzzap.jp/news/20191015-fugaku-fujitsu-ceatec-2019/

「富岳」に限らず、現在のスパコンは、たくさんのコンピュータをネットワークで繋いで1台のマシンとして構成されているのですが、このような構成のスパコンを「クラスター」と言います。クラスターを構成する個々の計算機を「ノード(計算機)」と呼びます。

「富岳」を構成するクラスタのノードは、普通のパソコンと共通性はありますが、さまざまな点で異なります。富士通と理化学研究所が共同開発したCPUチップである「A64FX」は、一般的なスマートフォンに内蔵されているCPUチップの数倍から10倍以上も速い計算性能を持ちます。また、A64FXではCPUチップとメモリを1つのパッケージに同封し、高性能を達成しました。

A64FXが1枚のマザーボードに2個搭載されているので、1台のラックには384個のCPUが含まれます。このラック10台だけで、2019年8月30日にシャットダウンして役目を終えた前世代のスパコン「京」全体に匹敵する性能を発揮します。「富岳」全体でラックは432台あるので、CPUチップの数は約16万個、これらCPUがネットワークで繋がり連結して1つのシステムとして動作します。計算性能は、スマホ2000万台分に匹敵します。

スパコンの性能には様々な種類があります。例えば、「Top500」というスーパーコンピュータのベンチマークコンテストがあります。(毎年、6月と11 月に更新されます) 富岳は442PFlopsの性能値で世界4位(2024年6月)でした。1位はアメリカのFrontierで1,206PFlopsです。スパコンによって得意なアプリケーションは異なります。富岳は2020年に、4つの主要なベンチマークコンテストですべて1位でした。2024年5月時点では、「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」および「Graph500」の「BFS(Breadth-First Search)部門」において、9期連続で世界第1位を獲得しました。

2020年の主要なベンチマークコンテスト

「富岳」という名前は公募で決まりました。「富岳」は富士山の異名です。スパコンの理想像を富士山にたとえて「性能は高く、用途は広くが両立すべき」という意図があります。スパコンは一部のエリートユーザのための道具ではなく、多くのユーザーにとって使いやすいものであるべきだということです。その背景には、従来の日本のスパコンは、計算性能は高いものの一部の専門家しか使いこなせないというユーザの声と、計算機にとって一番大切なソフトウェアの発展性や継続性が担保できなくなってきているという状況がありました。スパコン「富岳」は山頂のみが高いのではなく、日本全国のスパコンや、他のアプリケーションやサービスが広大な裾野となり、それらを連結させて、どこからでも山頂にアクセスできる、それが「インフラとしてのスパコン」という考えです。

「富岳」の強みは圧倒的な計算速度で、1秒間に約44京2010兆回計算ができます。それを活かして空気中の物質の動きを計算し、シミュレーションすることもできます。新型コロナウイルスの飛沫拡散シミュレーションで有名になりましたが、馴染み深い例では天気予報が挙げられます。将来的には「富岳」の研究で雲や気温・湿度などを細かく計算することで、「どこで雨が降るか」が精密にわかるようになる可能性があります。それ以外にも、「富岳」ではアプリケーションの重点課題として、下記のようなシミュレーションに取り組んでいます。

  1. 生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築

  2. 個別化・予防医療を支援する統合計算生命科学

  3. 地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築

  4. 観測ビックデータを活用した気象と地球環境の予測と高度化

  5. エネルギーの効率的な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発

  6. 革新的クリーンエネルギーシステムの実用化

  7. 次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成

  8. 近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発

  9. 宇宙の基本法則と進化の解明

以上、簡単ですが、スーパーコンピュータ「富岳」のご紹介でした。
計算科学研究センターでは、若年層の科学技術・計算科学への興味喚起、「富岳」ならびにスーパーコンピュータ、計算科学等に対する理解促進を目的として、学校等の教育機関、企業等の団体を対象とした「富岳」の見学(現地ならびにオンライン)を実施しております。

また、年に一度、神戸医療産業都市内の研究機関や大学、病院、企業等が一般に施設を公開するイベント「神戸医療産業都市一般公開」が開催されます。今年は2024年11月2日(土)に開催されます。スーパーコンピュータ「富岳」の見学や神戸発の最先端研究を紹介するセミナー、実験体験、研究室や病院などの見学ツアーなど、年齢問わず楽しめる企画が盛りだくさんです。普段は入ることができない施設を見学し、体験することができる年に一度の特別なイベントです。興味のある方は是非ご参加ください。

以上、簡単ではございましたが、スーパーコンピュータ「富岳」の紹介を終わります。多謝。

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