輪廻の風 3-34
「作戦開始!」
ロゼが大きな声でそう合図すると、獄門前で待機していた戦士達は、目の色を変えて続々と魔界城へと雪崩れ込んで行った。
突然、奇襲をかける様に突入してきたロゼ一行に、エンディ達も冥花軍のメンバーも魔族達も、ぴたりと動きを止めてロゼ達を注視していた。
すると、アマレットが杖を取り出した。
左腕ではルミノアを抱き抱え、右手には杖。
アマレットが杖を天井に向ける様にして取り出すと、ラーミアも両手を天井に翳した。
「おいお前ら!何する気だ??」
「おいアマレット!危ねえからいきなり入ってくんなよ!」
エンディとカインは怪訝な表情で2人を見ていた。
「いくよ、ラーミア。準備は良い?」
「うん!いつでも大丈夫だよ!」
そしてラーミアとアマレットは息をぴったりと合わせ、大きな声で呪文を唱えた。
「タリスマン・ディフェーザ!」
2人がそう唱えると、アマレットの所持していた杖の先とラーミアの両手が一瞬ピカッと光った。
魔界城の一階フロアにいた者たちは、そのあまりの眩しさに一瞬、視界がぼやけた。
その光は一瞬の輝きを放っただけで、すぐに消えてしまった。
しかし、場内には特段何かが変化した気配は一切なく、一同ポカーンとしていた。
「おいおい何だよ!驚かしやがってよぉ!いきなりしゃしゃり出てきてつまらねえハッタリかましてんじゃねえよ馬鹿女ども!!」
ジェイドはケラケラと嘲笑いながら言った。
しかし、ルキフェル閣下は違った。
何かの異変に気が付いていたのだ。
「ジェイドさん!迂闊に動かないでください!」
ルキフェル閣下が珍しく声を荒げると、ジェイドは只事ではなさそうだと察し、思わずビクリとした。
「ふっ、流石だぜ閣下さん。あんたの嫌な予感は的中してるぜ?外を見てみろよ。」
ロゼはニヤリと笑っていた。
魔族の面々は、恐る恐る破壊された獄門から外の様子を凝視していた。
彼らは外を見るや否や、度肝を抜かれてしまった。
冥花軍筆頭戦力のラメ・シュピールの能力によって建立された魔界城。
その敷地面積は約5ヘクタール。
そして建物の高さは約500メートルにも及ぶ、巨大な城だった。
その城の全てが、結界に覆われたのだ。
その結界は、魔界城を隔離するかの様に城全体を覆い尽くしていた。
「なんだよこれ…?どうなってんだ??」
エンディの頭上には疑問符が飛び交っていた。
「この結界はね…私の魔術とラーミアの退魔の力を織り交ぜて創った結界よ。」
「この結界を形にするために、私たちは5日間潜伏していたの。」
アマレットとラーミアは得意げな表情で言った。
「ああ?なんだよこの結界!うぜえな!」
「おい!ぶっ壊しちまおうぜ!」
結界を煩わしく思った数十体の魔族の戦闘員たちは結託し、結界を破壊しようと試みて外へ出た。
すると驚くべき事に、なんと結界に近づいたその数十体の魔族たちは、結界に触れてすらいないにも関わらず、突如肉体が跡形も無く消滅してしまったのだ。
一連の流れを見ていた魔族たちは、全身の血の気が一気に引いてしまった。
「言ったでしょ…この結界には、退魔の力が宿ってるの。魔族の中でも魔力の弱い一般戦闘員では、この結界に近づこうとしたその時点で、立ち所に肉体は消滅してしまうわ?」
ラーミアは忠告する様に言った。
ラーミアは、例え敵であったとしても、目の前で数十体の魔族たちの肉体がいきなり消滅してしまった事に、少しだけ心を痛めてショックを受けていた。
「なるほど…素晴らしい結界ですね。恐れ入りましたよ。しかし、こんな事して何の意味があると言うのですか?失礼ですがこれでは、ただでさえ不利な状況下である少数派の貴方達が袋の鼠になっただけの様に思えますが。」
ルキフェル閣下は疑問を投げかけた。
そして、注意深くこの結界が張られた真の狙いを見定めようとしていた。
「まあ…そう思うのも無理ねえよな、閣下さんよ。まず、俺たちはハナからてめえら三下に用はねえんだよ。俺たちの目的は唯一つ…ヴェルヴァルトをぶっ飛ばす事だ!魔界城全体を結界で覆った事で、邪魔者は完全にいなくなった!あいつは上にいるんだろ?ここに着いた時から、天空からあいつの禍々しい気がヒシヒシと伝わってきたぜ?それこそ隠しきれない程にな?これから俺たちはヴェルヴァルトを一気に潰しにかかる!」ロゼは得意げな表情でそう言った。
しかし、その説明だけでは、ルキフェル閣下の疑問は晴れなかった。
「御名答ですね。確かに大王様は最上階の玉座の間におられます。大王様の魔力の前では、この結界の効力は無効化されると踏んで最上階に結界を張らなかったのは英断です。しかし、結界に閉じ込められるのは貴方たちも同じこと…一体、どの様にして最上階まで赴くおつもりですか?」
ルキフェル閣下は尋ねた。
ルキフェル閣下の考察は的中していた。
そう、ラーミアとアマレットはヴェルヴァルト大王がいる最上階には結界を張らなかったのだ。
いくら強い退魔の魔力を秘めた結界といえども、ヴェルヴァルト大王の前では容易く無効化されてしまうと悟っていたのだ。
だから、他の魔族たちが加勢に入れぬ様、最上階を除いた全てのフロアを結界で覆ったのだ。
全ては、ヴェルヴァルト大王に集中攻撃をするために。
「読みが甘いわね、閣下さん。私を誰だと思ってるのよ?私は天才美少女魔法使いよ?私は対象物を指定した地点へと瞬間移動させることができるの。そしてその効力は…この結界の内と外を容易く移動出来るわ??」
アマレットは鼻高々に言った。
夫であるカインも、思わず鼻が高くなってしまっていた。
「当初の目論見では、ヴェルヴァルトのとこには俺、ノヴァ、エラルドだけで行くはずだった。だが今はここに、エンディもカインもイヴァンカもいる!いくらヴェルヴァルトが強くてもよ…この人数で畳み掛ければ勝算あるだろ??」ロゼはニヤリと笑い、舌をぺろっと出しながら言った。
そして、大きな声で「さあアマレット!俺たちを上に飛ばせ!」と言った。
すると、ルキフェル閣下とジェイドがアマレットに襲いかかった。
「そこまで聞いて…黙って見ているとでも思いましたか?」
「行かせるわけねえだろ馬鹿野郎!!」
メレディスク公爵も両者に続いた。
そう、これは冥花軍を誘うための罠だった。
作戦を話せば、それを妨害しようとルキフェル閣下たちがアマレットに襲いかかることは目に見えていた。
ルキフェル閣下とジェイド、メレディスク公爵はまんまとその罠にかかってしまったのだ。
アマレットは杖を、ラーミアは両手を、それぞれ3体に向かって翳した。
そして先程と同じく、力強い声色で「タリスマン・ディファーザ!」と唱えた。
3体の冥花軍は、呆気なく結界の内部に囚われてしまった。
魔界城全体を囲む結界に比べれば随分と小さく、近距離で見ても視界に収まるほどのサイズの結果だが、3体を囚えるには十分な大きさだった。
「な、なんだと!?」
「ちっ…小癪な真似しやがって…!」
ジェイドとメレディスク公爵は、歯をギリギリと鳴らしながらこの上なく悔しそうにしていた。
「…やってくれましたね。」
ルキフェル閣下は、意外にも冷静だった。
「ククク…ざまあねえな。」
「フフフ…厄介な君達を捕らえた今、俺たちは心置き無く戦闘に臨めるねえ。」
アズバールとバレンティノは、ほくそ笑みながらそう言った。
「でかした2人とも!よしアマレット…今度こそ俺たちを上に飛ばせ!」
ロゼがアマレットに指示を出すと、エンディは遅れをとるまいと言わんばかりに「アマレット!俺も飛ばしてくれ!」と急かす様に言った。
「私も上に連れて行け。奴に引導を渡すのはこの私だ。」
イヴァンカは不遜な笑みを浮かべながら言った。
「あ、言い忘れてたけど…この結界の効力は1時間で切れるから!」
ラーミアは、澄ました顔でとても肝心な事を言った。
「え!?1時間!?」エンディは意表を突かれて驚いていた。
「そうだ…だからここには、何人か残ってもらいたい!特に天生士はな?」ロゼが言った。
エンディ達がヴェルヴァルト大王の元へと辿り着き、その戦いに勝利しても敗北しても、或いは決着が付かず戦いが長引いてしまっても、結界の効力は1時間で切れてしまうのだ。
ならば、どの様な結末を想定しても、まずは魔族の一般戦闘員の戦力を減らしておくことは必要不可欠。
そして、冥花軍のメンバーを小さな結界の内部に囚えてる今は、魔族側の戦力を激減させる千載一遇のチャンスなのだ。
エンディ達がヴェルヴァルト大王に勝っても、魔族達が手負のエンディ達に集団で襲いかかってきてしまっては本末転倒。
ヴェルヴァルト大王との死闘が長引いてしまっている間に結界が解かれ、魔族側の集団戦法によって戦いを妨害される最悪のケースも想定される。
ならば、魔界城内部にいる10万近くの魔族の一般戦闘員達の戦力は、絶対に削いでおくべきだ。
対するバレラルク側の戦力は4000人ちょっと。
それではあまりにも心許ないので、天生士も少し残しておくべきだとロゼは踏んでいた。
兼ねてからの作戦通り、魔界城内部に残る予定だった天生士はアベル、アズバール、ラーミア。
そして、新たに名乗り出たのはカインとマルジェラ、占めて5名。
そして、作戦の予定ではバレンティノ、ラベスタ、エスタ、ジェシカ、モエーネ、アマレット、サイゾーも内部に残り戦う手筈だ。
「ノヴァ…。」
ラベスタは、これからヴェルヴァルト大王と戦いに最上階へと赴くノヴァの身を心から案じていた。
そんなラベスタには目もくれず、ノヴァはジェシカの元へとゆっくりと歩み寄った。
「しっかり勝ってくる。俺は絶対に死なねえ。だからお前も絶対に死ぬなよ?だから、この戦いが終わったらさ…その…」
ノヴァは、途中までは生き生きとしていたが、本当に伝えたいことを伝えようとすればするほどにモジモジとし始め、言葉がうまく出てこなかった。
すると、ジェシカはそんなノヴァに対して「その続きは…戦いが終わった後に聞かせて…?」と言った。
ノヴァは顔を赤らめ、あからさまに照れていた。
2人の想いは交錯しておらず、しっかりと通じ合っていた。
「よし!行くぞお前ら!」
ロゼが号令を掛けると、アマレットは杖をとり、「テレポート!」と唱えた。
すると、エンディ、イヴァンカ、モスキーノ、ノヴァ、エラルド、ロゼの6名の姿がパッと消えた。
「エンディ…絶対に生きて帰って来てね。」
ラーミアは小さな声でボソリと呟いた。
この結界の難点は、術者であるラーミアとアマレットが、結界が発動されている間は2人で横並びになった状態で、内部から結界に力を込め続けなければならないことだ。
それこそが結界を保ち続ける絶対条件であり、またその活動限界時間が60分なのだ。
つまり、ラーミアはこの場を離れる訳にはいかないのだ。
本来ならばエンディ達と同行し、ヴェルヴァルト大王との死闘で負傷した天生士達の救護要員として最上階へと赴き、側でエンディを支えたかった。
しかし、結界を1時間保ち続ける為には、それは叶わぬ願いだったのだ。
ラーミアは、ただエンディ達の勝利と無事を祈ることしかできなかった。
すると、突然アマレットが、カインに杖を向けた。
カインは、すぐに杖が自分に向けられている事に気がついた。
「おいアマレット…なんの真似だ?」
カインが尋ねた。
「カイン…あなたも上にいってエンディ達と戦ってきて。」
アマレットがそう言うと、カインは目の色を変えて大声を上げた。
「ふざけんな!それじゃあ誰がお前とルミノアを護るんだよ!?俺はここに残る!」
カインはここぞとばかりに反論した。
「カイン、周りを見て?」
アマレットに言われるがまま、カインは辺りを見渡した。
そこには、少数ながらも魔族達と激闘を繰り広げる頼もしい仲間達の勇姿があった。
「こっちの心配は大丈夫。自分の身くらい自分で護れるわ?ルミノアは私が責任持って、何がなんでも護り抜くから…少しは私を信じてよ。」
「で、でもよう…。」
アマレットが穏やかな口調で説得を試みるも、カインは聞き入れようとしなかった。
すると次の瞬間、アマレットの表情がクワっと険しいものへと変貌した。
「もう、づべこべ言わない!ヴェルヴァルトを倒すには貴方の力は必要不可欠なの!だからあなたはあなたに出来ることをしっかりやりなさい!だから行って!そのかわり…絶対に絶対に、ぜーーったいに生きて帰って来なさいよ!」
アマレットに怒鳴り散らされ、カインは背筋がピーンと伸びた。
アマレットは、ついに恐妻家の片鱗を覗かせ始めていた。
そして、すぐに瞬間移動の術式をカインに施した。
カインは、有無を言わせずにヴェルヴァルトの元へと強制的に移動させられてしまった。
バレラルク側の主要戦力はほぼ二分化され、それぞれの戦いが幕を開けた。
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