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快適な社会の新たな不自由 #2

◆労働者に期待される能力のハイクオリティ化(後半)

こにし 「風の人」のような流動的な働き方と、日本の伝統的な雇用慣行は相性が悪い。流動性を残さない正社員の部分と、流動的な非典型雇用(日本でいう「非正規雇用」という概念は、時間でしか区別しない海外の学会では理解されない)に従事する部分を分けて、ピーク時には非典型雇用者を雇って、ピークが過ぎると放流するという雇用調整をしている。

そうした慣行があるので、非典型雇用労働者は社会的に安定的な仕事に就けない者として、魅力的な仕事であり続けることは難しいと思いますし、そういう仕事自体がものすごく減っている状況ではあります。そうでない清掃や建設や、イベント関係などの一時的な労働を大量に生み出してきた仕事は、政府の公共事業自体が減っていることで少なくなってきていると思います。

そういう仕事がたくさんあるのであれば、同じ職場でずっと働いているよりもコミュニケーション能力が求められなくなる。例えば3か月に1回仕事が変わるならば、職場内でのコミュニケーションは必要なくなる訳です。そういう意味ではコミュニケーションが苦手な人にとって定期的に職場がシャッフルことは優しいと思いますし、コンサルにはそういうのが好きな人もいます。飽き性で。

うえむら 流動性を高めなければならないという社会的要請と、コミュニケーションによって安定的な職を得なければならないという要請が矛盾していると言うことかな。

こにし どちらかというと後者、安定性を求める方向に色々な人の目線が行っていて、そちらの方が「良い雇用」だと思われている部分もある。

うえむら でも伝統的には、流動性のある雇用の方がスタンダードだった。先程「日本の伝統的な雇用」として安定的雇用のことを挙げて頂きましたが、それはせいぜい高度成長期以降の話ですよね。それ以前は流動的な社会だった。しかし昨今の労働政策は、そちらに戻るのではなくて、安定の方に大勢を押し込めようとして、そして失敗している。

こにし 今の経済の潮流とは矛盾しているとは言われていますよね。同じサークル内で長く生きていく、会社組織の中で生きていくコミュニケーション能力とつよく結びついている気はします。働き方が変わると求められるコミュニケーション能力も変わると思うのですが。

しろくま 流動性で言うとギグワーカーの台頭的な流れも戻ってきていますが。

うえむら 具体的には何をやっているのかな。

しろくま ウーバーイーツがまず思い浮かびますね。

こにし ウーバーイーツの配達員は基本的にコミュニケーション能力は要らない。

うえむら いかに綺麗な盛り付けのままで素早く配膳するかが付加価値の全てですね。

しろくま 両方要らないですね。対人サービス上のコミュニケーション能力も、組織内でのコミュニケーション能力も要らない

こにし ギグワークがもしかしたら受け皿になるかもしれませんが、行政の要請とはだいぶ矛盾している気がします。居着いて欲しいと思っているでしょうから。

うえむら 本当に、社会的な流動性の要請と、自治体の求める定着人材と、職業にとって有効なコミュニケーション能力がにらみ合っている。

こにし 行政が住民の全てをウーバーイーツで働かせる政策をとるのは、それはそれで違う気はしますよね。

うえむら ウーバーイーツは若いときにしかできない体力仕事ですが、ギグワークの中でも、もう少しクラウドソーシング的な選択肢が広がれば良いですね。それこそテープ起こしとか。

こにし 会社に依存しない働き方であって、そういう意味でコミュニケーション能力を発揮する必要がなく、かつ行政的に言うと再教育によって身につけた技能をしっかりと仕事の中で活かせる、という姿が理想なのだろうなと思います。それが著者に言わせればお節介なのかもしれないですけれど。

◆「誰が救済されるべきマイノリティなのか」という問題

うえむら ここまで雇用に目を向けて議論してきましたが、P35では「境界知能の人々の立場は脆弱だ。なぜなら彼らは、高学歴や高収入にアクセスすることが難しいだけでなく、消費という次元でも食い物にされやすく、搾取されやすい人々だからである。」として、例として「オンラインゲームの高課金という消費の罠を見抜けず」と描写されている。

しろくま ここは私もびっくりしました。お金がないのに高課金してしまう。

うえむら そうなのですよ。最近サイバーエージェントの株価がめちゃめちゃ上がっているらしですね。ウマ娘の大ヒットによって。

こにし 前年比2倍以上になっているらしいですね。

うえむら そのことを「スクールカーストtier1によるtier4の搾取が経済活動に再演されている」と評しますよね。パリピたちが作ったウマ娘をキモオタたちが消費することで、搾取が生じている。

こにし サイバーエージェントとかtier1以外の何物でもないですからね。

うえむら 彼らは完全にtier4のことをマーケットの対象と捉えていて、自分たちとは切断している。同じ人間だと思っていないのではないかなという疑いすらもつよね。

こにし 金儲けのネタとしか思っていないでしょうね。クリエイターは少し違うかもしれないでしょうが、企画・運営をする人はマーケットにおける匿名的な存在だと認識しているのではないでしょうか。

しろくま tier4を狙っているのか、全体を狙っているけど、結果的にtier4だけが見抜けていないのか、どちらなのでしょう。tier1でウマ娘をプレイしている人たちは、課金しても仕方ないという理性を持っているのか。

うえむら 両方あるのかもしれないけれど、しかしtier1はウマ娘をプレイするのですかね。

こにし 確かに、そもそもプレイしない気はします。オンラインゲームをプレイする習慣がない気がします。

しろくま 高学歴でもウマ娘をプレイしている人はいっぱい居るじゃないですか。我々周辺には。

こにし リアルのウマに手を出している人もいますけれど。

しろくま 課金しているかどうかは知りませんが。課金しているのかな。

こにし ちょっとウマ娘に誰も知見がないので分かりませんが。

しろくま エルシーさんとかに聞きましょうか。でも見抜けないだけならゆゆしき事態というか、そのくらいの理性は保てよと思ってしまいますけれど。

うえむら 『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』ジェームズ・ブラッドワースという本では、すりつぶされるような過酷な低賃金労働に従事した後で、「わかっちゃいるのだけど止められない」として高カロリーな食事をとったり、不規則な生活をしたりしてしまう人たちが描かれていました。

しろくま そこにしか捌け口がないということですか。

うえむら 見抜ける理性はあるのだけれど、快楽がそれを越えてしまうほどに正常な認知が揺るがされる労働の過酷さ、という社会問題に敷衍することはできると思います。tier1のほうが他のことに割くリソースはありそうですよね。お金も時間も。子育てをしているかもしれませんし。

しろくま 旅行に行くとか。

うえむら 高課金や廃課金によってしかリソースの捌け口がない層はいるかもしれないし、それがtier4である場合は多いのではないでしょうか。あと先程のコミュニケーション論で言うと、tier4がtier1を搾取するというシーンが想像しづらい理由は、tier4はtier1に興味がないのだろうなと思います。一方でtier1はtier4に興味がある。

しろくま マーケット、搾取の対象として。

うえむら その通りです。コミュニケーション能力というか、tier1が自然と具備している「相手のことを知ろうとする習慣」がマーケティングという資本主義と結びつきやすいということなのかなとは思いました。

こにし 経済上の目的と結びついていますからね。どうでしょう、tier4の人がめっちゃ高級な家具屋とかで働けば、tier1から搾取できますかね。

うえむら tier4がtier1を搾取するにはどうしたらいいのかな。

こにし tier1はお金を多く使う人が多いと思うので、そういう分野に向けてtier4が仕掛けていくことは不可能ではないはずです。

うえむら 第7章では「植民地」という言い方がされていましたが、構造化されている。エッセンシャルワークをtier4が担うことで、tier1の生活が豊かに保たれるという意味では、「環流」は起こっているのかもしれないけれど、それは積極的な「搾取」ではない

こにし 明確な格差関係がありますよね。潜在的には逆も、tier4がtier1から収奪を行うケースもあり得るのですが。ではtier1に対して彼らの趣味嗜好に合う製品やサービスを実際に企画したり販売したりする人たちは、彼らもtier1なのですよね。

うえむら そう。企画はtier1なのですよね。そこで使役されて、実際に供給するのはtier4かもしれないけれど、それはtier4による搾取とは言わない。

こにし 目に見えないところに彼らはいますよね。そしてtier4は年収的な意味で言うと搾取されている側なのですよね。悲しい構造ですね。

うえむら 悲しい構造が、コミュニケーション能力やヒエラルキーというスクールカーストめいたアイテムを温存して、大人になっても継続している。

こにし だからtier4は勉強してコンサルやデータサイエンティストを目指しましょう。そういう職ならリープできるので。

しろくま 私もそう思うのですが、貧困の再生産的な話で、貧困がtier4に影響しているのであれば、tier4が高学歴や高収入にアクセスが難しいという結果にもなってしまう

うえむら 確かに貧困はそれ自体処罰されるわけではなくなったけれど、コミュニケーション能力によって選別され、同質化されたメンバーシップからの排除を通して、再生産されて経済的に処罰を受けるようになっているのかもしれない。

こにし そうですね。残る問題としては、貧困の世代間の継承がありますよね。

【第1章終わり】

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