輪廻の風 2-44




「ど…どんだけ壮絶な幼少期を過ごしてんだよオメェら〜!今まで辛かったな〜…苦しかったなあ〜…。」
話の全てを聞き終えたポナパルトは涙を流し、鼻水を垂らして深く同情していた。

「…カインは、初めから死ぬつもりだったのよ…。エンディに隔世憑依のやり方を思い出させて…エンディがイヴァンカを斃してくれると信じていたのよ…。そして全ての罪を償って、全てをエンディに託して、最期は自決する道を選んだんだわ…。」アマレットは泣き崩れていた。

エンディは暗い顔で下を向いたまま黙っている。

「思えば…カインはいつも私たちを助けてくれてたわね。ダルマインがラーミアを抱えてミルドニアの塔の高層階から飛び降りた時も…私たちがアズバールに追い詰められていた時も…インドラの破壊光線銃がディルゼンを焼き払おうとした時も…カインが危機を救ってくれなかったら、私たち今頃死んでいたわ?どうして気付けなかったんだろう…。」
ジェシカは過去を振り返りながら言った。

「俺、実は見ちまったんだ。前に俺とラベスタが王宮を襲撃したことあったろ?エンディが憎しみに駆られた俺たち2人を必死に諫めていた時、カイン…泣いてたんだ。今までずっと、見間違いかと思ってたぜ…。」
ノヴァが切ない表情で言った。

「独りぼっちで無人島で暮らしてた4年間…カインはどんな気持ちで過ごしてたんだろう。何度、眠れない夜を過ごしたんだろう。」
ラベスタはカインに感情移入をしながら言った。

「それでも、カインは逃げなかったんだ。全ての罪を償う為…覚悟を決めて俺たちの前に立ちはだかったんだ。自ら嫌われ役に徹してな?ケジメをつけてお役御免なんて、悲しすぎるぜ…。」
ロゼは悲しげな表情を浮かべていた。

ラーミアは、黙々とカインの治療を続けている。

そんなラーミアの前に、アベルが近づいた。

ラーミアは、アベルは一体何をする気なのだろうと思い、身構えてしまった。

「兄さん…僕に勝ったまま死ぬのかよ!?そんなの絶対に許さないからな!兄さんを殺すのは僕なんだ!勝ち逃げなんて卑怯だよ!だから…死ぬなよ…死なないでくれよ!」
アベルはうずくまり、額を地面につけて泣き叫んだ。

すると、カインの眉がピクリと動いた。

「カイン!?」
ラーミアがそう叫ぶと、カインはゆっくりと瞼を半開きにさせた。

「カイン…カイン!良かった…。」
アマレットは、息を吹き返したカインを見て心の底から安堵した。

モエーネは、そんなアマレットを優しく抱きしめた。

「ラーミア…何してやがる?勝手な事してんじゃねえよ…俺はもう…死にてえんだよ。」
カインは、生き延びてしまった自分を恥じる様に言った。

するとエンディはカインの胸ぐらを掴んで上体を無理矢理起こさせ、カインの頬を力一杯殴った。

「ちょっとエンディ!何考えてるの!?」
ラーミアはエンディを信じられないという目つきで見ていた。

「エンディ…何だよその腑抜けたパンチはよ?もっと全力でこいよ、そして一思いに殺してくれよ。」カインがそう言うと、エンディの怒りは爆発した。

「うるせえ!いい加減にしろよ!このウジムシ野郎!!」エンディは怒声を上げた。

「おいエンディ、落ち着けよ。」
エラルドがエンディを宥めた。

「死にてえだと?殺してくれだと?ふざけんなよ!お前は結局、また逃げようとしてるだけじゃねえか!俺に隔世憑依のやり方思い出させて、最期の最期に自分の本音を語って死のうとして…それでケジメをつけたつもりか!?どうして最初から、俺たちと一緒に戦おうとしなかったんだよ!お前さえ心を開けば、俺たちは快くお前を受け入れてたぞ!」
エンディは感情を剥き出しにしながら、カインを怒鳴りつけた。

「一緒に戦うだと?俺にそんな資格あるわけねえだろ。俺は悪行を重ねすぎた…数え切れないほどの人間を殺してきたんだ。お前の両親もアマレットのばあちゃんも、俺のせいで殺されたんだぞ?俺みたいな汚い人間がよ、お前らみたいな奴らと一緒にいることなんて、許されねえんだよ!」
カインはここぞとばかりに言い返した。

「許されねえだと?そんなのお前が勝手に思い込んでるだけだろ?俺は昔も…記憶を失っている時も、ずっとお前を友達だと思ってた。俺だけじゃない、他のみんなもお前を仲間だと思ってたから、今お前の周りにこんなに人が集まってんだろ?嬉しい事も辛い事も、独り占めしないで分かち合おうとしろよ!それが仲間だろ!お前の勝手な独りよがりで、俺たちがどれだけ寂しい思いをしたか、考えたことあんのかよ!?」
ここまで言って退けたエンディは、感極まって涙が溢れそうになるのもグッと堪えた。

カインは何も言い返す言葉が見つからず、下を向いたままいじけていた。

すると、アマレットがそっとカインの横に寄り添った。

「アマレット…近づくんじゃねえよ。俺の手は血で薄汚れちまってんだ…何度洗っても拭えない程にな。だからお前は、俺なんかに近づいちゃいけねえんだよ、あっち行ってろ。」
カインはアマレットの顔を直視する事ができず、そっぽを向いていた。

アマレットは、両手でカインの右手をギュッと握りしめた。

「カインは汚くないよ。綺麗だよ。」
アマレットは真っ直ぐな強い目でカインを見つめながら言った。

自分が綺麗?
そんな事、ただの一度も考えたことのなかったカインにとって、アマレットの放った言葉は信じられないものだった。

「おい…どうしてそんな事が言えるんだ?俺が今まだ何をしてきたか…お前は知ってる筈だぞ?」カインは目を丸くしていた。

「私ね、ずっと後悔してたの。あなたに"この国から出てって"なんて言ってしまった事に。あの時私がカインと真剣に向き合っていれば…こんなことにはならなかったのに…ってね。」アマレットは自分を責めている様だった。

「アマレットは何も悪くないよ!」
モエーネが言った。

するとロゼが、「2人の邪魔をするな。」と言いたげな目でモエーネを見た。

モエーネは空気を読んで黙った。

「貴方がいなくなってから、私の世界は色を無くしちゃった。色褪せた世界を流れるスピードが、こんなにも速いなんて思わなかったわ。でもね…この4年間、本当に色々な事があったの。嬉しいことがあって誰かに話を聞いて欲しくなった時…嫌な事があって誰かに愚痴を言いたくなった時…綺麗な花を見つけた時…美味しいものを食べた時…いつも最後に必ず思うのは、隣にカインがいたらなあって。」
アマレットは優しい目で、カインを見ていた。

その瞳には憎しみや怒りの念は一切無く、あるのはただ、カインに対する真っ直ぐな気持ちのみ。

カインはアマレットの目を直視したまま、決して視線を逸らさなかった。

「俺…生きててもいいのか?」
カインがそう尋ねると、アマレットはカインを優しく抱きしめた。

「あなたと一緒に、綺麗な世界で生きていきたい。いいですか?」アマレットがそう言うと、カインはしばらく呆然とした後、そっとアマレットを抱き返した。

血で汚れた腕でアマレットを抱きしめることなど許されない。
そう頑なに思っていたカインが、アマレットを抱きしめた。

「ありがとう、アマレット。ありがとう…エンディ。ありがとう…みんな。」
カインは静かに涙を流しながら言った。
涙を隠そうと、アマレットを抱きしめたままそっぽを向いていた。

「おかえり、カイン!」
エンディは満面の笑みで言った。

「アマレット〜!良かったね…本当に良かったね〜!」
「ちょっと…なんであんたが泣いてるのよ!?」
モテーネとジェシカは、涙を流しながらカインとアマレットを祝福していた。

「ヒュー!カップル誕生だねー!」
「フフフ…若いって、素晴らしいねえ。」
モスキーノとバレンティノも、その様子を微笑ましく眺めていた。

「恋かあ。恋…ねえ。」
「俺にはよく分からねえけど…まあ、おめでたいんじゃねえか?」
ラベスタとエスタはポカーンとしていた。


「良かったな、カイン。」
ロゼは自分の事のように喜ばしく思っていた。

「ったく、敵地のど真ん中で何やってんだか。」ノヴァはこんなことを言っていたが、内心では羨ましく思っていた。

そしてチラッとジェシカを見て「彼女かあ…考えた事もねえなあ。」と小声で呟いた。

「ガーハッハッハー!おう若いもん等よ、大志を抱けえ!」
ノストラは楽しそうに言った。

エンディは、カインと再び互いを友と認識し合える関係になれたことを心より嬉しく思っていた。

他の皆も、カインを快く受け入れていた。

カインはやっと、本当の意味で心から笑える様になった。

あたりは暖かいムードに包まれていた。

しかし皆、肝心な事を忘れていた。

浮かれて油断しているエンディ達を終始覗いている、巨悪の存在に。



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