輪廻の風 3-62



「ちくしょー!人っ子一人居やしねえ!」
空を飛ぶトルナドは、大声で独り言を言った。

誰かを殴りたくてウズウズしながら、しらみつぶしに破壊された街の跡地を徘徊していたが、どこもかしこも人間が住んでいる形跡が無かったのだ。

破壊衝動に駆られても、街という街は魔族により破壊され尽くされていたため、壊し甲斐もなさそうだった。

人から感謝されて喜ぶ自分を気持ち悪く思い、どこにもぶつけようのない怒りを胸に抱きながら、1人空を飛んでいた。


すると、枯れた大地に佇む朽ちた大木の根元に、なんともひもじそうな2人の幼い男の子がチョコンと腰掛けているのを見つけた。

2人は、誰の目から見ても兄弟だとわかる程に顔が瓜二つだった。

トルナドはニヤリと笑い、その2人の男の子を標的に定めた。

トルナドは勢いよくその兄弟の眼前に着地した。

2人の男の子は、腐りかけた小さな人参を、ボリボリと咀嚼音を立てながらゆっくりと食べていた。

流石のトルナドも、こんな小さな男の子に手をあげる気にはならず、いくらお腹を空かせていたといえど、腐りかけた生の人参を取り上げる気にもならなかった。

しかし、どうにかして憂さ晴らしをしたい一心で2人の前に現れたのだ。

「やいガキども!美味そうなもん食ってんじゃねえかよ!ああ!?踏み潰されたくなかったら金よこせ!!」

トルナドに恐喝されても、兄弟は一切動じておらず、冷ややかな目でトルナドを見ていた。

2人はボロボロの服を着ており、顔は泥と埃で黒ずんでいた。
腕と脚には所々擦り傷や切り傷が見られた。

魔族から逃げながら各地を転々と浮浪しているのは明白だった。


「お金なんてないよ。」
男の子の1人がボソッと言った。

「はっ!だったらてめえら誘拐して、てめえらの親から奪ってやるよ!やい!お前らの親はどこにいる!?近くにいるんだろ!?このガキ共がぐしゃぐしゃに踏み潰されてミンチにされてハンバーグになって食われたくなかったら身代金をよこせ!!」

男の子達の親が近くに潜んでいると踏んだトルナドは、辺りを隈なく見渡しながら大声で脅迫した。


「親なんていないよ。パパもママも魔族に殺されちゃったもん。」
「お兄ちゃん追い剥ぎ?お金なんてあっても意味ないよ。国が滅びちゃったんだもん。もう貨幣の概念すら失われちゃったよ。」

2人の男の子は、とても暗い表情を浮かべながら生気の無い声で言った。

「かへー?ガイネン?ガキのくせしやがって難しい言葉並べてんじゃねえぞ!」

トルナドは、自身に一切物怖じをしない男の子達に苛立ち、何とかしてこの2人を怖がらせて泣かせてやりたくなった。

トルナドは2人を驚かせたい一心で、身体に強風を纏わせた。

トルナドの身体に纏わりついた小さな竜巻のような風は、ビュービューとうねりを打っていた。


すると、またもや予想外の事態が起こった。


なんと、先ほどまでどんよりと暗い表情をしていた2人の男の子は、トルナドの放った風を見た途端に、パーっと表情が明るくなったのだ。

「すごい!お兄ちゃん、風を操れるの!?神様みたいでかっこいい!!」
「お兄ちゃん、それどうやるの!?ぼくにも教えて!」

2人の男の子は大いにはしゃぎ、トルナドに興味津々だった。

トルナドはキョトンとしてしまった。
怖がられせてやろうと意地悪をしたつもりが、逆に楽しませてしまったからだ。

「ありがとうお兄ちゃん!僕、こんなに笑ったの久しぶりだ!」
「一緒に遊ぼう!お兄ちゃん!」

トルナドは、2人の男の子の純粋無垢な笑顔を直視することができず、「うるせえ!馴れ馴れしくしやがって!今度見かけたら必ずぶっ殺してやるからな!」と吐き捨て、逃げるようにして再び空へと飛び立った。

まただ。
悪事を働こうとしたつもりなのに、またかえって相手を喜ばせてしまい、感謝までされてしまった。

トルナドは悔しくてたまらなかった。

自分の中の何かが崩れ、自分が自分ではなくなってしまうような恐怖心すら抱いていた。

「ちくしょー!なんなんだよどいつものいつも!こうなったら仕方ねえ!今度こそ誰かぶん殴ってやる!相手がガキだろうと女だろうと爺婆だろうと関係ねえ!目に留まった奴は片っ端からぶん殴ってやる!」

トルナドは、心にメラメラと悪意の火を灯し、猛スピードで枯れた土地を巡回し始めた。


暫くすると、ようやく1人の少女の後ろ姿が目に留まった。

「ワッハッハ…あの女、ぶん殴ってやる!」
トルナドは冷酷な笑みを浮かべ、少女を襲撃しようと試みた。

その少女は、たった1人で荒廃した大地をノロノロと浮浪していた。

トルナドは勢いよく少女の前に回り込み、少女の前に立ち塞がった。

「え?なに??誰??」
少女はビックリして立ち止まってしまった。

その少女は、トルナドと同じ歳くらいの見た目だった。

真っ白な肌に長くて綺麗な黒髪、そして何故か終始両眼を閉じていた。

長くカールがかかった綺麗なまつ毛は、まるで閉じた両眼からこぼれ落ちているようだった。

少女のあまりの美しい出立に、トルナドは一瞬言葉を失い見惚れてしまった。

そして、あれほど暴力衝動に満ちていたのに、いざ少女を目の前にすると、とてもじゃないが殴る気など起きなかった。

「やい女!身包み置いていけ!」
トルナドが若干オドオドしながらそう言うと、少女はクスリと微笑んだ。

「あら、随分と優しい追い剥ぎさんね?」

「はぁ!?何言ってやがる??」

「無理してそんな強い言葉を使っても、貴方からは隠しきれないほどの優しさが溢れているように感じるわ?」

トルナドは再び言葉を失った。
そしてすぐに我に返り、なんとかしてこの少女を怖がらせ、泣かせてやろうと心に誓った。

「優しさ…だと?ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞコラ!!」

トルナドは全身から強風を四方八方へと放出させた。

すると少女は、綺麗な髪を風に靡かせながら、嬉しそうに微笑んだ。

「わぁ…すごい!荒々しくて乱暴だけど、どこか優しくて暖かい風ね。こんな心地の良い風に吹かれたのは生まれて初めてよ?素敵な贈り物をありがとう。」
少女は髪を靡かせ目を瞑ったまま、屈託のない笑顔でそう言った。

またしても悪意を持った相手から予想外の反応をされ、トルナドは拍子抜けてしまい、膝からガクッと崩れ落ちそうになった。

「ありがとう…?ありがとうだとぉ!?やい女!俺がこの世でいっちばん大嫌いな言葉を教えてやろうか!?それは"ありがとう"だ!今お前が俺に言い放ったその"ありがとう"ってクソみてえな言葉だよ!あんま人の事おちょくってると、例え女でも容赦なくぶん殴るぞ!」
トルナドは赤面しながら少女に威嚇した。

しかし、それでも少女は優しい笑顔を崩さなかった。

「ふふっ、貴方は嘘が下手ね。本当は嬉しかったくせに、素直じゃない。全部お見通しなんだからね。」

「あぁ!?何がお見通しだよ!大体お前、さっきからなんで目瞑ってんだよ!?ははーん…さてはこの俺が怖いからだなあ?やい女!目を開けてみろ!恐ろしいもん見せてやっからよ!」
意地でも少女を怖がらせてやろうと躍起になるトルナドは、右手にカマイタチの様な風の刃を纏って少女に向けた。

すると、少女の顔から笑顔が消えた。

「ごめんね…私生まれつき目が見えないの。だからこの目は閉じたまま開かないんだ。だから貴方が私に見せてくれようとしてるものは見ることができない。わざわざ披露してくれたのに、本当にごめんね…?」
少女は申し訳なさそうに言った。

想像の遥か上をいく少女の返答に、トルナドは返す言葉が見つからなかった。

そして、自身の無神経な発言を申し訳なく思ってもいた。

独裁者顔負けの精神構造を持つトルナドは、他者に対して罪悪感を抱くことなど、今までただの一度たりとも無かった。

トルナドは自分自身の"何か"が変わり始め、今まで持ち合わせていなかった感情が芽生え始めていることに気がついてしまった。

焦燥感に駆られたトルナドは、ひとまずこの少女から逃げようと決意した。

しかし、いつ魔族が襲撃に来るかも分からないこの荒廃した大地で、盲目の少女を1人置き去りにするのは、どうも気が進まなかった。

トルナドは、今自分が取るべき行動がわからず頭を抱えていた。

「私ルミエルっていうの、よろしくね。貴方のお名前は?」

「…トルナドだ。」

これが、トルナドとルミエルの出会いだった。

全てはこの2人の運命的な出会いから始まったのだ。

果てしなく長い物語の始まりを告げる産声があがった。




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