輪廻の風 クマシス外伝
皆様こんにちは、クマシスです。
バレラルク王国王族直下保安隊副隊長のクマシスです。
心の声をうっかり声に出してしまうでお馴染みのクマシスです。
俺があまりにも所構わず心の声を漏らすため、いつも隊長のサイゾーさんに怒られています。
この前も街をパトロールしている時に、ハゲ散らかしたオッサンが笑顔で「いつもご苦労様。」なんて声をかけてきたんだ。
確かその日は雲一つない青空で、陽射しがすごかったんだ。
陽射しがオッサンのデコに反射しててな、ピカァって。
「眩しいなあ、遠ざかれ。」
って言っちゃった。
おっさんは茹でタコみたいな顔でカンカンに怒ってたな。サイゾーさんがペコペコ頭下げてたっけ。
「おいクマシス!なんて事を言うんだ!」
はっ、あんただって眩しそうにしてたくせに。
保安隊員をしていると、落とし物の紛失届を出してくる人もよくいてね。
面白いのが、紛失届を出す人はほとんど見たことのある顔ぶれなんだ。
そのうちの一人に、厚化粧のマダムがいるんだけど、この人がまた曲者でなあ。
「アタシぃ、超ドジっ子だからあ、しょっちゅう落とし物しちゃうの!許してねん、キャピ。」
サイゾーさんはこんなおばさん相手にも丁寧に接してる。本当に出来た人だなあっていつも感心してるよ。
「年増のぶりっ子はキツイぜ。穴があったら入りたいと思わないのか?」
あ、また言っちゃった。
うわ、おばさんめっちゃ怒ってるよ。
でも、俺がどんなに失礼なことを言って誰かを怒らせても、サイゾーさんが懇切丁寧に謝罪してくれるお陰で、俺はいつもお咎めなしだ。
我ながら良い上司を持ったな。
巡回中にポナパルトさんとばったり遭遇して「げっ!嫌なゴリラに会っちまったなあ!」って言って殺されかけたこともあったっけ。
その時もサイゾーさんが何度も深々と土下座してくれて何とか収まった。
そんな最高な上司と、今日も俺は街の治安維持の為にパトロールをしている。
「はっはー、今日も平和で嬉しいぜ。こうしてお前と並んで歩いてるだけで給料入ってくるんだもんな。ちょろい仕事だぜ!」
「おいクマシス、上司をお前呼ばわりとは何事だ?そしてお前はいつもそんな気持ちで仕事をしているのか?」
あ、いけねえ。またやっちゃった。
サイゾーさん怒ってるなあ。
「すすすすみません隊長、つい…。」
「はぁ…。なあクマシス、お前その心の声を口に出す癖、何とかならないのか?俺もうお前のために謝るのも疲れたよ。昔はそんな奴じゃなかったのになあ…。」
…え?何言ってんだこの人?
ああ、そうか。この人は覚えてないんだ。
まあ別に良いや。あんたが覚えてなくても、俺はあの日のことは生涯忘れないから。
ねえサイゾーさん、言っとくけど俺が心の声を口に出すようになったのは、あんたのせいなんだからな。
俺は子供の頃、典型的ないじめられっ子だった。
理由はね、俺の喋り方に問題があったからだ。
俺は人を前にすると、緊張してうまく喋ることが出来なかった。
当然、相手の目を見るなんてとてもじゃないが出来なかった。
軍の士官学校に入学した時も、先生や同級生の人に簡単な意思さえ伝えることが出来なくてな、苦労したよ。
特にサ行の言葉が一切喋れなくてなあ、子供心にそれを必死に隠そうとしたんだけど、そうはいかなかったなあ…。
そのうち同級生の奴らにそれがバレてな、休み時間になるといつも個室に呼び出されて数人に囲まれてたよ。
そしてサ行の単語や言葉を無理矢理言わされてな。
「おいクマシス、サルベージって言ってみろよ!」
「ソラマメって言ってみろ!早く!」
こんな風に捲し立てられてな。
日に日にエスカレートしていって、上級生の奴らも面白がって見にきてたっけ。
俺は言葉を出そうとすればする程に顔真っ赤になって呼吸困難になって…ぶっ倒れたこともあったな。
そうするとギャラリーの奴ら、ひっくり返って大笑いして大喜びしてるんだよ。
今でも根に持ってるぜ。
家に帰ると、毎日一人でサ行の練習をしてたっけ。
でも頑張れば頑張るほど、益々サ行が言えなくなってなあ。毎日泣いてたぞ。
ある日の休み時間、またいつも通りいじめっ子グループに呼び出されてな、無理やり喋らされそうになったんだよ。
俺もう我慢の限界でな、堪忍袋の緒が切れちゃったんだ。
両手の拳力一杯握りしめてな、いじめっ子の奴らを見境なく殴りまくったんだよ。
でも奴らは20人近くいたからな、すぐにコテンパンにやり返されたよ。
張り倒されて踏みつけられて…。
それでも俺は大声出して暴れまわったぞ。
そしていじめっ子グループのリーダー格の耳を噛みちぎっちゃってな…俺は1週間の自宅謹慎処分を受けた。
謹慎が明けて学校に行くと、誰も俺に寄り付かなくなっていた。
きっと、頭のおかしな奴だと思われて避けられてたんだろうな。
まあ結果として、それからいじめはパッタリとなくなった。
俺は人間が大嫌いになって、人と関わるのをやめた。
喋るのもやめた。
友達なんていなくても、一人は気楽だった。
俺は1人の時間を楽しめるタイプの人間だからな、何も苦じゃなかった。
毎日ひたすら勉学に励んで、卒業後は保安隊に入隊した。
なんで保安隊に入隊したかって?
保安隊員はね、町の治安維持活動が主な業務内容だけど、軍隊や近衛騎士団員の不正を取り締まる権限もあるんだよ。
俺をいじめてた奴らのほとんどが、士官学校卒業後は軍に入隊していた。
あいつらは碌でもない人間だからな、軍に入隊しても悪さをするに決まってる。
だからその時にこの俺が徹底的に絞ってやる。
あの腐れ外道共の全身の皮剥いでやる。
そんな気持ちで、俺は保安隊に入隊したんだ。
自慢じゃないが、俺はなかなかのエリートだった。
保安隊は12個の部隊で編成されていてな、俺が配属されたのは第一部隊。
王都ディルゼンの治安維持活動をする、保安隊の中じゃ花形と言われるエリート部隊だ。
狭き門だったんだぞ。
2人1組のコンビを組まされてな、街を巡回するんだ。
国民に寄り添い、事件があればすぐに駆けつけて迅速な対処をする。
大変な仕事だよ。
その時にコンビを組んだのが、サイゾーさんだったんだ。
「君がクマシスか。話は聞いてるよ、かなり優秀なんだって?俺はサイゾーだ。これからよろしく頼む。」
眼鏡なんかかけてインテリぶっちゃって。
如何にも真面目で誠実ですって感じの男だな。
これがサイゾーさんへの第一印象だった。
俺はサイゾーさんにそう言われても、暗い顔で軽く頷くだけだった。無愛想な奴だなって思われただろうな。
「クマシス、今日は暑いな。」
「クマシス、今日も疲れたな。」
「クマシス、この後暇か?メシでも行かないか?」
サイゾーさんは、いつもこんな具合で声をかけてきた。
俺はサイゾーさんに対しても無口で、必要最低限の相槌をうつだけだった。
業務と関係のない話を振られても無視してたし、ご飯の誘いも首を横に振って頑なに断り続けていた。
それでもサイゾーさんは、俺みたいに暗くて無口な男に何度も何度も話しかけてきたんだ。
なんだよこの人、変な人だなあって思ったよ。
そしたら次第に、ニコッと笑いながら優しく話しかけてくれるサイゾーさんを無視し続けることに罪悪感を感じてきたんだ。
頼むからこれ以上話しかけてこないでくれ。
俺は誰とも喋りたくないんだ。
あんたを含めて、他の保安隊員と馴れ合う気もない。
俺が喋ったら、どうせあんたも笑うんだろ?
腹の中じゃ俺のこと馬鹿にしてるんだろ?
そんなことを本気で思っていた。
ある日な、2人でコーヒー飲みながら休憩してたんだよ。人気のない公園でな。
その時、笑われるの覚悟で思い切ってサイゾーさんに話しかけてみたんだ。
「あ、あ、あ、あの…何で毎日お、お、お、俺なんかに…声を掛けて…くれるんで…か?」
ほらな、くれるんですか?
って言いたかったのに"す"が言えなかった。
そしてこのどもりまくった喋り方…笑いたきゃ笑えよ。ほら、遠慮すんな。
これを最後にもう2度とあんたに話しかけないからさ。
「何でって、お前のことが好きだからだよ。」
「………はぁ!?」
想像の遥か斜め上をいく返答に、思わずでかい声出しちゃったよ。
「おいおい…好きって、変な意味じゃないぞ?お前のことを1人の人間として、人として好きって意味だ。」
「……???」
益々意味が分からなかったな。
「だってお前良い奴じゃん、目見れば分かるよ。いつも俺の話黙って聞いてくれるし。返答は無いけど、いつも俺の声に耳を傾けてくれてるじゃん。」
目見れば分かる?俺のこのどんよりとした卑屈な目つきが?
それに黙って聞いてるも何も…至近距離であんたが勝手に喋ってるから、いやでも耳に入ってくるだけだよ。
「今日はいい日だな!お前が俺に心を開きかけてくれた!」
「…え?」
「初めて話しかけてくれたじゃん。俺は嬉しかったぞ?俺たちはたまたま同じコンビになっただけだけどさ、これも何かの縁だ。俺はその縁を大事にしたい。クマシス…改めてこれからもよろしくな?いつも俺の話聞かせるばかりじゃ申し訳ないからさ、いつかお前の"心の声"も聞かせてくれ!」
今まで生きてきて、こんなに嬉しかった言葉はない。
この喜びは誰にも伝えず、俺の心の中に留めておこう。これからもずっと。
「サイゾー先輩…。」
この時初めてサ行が言えたんだ。
うまく喋れるようにもなれた。
内なる声を言葉にする癖も、この時から始まった。
そして何故か怠け者にもなってしまった。
ねえサイゾーさん、俺はこれでもあんたのことは尊敬してるんだよ?
これからもあんたについていくよ。
だからさ、こんな俺だけど、これからもよろしくお願いしますよ。
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