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夢ホルモンと初詣:そこらの男の子のふつうの話

こんにちは、くぼです。

このおはなしは何年か前に「日本児童文学」という月刊誌に一年間連載したときのものです。「杏橋グラデーションマップ」という12話は短編連作でした。といいつつ1つ1つは関連性の薄い話、でも同じ町話というコンセプトでいきました。子どもだけではなく大人も主人公で、でも中心にあるのは人間の「子どもの部分」。感受性とか、無邪気さとか、ひ弱さとか、気高さとか。

連載では「杏橋」という橋とその商店街を中心に描きましたが、この12話とは関係ない話もその土地の話としているので、あえてマガジン化はせず単品で味わってもらえたらなと思います。

ひとつの土地のいろんな話って楽しいですよね。村山早紀さんの「風早」にまつわる話とか。

下の話は、その第一話。12月の話として書きました(12月に1月号が出るので年末年始の話を最初にもってきました)。ふだんは重い意味のこもった話を書くことが多いですが、これは楽しく明るいバカ男子の話を書きたいなあと思って。

楽しんでいただけたらと思います。

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夢ホルモンと初詣

「焼肉行こうよー焼肉。二人とも腹減ってるだろー」
「史則、おまえ成績悪かったじゃん。帰って勉強しろよ」
「いや、敬二君。そうは言っても腹は減りますよ」
 二日後にクリスマス、さらに年末正月もせまって殺気立っている商店街を、学生服の男子中学生が三人、肩を並べて歩いている。終業式のあと、帰宅途中だ。
 肩を並べてというのは、おかしいかもしれない。背が10cmずつちがう。170、160、150。
 焼肉を提案したのが、一番背の低い岡田史則。
 成績につっこんだのが真ん中、山本敬二。
 最近あえて敬語でしゃべることを心がけているのが安達高。名前のとおり一番背が高い。
 三人は三年生で、年が明けて二月に受験が待っている。敬二の言うとおり、史則はどの高校にも引っかかっていなかった。焼肉どころか辞書を食べても追いつかない。
「なんだよ高は。アスリートでも目指してんのか」
「いやいや、ぼくは文科系ですから」
「食べ放題行こうよー夢ホルモン行こうよー。明日から本気出すからさー」
 杏橋商店街の端にある夢ホルモンでは、すでに八グループが席の空くのを待っていた。もとは大きなファミリーレストランで、二年前から焼肉食べ放題の店に変わった。安いからいつも混んでいる。学生だけでも入りやすい店だ。
「だいたい明日から冬休みなんだから、多いのは予想できてたんだよ」
「まあまあ、メニュー見て待とうよ。うひょーうまそー」
「史則君は参考書読んで待つのはどうでしょうね」
 ただよう肉の焼けるにおいで、妄想の中すでに二杯目のライスを平らげた史則には、高の忠告はまったく耳にはいってこない。残った者が現実世界の話をするしかなかった。
 この二学期までの成績が内申点になって、受験のある程度を決める。今日あっけらかんと見せてくれた史則の成績表の、きれいにそろった数字を思いだして、敬二と高は他人事ながら心配がつのる。
「冬休みに勉強を見てあげましょう」
「それでなんとかなるかなあ。おい史則、どこ受けるんだっけ? 史則!」
 すでにデザートまで妄想三回転がすんだ史則は、きょう初めて会ったかのように敬二の顔を見た。
「なんだっけ、こういう目」
「バカ目です。おつけの実にもならない」
 国語の教師が落語好きで、ときどき小咄を教えてくれる。バカ目は味噌汁の具になるワカメに掛けている。
「えっと、瓜実商業」
「なら、なんとかなるんじゃないか」
「どうでしょう。史則君はわれわれの予想をいつも大きく裏切ります」
 テーブルが空いた。こうなると残り二人もふつうの男子中学生。脂と米にひたすら心を奪われる午後だった。

 夢ホルモン夢の二時間コースを終えて三人は店を出た。家に帰る方向は別々だ。史則は最近新しく舗装された北へむかう道にむかった。しばらく行って声をかけられた。
「岡田ー」
 高くはあるが太い声にふりかえると、同じクラスの新島美咲が自転車に乗ってやってくる。ショートカットで、この夏までは水泳部の部長だった。人気があって、クラスでもグループの中心にいる。ただ男子に対して少しばかり居丈高なものだから、あだながひどい。
「なーんだ、カタハバコか」
「その名で呼ぶな!」
 美咲は握っていたブレーキを離し、、いきおいのまま学生服の尻を靴の裏で蹴っとばした。つんのめった史則の前で止まる。
「岡田、焼肉食べた? 制服におうよ。夢ホルモン?」
 史則は親指を立てて正解と言いわたした。美咲はあきれた顔を見せて自転車をおり、二人はそのまま歩きだした。
「岡田さ、あさっ――いや、せ、せ成績どうだった」
 美咲はなにかを言いかけて話題を変えたが、あわてたせいで口が回らなかった。史則は自慢めかして答えた。
「とても悪かったねえ」
「どうすんだよ。瓜商落ちたら、ほかにもうないよ」
「なんとかなるよ。おまえはどこ受けるんだっけ」
「あ、あたしも、瓜商だよ」
「じゃあ、来年は同級生だな」
「受かったら、だろ」
 美咲は史則の言い回しにちょっと笑った。
「へへへ。そういうおまえは、なんで瓜商なの? 頭いいから普通科のとことか、受かるんじゃないの」
「あそこは水泳部が強いんだよ」
「続けるんだ」
 急に北風が吹いて、史則が続けて言った偉いなーの声が少しくぐもった。向かい風になるとなぜだか美咲は血が燃える。水の抵抗に似ているからかもしれない。
「岡田、あさって、なにしてる?」
「あしたから田舎に行ってくる。ばあちゃんとこ」
 美咲は自転車を押す手を止めた。
「え、冬のあいだずっと?」
「そんなわけない。ハワイに行くんだって」
「岡田も行くのか?
「ばあちゃんがだよ。俺は何日かして戻ってくる」
「そうなのか。……あ、あたし帰る。じゃあね!」
 美咲は急にそう言いすてると、自転車をバッと反転させて、今来た道を戻っていった。
 史則は不審げに眉を寄せた。
 
 田舎でのんびりできるかと思ったら、甘かった。焼肉の幸せは成績表の不幸に吹き飛び、こっぴどく叱られ、ゲームとスマホを没収のうえで、祖母の家に向かうことになった。かばんには着替えと勉強道具しか入れてはいけなかった。田舎でも地獄のような四日間。頑張ったごほうびとしてもらったお年玉だけを心の支えに史則がもどってくると、母の怒りはまだ解けていなかった。
「ごめんなさいねえ、安達君に山本君。うちはね、別に店を継ぐ必要もないんだけど、でも、こんっなにバカじゃ将来が不安で不安で」
 テキスタイル・ストロベリーという店が史則の家で、布地や糸のほか、アクセサリー用品を売っている。母がやっていて、父はサラリーマンで外に働きに出ている。
 史則の母が言うその不安が、二人にはよくわかった。田舎からもどってきて毎日テーブルを囲んでいるが、一年生の問題でやばいところがあった。
「ぼくらがしっかり勉強させますから」
 二人は一緒に答え、ドアが閉まるのを待って、出されたイチゴ大福を一口で食べた。史則はそれをうらめしそうに見つめた。母が言うには、この冬、休んでもいいのは大晦日と元旦だけだった。

 その大晦日。
 いつもは田舎で年越しだったが、ハワイのあおりを受けてひさしぶりに自分の部屋ですごすことになった。しかしつまらない。せっかく勉強しなくてもいいのに、今度は敬二と高が出かけてしまっていたのだった。
 昼間。二階の窓から知った顔を見つけた。玄関前にたたずむ美咲と目が合った。少しだけ自分より背の高い美咲を見下ろすのは、ちょっと新鮮だ。
「よー、カタハバコ!」
 窓を開けてそう叫ぶと、右ストレートが飛んできた。もちろん届かないが、史則は当たったふりで倒れてみせて、そのまま階段に向かった。
 よおと挨拶すると、美咲はさっき届かなかったパンチを、史則の左上腕に振りおろした。
「いってえ。なに、暴力ふるいに来たの?」
「ちょうど通っただけだ。……か、帰ってきてたんだな」
 とたんに史則の目が死んだ。そして、勉強ばっかりでさあとぶつぶつ言った。
「あいつら、今日から田舎とか行ってんだけどさ――高なんて年越しディズニーランドだぜ?――きのうまでずっと監視されてたんだよ。休めるの、今日明日だけなんだ」
 史則はいつもとぼけたような話し方をするから、美咲は必ずそれで笑うのだが、今はそうではなかった。まるで水泳大会で飛込台に立ったときのような顔つきになった。
「岡田!」
「なに、びっくりするじゃんか!」
「ここここ今夜初詣行かないか」
 ハツモウデという音に初めピンとこなかった。まじまじと見つめると、美咲の顔がしだいに真っ赤になっていく。史則はあせって、少し噛み気味に返事をした。
「あ、あ、あい」
 十時に、杏橋で待ちあわせることになり、美咲は自転車に飛び乗って帰っていった。

 深夜に出かけると伝えると母は眉をいったんひそめた。正直にクラスの女子と初詣に行くというと許してもらえた。そしてそれが二人きりだと言うので頭をかかえた。
「デートなの!? ……こんなのに声をかけてくれるなんて天使……着ていく服はあるの? 今から買いにいく?」
「えー、ふつうでいいよ」
 母は、むかし父と初めてデートしたときのことを語った。高校生だった父は、なぜだか親のスーツを着てきたそうだ。
「似合ってなくてねえ」
「俺はあのとき、どうしていいかわからなかったんだよ。おまえもすごい格好だったぞ」
「にあうって言ってくれたじゃないの」
「舞いあがってたんだ」
 すでに酒の入っている両親が昔話でもりあがっているのを尻目に、史則はさっさと家を出た。早めに杏橋についたが、美咲はまだ来ていないようだった。
 それにしてもデートだなんて、大げさだ。と思っているうちにどきどきしてきた。
――もしかすると、やつは俺のことが好きなのか。
 快活な美咲にほれているという男子が何人かいるのは知っている。同じ水泳部のやつだけじゃなくて、クラスにもいる。そりゃ、自分だって悪くは思ってない。
 史則はいろいろ悩んだ末、敬二と高にLINEでメッセージを送った。すぐに返事がきたのは敬二だった。
【俺、新島とデートかも】
【はあっ? なんで!?!?】
 と、やりとりしたとき肩をたたかれた。ふりむくと知らない人がいた。知らないと思った。
 ピンクの花柄の振袖を着た人が顔を赤くしていた。小さな髪飾りがついていて、その髪は短くて、美咲に似ていた。
「なにじろじろ見てんだよ」
「って、新島?」
「なんだよ、そんなにちがう? どう?」
「うんっ、にあう、にあうよ」
 それからしばらくLINEの返信音が鳴り続けた。しかしスマホはポケットから出されることはなかった。
 美咲に見とれて、史則はそれどころではなかった。


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児童文作家 https://ohanashi.wixsite.com/kubo /「創作レッスン・つむあむ」https://ohanashi.wixsite.com/tumuamu /『カンナ道のむこうへ』小峰書店、『そうめんこぞう』岩崎書店など/ qvo@yahoo.co.jp