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ペアリングのつくりかた⑩

⑩これからのレストラン、これからのソムリエ


とうとう最終回と相成りました、ペアリングのつくりかた(※番外編は予定してます)。思い返せば僕がこれをテーマに書こうと決めたのは新型コロナウイルスが世界的な流行をはじめ、日本では緊急事態宣言が発令された頃でした。レストランも営業自粛を要請され、誰もの心が疲弊していく中、現場での仕事を奪われた、特に若い料理人やソムリエ・サービスマンに向けて、いつか戻ってくるはずの日常で活かせるような知識やスキルを磨いてもらうべく書き始めたのです。

残念ながら未だにかつての日常が戻ってくる気配は、ありません。個人的に当初から叫んできた「after コロナではなくwith コロナ」の新時代にレストランそしてソムリエはどうあるべきか、という話をペアリングも交えつつ文にしてみました。今回はこれまでと違い一切端折ってないのでとても長い文となっています。時間のある時に是非ご一読ください。

※本当に多くの方から励ましの言葉を頂戴してなんとか最終回まで漕ぎつけました。昔の同僚や当時からお世話になってるお客様、業界の先輩や後輩、会ったこともない全国のソムリエたち。コメントや投げ銭を頂くたびに心温まり、また引き締められもしました。本当にありがとうございました。また番外編もよろしくお願いします。※

①レストランの変遷・飲と食の近代史 
②ペアリングはソムリエの「成功体験」のシェア 
③マリアージュとペアリングの相違 
④食材×調理×味つけ 狙いどころの考察 
➄意識するべき総アルコール量 
⑥提供温度のコントロール 
⑦ペアリングで演出する季節感 
⑧核となるコンビネーションの決め方 
⑨核を取り巻く流れの決め方 
⑩これからのレストラン、これからのソムリエ ⇦ツイニココ


コロナと飲食店

2020年は新型コロナウイルスで塗りつぶされた一年として深く記憶に残りそうだ。これまで僕たちが経験してきた災害は例えば震災や台風といった局地的なものが多く、これだけ世界規模で同時に多くの人を巻き込んだものはなかったからである。

かれこれ丸一年近くもの間、日本政府や自治体は国民に外出自粛や休業要請を出しては解除し、様子見を続けてきた。その度に国民は我慢を強いられ、あらゆる種類のストレスが募っていった。海外諸国のように完全なロックダウンを行うには法改正が必要で、政府はその一歩を踏み出す道をついに選ぶことはなかった。

※個人的には新型コロナウイルスを指定感染症2類から5類に落とすだけで現在日本が陥っている負のスパイラルからは抜け出せると思ってるし(海外とは死者数など事情が大きく異なるので)、経済活動を止める必要性は(夏以降は特に)なかったし、隔離すべきは陽性者ではなくお年寄りや基礎疾患のある人など、感染した場合に重症化する人たちの方だと考えているのだが今はそのことを論じたいわけではないので割愛する。※

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特に史上初となる緊急事態宣言(大阪は4月7日~最終的に5月25日)の間は強制力のない「お願い」に過ぎない宣言にもかかわらず、街は海外のロックダウンを思わせるレベルのゴーストタウンと化した。日本人の真面目さや根底にある「他者への優しさ」がそうさせたのだろうと考察する。

人々が「Stay Home」=外に出ないわけだからゲストをお迎えする形である店舗型の飲食店は唐突に大ピンチを迎えることとなった。4月7日に宣言が発令され、翌日8日から効力を発するという説明に「んなアホな」と思ったのは僕だけではないはずだ。

当然のことながら発令に至るまでには長い期間の議論があったし、むしろ世論の多くはこの発令が「遅すぎる」という論調だった。だが充分に議論する時間があったにもかかわらず「明日から緊急事態です」というのはあまりにも唐突で酷い話だったという事は強調しておきたい。

2月末、特にディズニーランドやUSJがクローズするというニュースや公立学校が休校になるということを受けてすでに飲食店には多くのキャンセルが出ていたのだが、この緊急事態宣言をもって飲食店のピンチは異なるフェーズへと移行することになった。

そんななか、生き残りを賭けて新たなビジネスモデルを模索する飲食店が続出する。不慣れなテイクアウトを開始する店、ECサイトで販売する宅配商品を開発する店、客数を限定して営業する店、世に春が来るまで休業を決断する店。そのどれもに共通して言えることはどれだけ足掻いても本来必要な売り上げには程遠いという事だ。

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それでもいち早く立ち上がった飲食業界のリーダーたちによる直接的な政府への陳情(多くの署名を伴うもの)の甲斐あり、充分な額やスピードとは言えないものの(いまだに政府の人間がスピード感についてコメントするたびに白けた笑いがこみ上げる)、様々な形で助成金を得ることができるようになった。崖っぷちに追い込まれていた飲食店も踏み留まることができたのである。これについてはご自身も大変な状況の中、迅速に、そして継続的に動いてくださった先輩方に心から感謝するべきだろう。

夏以降も感染者数(正確には陽性者数)が増加するたびに飲食店は休業や時短営業を要請され、ジワジワと真綿で首を絞められるような日々が続いている。実はかなり早い段階から僕は給付金や協力金など、「飲食店ばかりが優遇されている」「同じ納税者なのに不公平だ」という意見を耳にしてきた。実際に飲食の世界で働く人からもそういった声が上がっていたのである。

僕はその都度「それは違う」と反論してきた。黙って聞き流すこともできたし、なんならその方が圧倒的に楽だっただろうがここで僕の立場で反論できない / しないとその人たちが言ってることが正しいこととして広く認知されてしまうからだ。この場合、「飲食店だけが優遇されている」「同じ納税者なのに不公平だ」というのは完全に間違っているのでそこは指摘させていただいた。

端的に言うと前述の通り、飲食業界はトップランナーたちが先頭に立って署名活動や陳情を行ってくれたおかげで政府にも事態の深刻さを伝えることに成功したのだが(充分ではなかったかもしれないが)、これはどの業界の人間でもできたことのはずで、単純に最も早く、最も的確に動きを始めたのが飲食業界だっただけのことなのだ(明らかに最も直接的な被害を予測できたからだが)。そこに不公平感は一切存在しないはずである。

声を上げなければ届かない。こんなシンプルなこともせずに / できずに「不公平だ」と言うのは申し訳ないがお門違いも甚だしい。じっと耐えて待っていても政府は助けてくれないことにもういい加減気づいた方がいい。そしてもうひとつ、もう一度。飲食業界のリーダーたちが業界全体や日本の食文化のために立ち上がってくれたことを同業の皆さんは真剣に感謝した方がいい。守ってもらっている現状は「当たり前のこと」ではないのだ。

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これからのレストラン

さて、もういい加減「with コロナ」を前提とした日常を意識するべきだろう。インフルエンザが完全に消滅することがないように、コロナが完全に消滅することもない。であるならば、いかにそれらと共存していくかという事を考えなくてはならない。

これまでの章では「ペアリングのつくりかた」らしく考え方のロジックや方法論を提案してきたが、今回は最終回にしてより精神的なお話が多くなることをお許しいただきたい。ここまで新型コロナウイルスによる影響が長引くとは僕自身も書き始めた当初は考えていなかったので、「戻ってくるであろう日常」で使えるテクニックや思考について書いてきたがそもそもの前提であるレストランのありようが変化する可能性が高い為、ここではその変化にどう対応するか、これまでとは違う心をどう作るのかという話になる。

どれだけ素晴らしい料理やペアリングを提供するレストランだとしてもゲストが来なければ売り上げには繋がらない。売り上げがなければスタッフやハコを維持することができない。つまり、これまで通りにレストランを運営していくためにまず必要なのは売り上げ(資金)の確保という事になる。経営者であれば当然理解できていることだと思うが実際に現場で働いているスタッフまでこの意識を持てているかと言われれば答えはハッキリと否である。

どのような状況に置かれたとしても(そういう意味では今回のコロナはなかなか良い例題だと言える)、これまで通りのレストラン運営=自分たちがやりたいことを続けるのであれば売り上げ(資金)の確保が必須。であればこれまで通りに営業できない現状において取りうる手段は限られる。店舗外で売り上げる術を身につけるかサブとなるビジネスを立ち上げるかだ。若いスタッフ、特に独立志向の強い方ほどここを意識しなくてはならない。

極端な話、ひとつのハコの中のレストランというビジネス単体ではこれまで通りのレストラン運営は難しい世の中に変わったという事だ(レストラン運営はそもそも難しいものだったが)。不況時に大銀行同士が合併して生き残ったように今後レストラン同士が資本提携することもあり得るだろうし他業種からの資本参入もこれまで以上に多くなるだろう。いつの時代もどのような形であれ本当にやりたいことを続けるのであれば覚悟が必要だという事に変わりはないのだ。

ツールとしてのペアリングの今後

前述の通りこの文は「戻って来るであろう日常」を信じて書き始めた。ロジックやテクニック的なことで言えば今後も充分に通用すると思われるがそれは「これまで通りの日常」のレストランシーンにおいての話である。

第1章でも述べたが現在のペアリングの形はファインダイニングのあり方がかつてと大きく変わり、必要に迫られて誕生した言わば副産物的なサービスツールである。恐らくコロナの影響を受けて大きく変わるであろう今後のレストランのオペレーションにおいて、これまでどおりのペアリングが必要とされる可能性は限りなく低い(もちろん劇的にではなく緩やかにだが)。

常に変化を伴う「食」のシーンの中で今後どのようなツールが求められ、現状のペアリングに取って代わるのか。個人的にはこれまで積み重ねてきたことが無くなってしまう喪失感よりも新時代を切り開く挑戦ができるという期待感の方がはるかに大きい。つくづくどこまでもポジティヴにできた人間だなと我ながら感心する。

これからのソムリエ

僕はこれまでいろんなところのインタビューで「良いソムリエとは?」という質問に答えてきた。今こそその答えを皆さんと共有したい。ズバリ「売れるソムリエ」そして「会社にお金を残すソムリエ」だ。どれだけ優れた知識を持っていても、コンクールで優秀な成績を残していても、現場のレストランでゲストから信頼され売り上げを立てることができなければそんなものはカスである。

ではどうすればこれからの時代、「売れる」「良いソムリエ」になれるのだろうか。もしこれを読んでるあなたに本当にそれを目指す気持ちがあるのなら僕からの答えはたったひとつ、「他者への優しさ」を持つことである。

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ソムリエは世の中に存在する無数の職種の中でもズバ抜けて「優れたパーソナリティ」を求められる職種である。「優れたパーソナリティ」とは結局のところいかに思いやりを持って人に接することができるかということに他ならない。一緒に働くシェフや料理人、チームとして動くサービスマンたち、出資者であるオーナー、レストランを訪れるゲスト、食材や飲料の業者の皆さん。そのすべてに愛されるパーソナリティを備えてはじめて「売れる」「良いソムリエ」と言える。

僕自身が「優れたパーソナリティ」の持ち主かと問われれば大いに疑問ではあるのだが(苦笑)、「他者への優しさ」を疎かにしないようには心がけているつもりだ。人との触れ合いを禁じられ、他者の考え方に対し攻撃的な人が増えた2020年。これからの時代、ソムリエに求められるのはこれまで以上の「優しさ」と「パーソナリティ」である。

あなたが変われば世界が変わる。
あなたが変わらなければ世界は変わらない。

職業としてではなく、生き方としてのソムリエを。

おしまい。

※冒頭でも書きましたが本当にたくさんの方に読んでいただけて、またシェや投げ銭までいただけて無精者ながらも全10章を終えることができました。ここまでコロナ禍が深刻化するとは夢にも思わず、当初思い描いていた最終章とは大きく形を変えてしまいましたがまあそれも2020年らしいのかなと今は考えております。来年はどんな年になるのか、まだ誰にもわかっていませんが僕たちが変わることで事態が好転すると信じて、日々を生きていきたいと思います。では2021年、「ペアリングのつくりかた・番外編」でお会いしましょう※

追伸 「ペアリングのつくりかた」の有料化は新年10日前後の予定です。

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