本紹介#1 春にして君を離れ
○概要
・著者 :アガサ・クリスティ
・訳者 :中村妙子
・発行所:早川書房
○紹介
2年前から、「趣味は?」と聞かれて「読書です」と答えることにしている。
すると、(社交辞令としての会話が続く前提で)、次に「どういった本を読んでいるの?」といった問いがとんでくる訳であるが、ここでの(会話を盛り上げる、という点での)最適解は、如何に人口に膾炙しているエンタメ作品を答えられるか?に懸かっており、即ち一昔前であれば東野圭吾や宮部みゆき、今でいえば池井戸潤や恩田陸の作品を答えれば万事うまく行く(※1,※2)。
※1…言い訳のように聞こえると思いますが、僕自身は先に挙げた作家の方々の作品は狂おしい程、大好きです。
※2…加えて、エンタメとしての読書と、習練としての読書との差異は、明確に分けられると考えているのですが、これについては別途述べます。
但し、ここで幼少期より読書に慣れ親しんで来た、と言う自負の心が衝立となる。即ち、容易に安易な回答をしたくない、という子憎たらしい感情が顔をもたげるのである。
しかして、これまでの自分は、「趣味はランニングです」といった毒にも薬にもならない回答に終始し、お茶を濁してきたのである。
しかし、2年前、温故知新と考え、ハヤカワ文庫のアガサ・クリスティ集を読み漁っていた時、この本に出会った。以降、自分は自信を持って、読書好きという看板を背負って尚オススメ出来る本を見つけた故に、堂々と趣味読書を名乗ることが出来るよつになった。
さて、ようやく本題に入ろう。
この小説は、一言でいうと、殺人の起きない極上のミステリーである。
ある意味、瑕疵無き最良の人生など存在しない、ということを示唆している様にも思える。
主人公は、富裕層の婦人として、夫を助け、子供を育て上げた、社会的に見て非の打ち所の無い立派な女性であり、本人も強く自負している。
そんな彼女が、嫁いだ娘を訪ねに向かった独り旅の途中で砂嵐に巻き込まれ、中継地点での逗留を余儀なくされたことから物語は始まる。
周りに何も無く、孤独に過ごす時間が続く中、彼女は自分自身の素晴らしい人生を回顧していくのだが、家族との触れ合いを思い出すにつけ、彼女は違和感を感じ始める…果たして、自分は本当に素晴らしい人生を送ってきたのか?皆から尊敬される人物なのか?そもそも、夫や子供たちは自分を愛しているのか?
砂嵐が去り、最終的に彼女は、夫の待つ家に帰る。その時、彼女は、過去の振り返りを経て、現在の夫にどう立ち向かうのか?そして、夫はどの様に妻を迎え入れるのか?
といった話である。
婦人の回想がミステリー仕立てになっているのだか、殺人が起きなくても、こんなにもスリリングなストーリーを展開できるクリスティ女史の筆力には感嘆してしまう。
何よりも、汚れなき人生など無いことに気付かされてしまうことが恐ろしくもあり、自分だけ苦しいのではないと安心もする。
とにもかくにもオススメなので、極上ミステリーを堪能して下さい。
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