輪廻の風 3-31



「世界を護るなんて大それた大義を掲げるつもりはない。でも、今こうしている間にも魔族によって苦しめられてる人たちがたくさんいる。大事な仲間達が脅威にさらされている。それを見過ごす理由はないだろ?俺は人より強く産まれてきた…だったら俺はその強さを、こういう時にこそ役立てるべきだと思う。ていうかそれが、俺の…俺達の義務だろ?だから俺は…苦しんでる人達を護るために戦うんだよ!護る意味とか価値とか、そんな話じゃねえ。大事な人達を護る為に命を賭けて戦う…理由なんて、それで充分だろ?」

エンディは即答だった。
そしてここまでのことを一気に言って退けた。

「エンディ…お前…。」
ユラノスは、勇しい出立ちで立ち尽くすエンディを感慨深そうに見ていた。

その背中には、沢山のものを背負っている様に見えた。

しかし、当の本人からは、それらを重荷に感じている様は微塵も見受けられなかった。

そしてユラノスの目には、エンディの背後に、それらを共に背負ってくれる頼もしい仲間達が沢山いる様に見えた。

エンディ自身は、それに気が付いているのかいないのか。

ユラノスの目には、エンディはこの上なく勇敢で正義感の溢れる素晴らしい少年に映っていた。

「俺は、自分が産まれてきたこの時代が大好きなんだ。自分を育んでくれたこの世界も大好きだ。未来がどうなるかなんて誰にも分からない…だから俺は、今この瞬間を悔いの無い様に精一杯生きてやる。かけがえのない仲間達と…毎日馬鹿みたいに腹の底から思いっきり笑っていたいんだ。そしていつか…家族が欲しい。この広い世界で、大好きな人と巡り逢って結ばれる幸せを噛み締めて、自分の血を受け継ぐ子宝を力一杯抱きしめてみたいんだ。未だ見ぬ子供に恥じない様な、立派な大人になってやる!それが密かな夢でもあるんだ。」

エンディは、自身の将来の展望を赤裸々に語った。

恥ずかしがっている様子は一切なく、内に秘める心の叫びを声高らかに堂々と語った。

ユラノスは嬉しそうに微笑みながら「プッ…くっせえセリフだな。」と言った。

「なんだとーっ!?」
エンディは頬を赤らめ、ムッとしている。

「エンディ…やっぱり、お前を見込んだ俺の目は節穴じゃなかったぜ。お前…良い奴だな…幸せ者だな…良いな、仲間って…。俺、お前と同じ時代を生きてみたかったぜ?おっといけねえ…こういう欲が、ヴェルヴァルトを生み出した要因だったのかもな…。なあエンディ、もしかしたら俺が不老不死になりたかったのは…お前みてえに馬鹿がつくほど真っ直ぐでお人好しで、超がつくほどカッコいい男との出会いを待っていたからなのかもしれねえな…。」

ユラノスは、感極まって涙が溢れ出しそうになるのをグッと堪えながら、震える声で言った。

すると、ユラノスの全身が突如、パァッと微かに光り始めた。

「おっと、時間切れみてえだな。残念だぜ…お前とは酒でも飲みながらよ、もっと色々と語り尽くしたかったんだけどな…。」
ユラノスは寂しそうにしていた。


ユラノスの身体は、まるで砂の様にサーッと緩やかに崩れ始め、徐々に色を失い、いまにも消えてしまいそうだった。


「え!?ユラノスさん、どうしたの!?」
エンディは突然の出来事に驚き、あたふたしてしまった。

「ここでお別れだ。永劫の別れになるな。」

ユラノスがそう言うと、エンディは思わず泣いてしまいそうになった。

すると、ユラノスは子供を宥める様な優しい顔つきになった。

「泣くなよ、出会いがあれば別れもある。新しい花を芽吹かせる為には、古きは土に還らなきゃいけねえんだ。それが世の常さ。」

「でも…せっかく会えたのに…。ユラノスさんも、俺たちと一緒に戦おうよ!」

「だーかーらー、俺は500年前にもう死んでるの!そんなことは不可能なんだよ。今俺とお前がこうして会話をしていることだって、奇跡に近いぜ?まあでも…お前とラーミアが時空を超えて再び出会えた奇跡に比べりゃ、大したことはねえけどな。」

ユラノスが言い放ったセリフの最後の一文に、エンディは強い反応を示した。

そして、初めてラーミアに出会った日のことを鮮明に思い出していた。

ラーミアと目があった時、稲妻に打たれたような衝撃が全身を駆け巡り、涙が止まらなかったのは何故なのか。

実は、エンディはずっとそれが気がかりだったのだ。

始めは、記憶を失う前にどこかで会った事があるのかと思っていた。

しかし記憶を取り戻しても、ラーミアと過去に会った記憶は一切なかった。

「なあユラノスさん!それは一体どういう意味だ?」
エンディは居ても立っても居られなくなり、声を荒げた。

「そのままの意味だ。俺の死から今日までの500年間、天生士(オンジュソルダ)は輪廻転生を繰り返し、俺の力は脈々と受け継がれてきた。でもな…その殆どは自分の力に目覚める事なく生涯を終えていたんだ。稀に目覚めた奴もいたが、大衆から異能者だ何だのと蔑まれて、迫害を恐れて力をひた隠しにする奴ばかりだった。中には戦時中に権力者から金で子飼いにされる戦闘人形みたいなのも居たしな。お前らの世代を除いたら、天生士の生まれ変わり同士が繋がった事例は一つもねえよ。」

ユラノスのこの言葉に、エンディは驚いていた。

戦争に利用されていた天生士が過去に居たという事実は、エンディにとっては中々ショックが大きかった。

「でもな、2年前にお前とラーミアが再会した事で、運命の歯車はようやく廻天し始めたんだ。お前らは歪み合い、敵対し合ってはいたが…魔族を前にした今、曲がりなりにも一つの集団として成り立ちつつある。エンディ、お前がみんなを引き寄せたんだぜ?」

ユラノスは、どこか誇らしげな顔で言った。

エンディはポカーンとしながら話を聞いている。

そしてユラノスは、エンディの頭上に優しくポンと手を置いた。

不思議な事に、エンディは手を置かれた瞬間、自分の中に眠る潜在能力が解き放たれた様な感覚に陥った。

「なんだ…これ??」

エンディは、自身の肉体に力が漲り溢れてくることを敏感に感じ取った。

「エンディ、お前は強い。自信を持て。あとよ、今更だけど…お前の生きる時代に、とんでもねえ怪物を残しちまって本当にごめんな。」

ユラノスは心の底から詫びた。
ヴェルヴァルトを生み落としてしまったことに、かなり心を咎めている様だ。

エンディは柔かな表情を浮かべ、優しい口調で「謝らないでよ。」と言った。

ユラノスは、エンディの気持ちが嬉しく、少しだけ救われた気がした。

そしてついに、ユラノスの身体は殆ど目視できないくらいにまで霞んでしまっていた。

「全ての元凶である俺がこんなこと言うのは烏滸がましい事は重々承知している…恥の上塗りを許してくれ…エンディ、ヴェルヴァルトを倒してくれ…!闇に覆われた世界を救ってくれ…!」
ユラノスは右目からツーと一筋の涙を流しながら渾身の気力を上げ、声を絞り出した。

エンディは真っ直ぐな眼差しでユラノスを見つめながら、優しい顔でコクリと頷くだけで、何も言葉を発さなかった。

ユラノスには、エンディの気持ちが十二分に伝わっていた。

「エンディ、幸せになれよ。」
ユラノスは顔をしわくちゃにしてニカッと笑いながらそう言い残した。
それが最期の言葉だった。
ユラノスの肉体は、完全にエンディの目の前から消失してしまった。

するとエンディの目の前が突然真っ暗になり、意識が遠のいていった。

まるで満点の星空の中を漂っているような、不思議な感覚だった。

エンディはしばらく、心地よい刹那の感覚に身を委ねていた。

そしてゆっくり目を開けると、何やら病室のような場所にいた。


「うおっ!?」
エンディは勢いよく上体を起こすと、辺りをキョロキョロと見渡した。

どうやら、小さな病室のベットで眠っていた様だった。

エンディは、この殺風景な空間に見覚えがあった。

そう、この場所は、2年前に遭難したラーミアを救助した際に、ラーミアを抱えて訪れた、あの丘の上の小さな病院だったのだ。

もしかするとユラノスとの一連のやり取りは、全て夢だったのではないか。
エンディは自問自答していた。

「よう、やっと起きたか?」

エンディが起きてすぐに、病室の扉がガチャリと開いた。

そして、小太りの男が入ってきた。

聞き覚えのある声に、見覚えのある容貌だった。

そう、あの時のドクターだったのだ。

「ドクター!久しぶりだね!俺のこと覚えてる!?」
エンディは嬉しそうに言った。

「ああ、勿論覚えてるさ。あの時、お前は一緒に居た女の子とダルマインに連行されたって聞いたが…元気そうだな。何よりだ。」

ドクターはあの日以来、ずっとエンディの身を案じていた。

しかしこのドクター、どこかやつれている様に見えた。

「ドクター…元気ないね。どうしたの?」

気にかけたエンディにそう声をかけられると、ドクターは呆れ返った表情をしていた。

「馬鹿野郎お前、世界がこんな状況だってのに元気有り余ってる馬鹿がどこにいるんだよ。」

「こんな状況って…どういうこと??何かあったの!?」

「空を見てみろよ…ドス黒いもんに覆われて…この5日間ずーっと真っ暗だ!」

エンディは、ドクターの言った"5日間"という単語が妙に引っかかっていた。

「5日間…?え、まさか!?」

「お前、5日間ずーっと眠りっぱなしだったぜ?」

「えー!?俺…そんなに寝てたのか!?」

エンディは驚いた。

浜辺に打ち付けられ、ユラノスに出会って、少しだけ目を閉じて、意識が戻り今に至る。

この間、エンディの体感では、僅か1時間程しか経っていなかったのだ。

まさか5日間も目を覚ましていなかったとは、夢にも思わなかったのだ。

すると、病室のドアが勢いよくバタンと開き、2人の男の子が入室してきた。

2人の男の子は入室するや否や、大はしゃぎをしながらエンディに向かって駆け寄った。

「おー!お兄ちゃん起きたの!」
「よかったあ!!」

「エンディ、このガキどもに感謝しろよ?浜辺でグッタリしてたお前を、この小せえ体でここまで運んできてくれたんだぜ?」

ドクターがそう言うと、エンディは居ても立っても居られなくなり、子供達に感謝の言葉を述べた。

「お前らが…俺を助けてくれたのか?ありがとなあ…!」

エンディはそう言って、男の子達の頭をわしゃわしゃと撫でた。

男の子たちはきゃっきゃっとはしゃぎながら嬉しそうにしている。

どうやらこの5日間、この丘の上の病院は、2人の男の子の溜まり場の様になってしまっていたらしい。

「ラーミアを助けた浜辺で…今度は俺が倒れていて…同じ病院に運び込まれた…。これもまた、因果応報かな。」

エンディは2人の男の子達の顔をマジマジとみていた。

こんな純粋無垢で可愛らしい男の子達が、あと30年もしたらテロ組織のリーダー格になっているだなんて、エンディはとてもじゃないが信じられなかった。

あの未来を見たばかりに、目の前で楽しそうにはしゃぐこの2人の男の子達の無垢な姿を見るのは、どうも複雑な心境だった。

「エンディ…今世界中が大パニックだ。吸血鬼だか魔族だかしらねえが…恐ろしい奴らが世界中に現れては殺戮の限りを尽くしているらしい…。幸いにもこの場所にはまだそれらしき連中は現れてねえが…王都ディルゼンは滅びたんだろ…?一体どうなっちまうんだよ……。ていうかお前よ、こんな時によくも入院なんかしてくれやがったな!!」

エンディの顔は一気に曇った。

自分が眠っていた5日間のうちにディルゼンが滅び、世界中の国々に魔族が本格的に侵攻を始めた。
このあまりにも非情な現実を、すぐに受け入れることなど不可能だった。

「そんな事になっていたのか…。」


しかしエンディは、すぐにキリッとした強い顔つきになり、病室を出ようとした。

「ドクター、ちびっ子達、ありがとう。俺…行かなきゃ。」

すると、子供達が寂しそうな顔でエンディの服の裾を掴み、引き止めようとした。

「えー、もういっちゃうの?」
「お兄ちゃんが目を覚ましたら一緒に遊ぼうと思ったのにい〜。」

するとエンディはピタリ足を止め、しゃがみ込んで子供達と同じ目線に立った。

「お前ら…この国は好きか?」

エンディがそう尋ねると、子供達は何の迷いもなく「うんっ!」と即答した。

するとエンディは、慈愛に満ちた眼差しを子供達に向けた。

「お兄ちゃんはな、これから悪い奴らをやっつけにいかなくちゃならないんだ。だから約束する…悪い奴らやっつけたらさ、天気のいい日に一緒に遊ぼうぜ?その優しさ…いつまでも忘れるなよ?あと…何があっても絶対に自分を見失うなよ?お前ら絶対に負けんなよ!!」

エンディが喝を入れる様にそう言うと、子供達もドクターもポカーンとしてしまっていた。

一体エンディは何を伝えなかったのか、その真意を推し測るのは難しかった。

「よし、じゃあ行ってくるわ!」

エンディはそう言って、勢いよく外へ飛び出した。

医院の庭からは、海が一望できた。

あの時と変わらない景色のはずなのに、空が闇に包まれていたのをとても残念に感じた。

しかしそれでも、エンディは懐かしさを感じ、少しの間感傷に浸っていた。

空が真っ黒とはいえども、その場所は2年前にラーミアと初めて会話をした場所。
エンディにとっては特別な場所だったのだ。

エンディは、あの日ラーミアが海を眺めていた場所に、ふと目をやった。

風になびくラーミアの黒髪、そしてその後ろ姿が瞼に浮かんできた。

よく目を凝らしてみると、かつてラーミアが立っていた場所に、1つの人影を確認した。

一体誰だろう。
不審に思ったエンディは、恐る恐る近づいていった。

「よう、エンディ。探したぜ?やっぱりここにいたのか。」

声の主と人影の正体は、カインだった。

「ええ!?カイン!?何でここにいるんだ!?」

エンディは驚きを隠せず、思わず野太い声を出してしまった。

「お前がヴェルヴァルトに飛ばされた後、俺もあの野郎に飛ばされちまったんだよ。それもえれえ遠くへな?この五日間、王都目指して彷徨ってたんだけどよ、一向に辿り着けなくてこの街に来たんだ…そしたら、なんかこの辺りからお前の力の脈動を感じとって、まさかと思って来てみたら…案の定お前がいたんだ。」

カインは嬉しそうな顔で、現在に至るまでの経緯を言ってのけた。

エンディも、カインと再会できてこの上なく嬉しそうだった。

「全く、随分と遠回りしちまったもんだぜ。」

「いいじゃん、たまには遠回りしたって。また同じ場所に帰って来れるんだから。」

2人はしばらく黙ったまま、お互いの顔を見合っていた。

すると、カインが勇敢な顔つきで口火を切った。

「行こうぜ、相棒。」

「ああ。」

2人の会話は、まるで阿吽の呼吸の様だった。

エンディとカインは、魔族の根城と化した王都の跡地を目指し、その場を発った。



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