輪廻の風 2-34




「ロゼ王子、随分と無茶をなさりましたね?」モスキーノが言った。

「ははっ、悪いな…。それにしてもお前ら…随分と…遅かったじゃねえかよ。」満身創痍のロゼは痩せ我慢をしながら笑みを浮かべて言った。

「すいませんロゼ王子!俺はすぐにでも向かおうと思ったんですがねえ!モスキーノの野郎が今はまだ時期尚早だとか抜かしやがったもんで、遅れてしまいました!」
ポナパルトが言った。

「声でけえよ…傷に響くだろうがよ…。」
ロゼは皆の意見を代弁する様に言った。

「ごめんなさい〜ロゼ王子、まさかそんな傷だらけになっているとは予想外でした…。でも、もう大丈夫ですからね!」
モスキーノが苦笑いをしながら申し訳なさそうにそう言うと、ロゼは「…何が大丈夫なんだよ?」と尋ねた。

「エンディ達がユドラ帝国に侵入して暴れ回れば、すぐに十戒の戦士や憲兵隊が討伐に向かうだろうと予測をたてました。俺たちはその混乱に乗じ、人知れず侵入すべきと判断しました。お陰で誰にも気が付かれずスムーズに潜入する事に成功し、更に3つの目的の内の1つを達成することが出来ました!」
モスキーノは達成感を噛みしめている様な顔で言った。

「どういう意味だ?」
ノヴァが興味深げに聞いた。

「俺たちがユドラ帝国に来た3つの目的…1つ目は勿論、我らがロゼ王子を保護し無事バレラルク王国まで送り届けること。2つ目は敵戦力の無力化及びユドラ帝国の完全殲滅、そして3つ目は…ラーミアの奪還!」モスキーノがそう言い終えると、モスキーノの横にラーミアがパッと現れた。

これには一同、驚きを隠せずにいた。

「ラーミア!?」「え、いつからそこにいたの!?」ジェシカとモエーネは唖然としていた。

「ずーっと居たよ!ただ俺が居ないように見せていただけ!みんな、あのパンドラって建物を見て!」モスキーノがそう言うと、皆遠くのパンドラに視線を向けた。

建物の前にはイヴァンカとカイン、そして確かにラーミアがいた…と思われたが、パンドラ前に居たはずのラーミアは突如、氷の彫刻の様な姿になり、その後すぐに跡形もなく砕け散った。

「フフフ…つまり、あそこにいるラーミアは偽物で、ここにいるラーミアが本物ってこと。」バレンティノが言った。

「?!どうなってやがる!?」
エスタの頭の中は疑問符が飛び交っていた。

「雷帝さんとカインの横にいたラーミアは俺が創り出した幻氷。まあ、蜃気楼みたいなものだよ。十戒筆頭隊メンバーはロゼ王子達との戦闘に集中していたし、雷帝さんとカインはその闘いに注目していた。俺はその隙を突いて幻氷を創ってラーミアを奪還したんだよ!さあラーミア、みんなを治してあげて?」
ロゼはこれでやっと、モスキーノが言ったもう大丈夫と言う言葉の意味を理解した。

「モスキーノ…お前はすげえ奴だぜ。」
ロゼは脱帽していた。

イヴァンカは、得意げになっているモスキーノに不遜な笑みを向けた。

モスキーノは直感した。
この男だけは全てに気が付いていたと。

そして、その直感は当たっていた。

3将帥が混乱に乗じてユドラ帝国に忍び込んでいたことも、ラーミアが幻氷とすり替わってしたことも、イヴァンカは全てお見通しだった。

「全てはあんたの掌の上ってわけか…想像以上だね。」モスキーノはイヴァンカに対する警戒心を募らせていた。

「あれが雷帝ねえ、その辺にいる兄ちゃんにしか見えねえな!」
ポナパルトは憎まれ口を叩いたが、本当はイヴァンカの底知れない強さを一眼見た時から見抜いていた。


「…何故気付いていながら放置していたのですか?」カインが尋ねた。

「潰す羽虫が3匹増えただけだ、そんなに騒ぎ立てることじゃない。そして、奪われたモノは巡り巡って必ず所有者の手元に戻ってくることは自然の摂理だろう。」
イヴァンカは余裕に満ち溢れていた。
奪われたモノとは、ラーミアのことを指していた。

「モスキーノさん、ありがとうございました!みんな、すぐに治すからね!」
ラーミアは張り切っていた。

「ラーミア…俺は最後でいい…。みんなを治してくれ…。」
ロゼは自身よりも皆の治療を優先してほしいと懇願した。

それを聞いたエスタが「そういうわけにはいかねえだろ!」という言葉が喉から出かかったところで、ラーミアの両手の掌から放出する光が、いつもの何倍もの範囲で放出された。

その光は怪我人全員を満遍なく優しく包み込んだ。

「お前…こんなこと出来たのか?」
ロゼは目を見開いて驚いていた。

「はい。囚われている時に覚えました。」
ラーミアは囚われている時、暇な時間が多かった為か自身の腕を磨いていた様だった。


「さてと、こっちはもう大丈夫そうだな!おいそこのデカブツ!お前強そうじゃねえか!相手してくれよ!」
ロゼ達の治療が開始されて安心したポナパルトは、ここぞとばかりにガンニバリルドに喧嘩を売った。

「お前の、肉は!硬くて不味そうだな!」

ポナパルトとガンニバリルドが対峙した。


「なんだ…このスカーフ男…き、き、気持ち悪い…。」

「え?それってもしかして俺に言ってる?君の方がよっぽど気持ち悪いと思うけどなあ。」バレンティノは心外そうに言った。

「お、お、お前の血は…何色だ…?」

「フフフ…赤に決まってるでしょ、馬鹿なの?」

バレンティノとバリーザリッパーが対峙した。

「あれ、2人とも早速相手見つけてるじゃん。しょうがないなあ…じゃあお兄さん達の相手は俺だね!」
モスキーノは無邪気な笑みを浮かべながら言った。

「君1人で俺たち2人を相手にするだと?とても正気の沙汰とは思えないね。相手の力量を見極める目を養いなさいね。」
「思い上がるなよ、青二才が。」
ウィンザーとハルディオスは鼻で笑っていた。

「お兄さん達こそ、甘く見ないでよね?悪いけど…俺、超強いよ。」
モスキーノは全身からただならぬ冷気を発しながら、冷酷な笑みを浮かべていた。


ポナパルトとガンニバリルドは、早速激しい殴り合いを始めていた。

「はーはっはっはー!いいねえお前、最高だぜ!久しぶりにテンションぶち上がるぜ!!」

「お前は、叩きにして!ミンチにして、喰う!決めた!!」

2人はとても楽しそうに戦っていた。
2人にとっては、戦いによって生じる身体の痛みなど快楽でしかなかった。

命のやり取りそのものに愉悦を覚えるこの2人は、ある意味似たもの同士なのかも知れない。
この2人の並びは、まさに似て非なるものを絵に描いたようなものだった。

地形が変形するほどの激しい戦いは、お互いに防御なしの"攻"のみだった。

しかしその体格差はあまりにも大きく、ポナパルトは徐々に押され始めた。

それでもポナパルトは楽しそうだった。

「自分よりでかい奴を見るのは初めての経験だぜ!その上こんなに楽しい戦いが出来るなんてよお…最高だ!!もっともっと楽しませてくれよお!」
ポナパルトの顔は、殴打されたときの傷と額から流れ落ちてきた血によって真っ赤に染まっていた。

「楽しいけど、もう!飽きた!俺はもう、腹ペコで!限界!お前不味そうだけど、とりあえず!何か腹に入れたいから、そろそろ!喰うね!」

ガンニバリルドは瞳孔を開き、涎を垂らしながらポナパルトに飛び付き、ポナパルトの肩にかぶりついた。

ポナパルトは肩から出血した。

しかしガンニバリルドは、ポナパルトの肩の想像以上の硬さに驚いていた。

「硬くて!噛み切れない!!なんで!」

「当たりめえだろ!お前よ、ダイヤモンドに噛みついて"噛み切れない!"とか抜かしてる奴見たらどう思うよ?今のお前はそれと同じことしてるんだぜ?それにしても…戦いの楽しさよりも食欲を優先させるとはよ、俺はお前を買い被りすぎてたわ。」
ポナパルトはとてもガッカリしていた。

そしてガンニバリルドの頭を左手で鷲掴みにした。

腰に力を入れ、全体重をかけた渾身の右ストレートをガンニバリルドのみぞおちに炸裂させた。

その殴打音はあまりにも強烈で、まるで地雷でも起爆したのかと思ってしまうほどであった。

体長3メートルを超えるガンニバリルドの巨体には、みぞおちを中心に半径30センチ程の風穴が空いた。

ガンニバリルドはうめき声を上げながら地に伏し、まもなく絶命した。

「目先の欲にとらわれると破滅の道を辿るぜ?」
ポナパルトは愛想を尽かしたような顔で言った。


一方、バレンティノとバリーザリッパーも激しい激闘を繰り広げていた。

2人の戦闘は、常人の目ではとても追い切れないほどの凄まじい躍動感があった。

2人の斬撃から繰り出されるかまいたちの様な剣圧は、鋼鉄をも一刀両断にしてしまうほどの凄まじい破壊力があった。

常人がひとたび、2人の戦闘の場に一歩でも近づこうものならば、近づこうとしたその時点で人体はあっけなくバラバラにされてしまうだろう。

大鎌を扱うバリーザリッパーの戦闘能力は、達人の域を遥かに超越していた。

それに引けをとらないバレンティノの剣捌きも、まさに超人的であった。

「血…血…血…。早く…血を…くれよ…!バレラルクの…将帥の血は…プレミアム!」
バリーザリッパーは戦闘中にも関わらず、ブツブツと独り言を言っていた。

「はあ…。なんでこんな気持ち悪い奴と戦わなきゃいけないんだろ…ついてないな。俺もどっかの野蛮人と同じく戦闘は楽しみたいタイプなんだけどねえ、君との戦いは早く終わらせたくて仕方がないよ。」バレンティノは呆れた口調で言った。
どっかの野蛮人とは、もちろんポナパルトの事を指している。

「お、お、お、お前に…気持ち悪いとか…言われたくない…!薄気味悪いな奴め…さっさと…死、死、死ねよ…!」

「薄気味悪いって、心外極まりないな。君の方がよっぽど薄気味悪いと思うよ。」

2人は、側から見ればどんぐりの背比べとしか言いようのない不毛な言い争いをしていた。

バレンティノは嫌気が差していた。
一刻も早くバリーザリッパーとの戦いを終わらせたいと本心で願っていた。

「フフフ…このままじゃ埒があかないね。」
バレンティノはそう言って、戦闘中に敗れた衣服の一部をバリーザリッパーの目元にヒョイと投げた。

投げられた衣服はバリーザリッパーの目を覆い、ほんの一瞬だがバリーザリッパーの視界はゼロになった。

バレンティノはその僅かなほんの一瞬を見逃さず、バリーザリッパーを斬った。

バリーザリッパーの身体は頭頂部から股関節にかけて真っ二つに斬り裂かれた。

「な、な、なんて…姑息な…。主よ…お、お、お役に立てず…申し訳…ありません…。」
バリーザリッパーは無念を感じながら絶命した。

「フフフ…姑息って言われても、俺は聖人君子じゃないからねえ。俺は誰かと駆け引きをする時は常に相手の揚げ足を取ることに専念している。例えそれが議題と関係のない事柄でも、執拗に揚げ足を取り続けることで不利な状況を打開して、最終的にこちらが優勢に傾く事もあるからねえ。戦いも同じだよ。相手の弱点を徹底的に突いて、どんな小さな動きの機微も絶対に見逃さない。勝つ為ならば手段を選ばないという強い執念さえあれば、どこの世界でも生き残れるよ。」
バレンティノは1人で持論を展開していた。

ラーミアの治療を受けながら激しい戦闘を目の当たりにしていたロゼ達は、バレラルク王国で将帥の称号を授かった戦士達の強さを改めて実感していた。








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