輪廻の風 エスタ外伝
俺はエスタ。
バレラルク王国王室近衛騎士団の団長だ。
軍の士官学校を飛び級で卒業して、若干12歳にして一組織のトップに立っている。
まあ飛び級と言うよりも、ロゼのコネといった方が正しいか。
人は俺を天才児とか次期将帥と呼び持て囃してる。
まあ中には、生意気なクソガキだの可愛げのない小僧だのと俺を蔑む奴もいるけどな。
まあ別にそんなの気にしてねえよ。
俺みたいに出来すぎる子供は、出来損ないの大人に嫌われる運命だからな。
12歳にして近衛騎士団の団長…そういえば聞こえは良いが、ここまでの道のりは決して順風満帆じゃなかった。
俺は王都ディルゼンの郊外で産まれた。
父子家庭の一人っ子だった。
俺の親父は小さいパン屋を営んでいてよ、地元じゃそれなりに人気の有名店だったんだぜ?
俺の親父はすげえ働き者でな、毎朝4時に起きてパンの仕込みに取り掛かっていた。
店も1人で切り盛りしててよ、お陰で俺はひもじい思いは一切せず、何不自由なく暮らしていた。
親父の作るパンは世界一美味かったんだ。
特にクロワッサンなんか絶品でな、ウチの目玉商品だった。
小麦も牛乳もバターも上質なものを使ってたよ。
材料に関しては親父は異常なまでにこだわっててな、すげえ吟味してたよ。
お客に美味いパンを食べて欲しいっていう心意気が、子供ながらヒシヒシと伝わってきたよ。
俺は親父の作るパンが大好きだった。
親父のことも、店のことも、誇りに思っていた。
だからよ、そんな世界一のパン屋がまさか潰れちまうなんて、夢にも思わなかったな…。
俺が6歳の頃、突然ウチに全然お客さんが来なくなっちまったんだ。
売り上げは激減して赤字経営が続き、生活は一気にカツカツになった。
パンは問題なく美味い。
親父が客に悪態をついたわけでもない。
じゃあ何で客が離れたかって?
それはな、王都の中心街に大きなパン工場が出来たからだ。
その工場では毎日大量のパンが製造されていてな、バレラルク全土の市場に瞬く間に流通していった。
俺も一度食べたことがあるんだが、全然美味くなかった。
親父の作るパンと比べたら、その差は天と地ほどにも隔たっていたぜ?
どんな食べ物もな、作り手が愛情を込めて作るから美味いんだよ。
機械で作ったパンなんか美味いわけがない。
材料も粗悪なもんを使ってんだろうなって、一口食べてすぐ分かったぜ?
まあ、コストを抑える為に安物使ってんだろうな。
だから工場で造られたパンは、親父のパンに比べて安かったんだ。
そりゃ顧客は、安い方を選ぶよな。
「心配するなエスタ、お客さんはまた戻ってくる。さあ、また明日から忙しくなるぞ!」
親父は諦めていなかった。
自分を信じて、毎日毎日身を粉にして働いていた。
けどそんな親父の思いは虚しく、店は連日のように閑古鳥が鳴いていた。
それから親父は変わっちまった。
金もねえくせにギャンブルに明け暮れて酒に溺れて、余計に貧しくなって…アルコールの過剰摂取で死んじまった。
俺は意味が分からなかったよ。
真心込めて作った親父のパンが、どうして工場で大量生産されたパンに負けちまったのか。
偽物が蔓延るこの世の中では、本物は淘汰されていく。
何もそれは物に限った話じゃない。
人間にも同じことが言えるんだ。
俺は6歳にしてこの世の真理に気付いちまった気になっていた。
世の中みんな馬鹿ばかり。
賢こぶってる大人もみんな唯の馬鹿なんだ。
どうしてみんな、本物を見極められないんだろう?
そんなことを毎日のように考えていたな。
真面目に生きている人間が損をする、そんな世の中が大嫌いになった。
俺は1人で街に出て、人間観察をする様になった。
十人十色とはよく言ったもので、本当に世の中には色んな人間がいる。
良心とかモラルとか一般常識とか、そういったもんが極端に欠如している人間ってのは結構多くてな、そういう奴らは言動や行動を見ていれば1発で見抜ける。
そういう奴を見ると、すげえムカつくんだよ。
それこそ殺したくなるくらいにな。
人の気持ちを考えれない、自分の事しか考えてない様なクソみたいな人間に限って楽しそうに生きているんだ。
その一方で、優しくて真面目で正しい心を持っている、何の落ち度もない人間が傷つけられて肩身の狭い思いをしながら生きている。
おかしいぜこんな世の中。
どうして親父が死んで、こんなクソみてえな奴らが楽しそうに生きてるんだよ?
てめえらが死ねばよかったのに…。
そんな事を何度も考えていたな。
俺は良識のなさそうな人間を見つけては、鉄パイプを振り回して攻撃しまくった。
何度も何度も。
別に正義感を振りかざしていたわけじゃない。
ただ気に食わねえ奴らがそこにいたから、暴力を振るっていただけの話だ。
そしたら俺の噂は瞬く間に広まってな、6歳にして軍から追われる身になっちまったんだよ。
まあそうだよな、側からみれば俺はただのクレイジーな通り魔だもんな。
俺は逃げた。
捕まりたくなかったからな。
そして森の中に五日間も潜伏した。
5日目の夜は雨が降っててな、寒かったよ。
落ち葉をかき集めて暖をとってたっけ。
腹が減って辛かったなあ。
雨水飲んで空腹を紛らわせてたよ。
「よう、お前がエスタか?」
空腹と寒さで意識を朦朧とさせながら森を彷徨ってたらな、後ろからそんな声が聞こえたんだ。
後ろを振り向いたらよ、ピンク色の頭をした派手なガキがいたんだ。
「…誰だよ、お前?」
「何だよお前、俺の事知らねえのか!?俺はロゼ!この国の王子だぜ!」
王子…?こんなふざけた野郎が?
国民はこんな野郎共に税金納める為に働いてんのか?
そう考えたら腹が立ってきてな、俺は気がついたらロゼに殴りかかってたよ。
あの野郎ひょいひょいかわしやがってよ、俺がその余りの身軽さに狼狽えてたらサッと詰め寄ってきたんだ。
やられる…!って思ったよ。
あいつ、笑顔で俺の頭わしゃわしゃ撫でてきやがったんだ。
「すげえなあ!お前!ちびっこいのくせして強いんだなあ!」
腰が砕けそうになったよ。
だって俺は、あいつのことぶん殴ろうとしたんだぜ?
それなのにあいつ、やり返すどころか怒りもせずに褒めてきやがったんだ。
ポカーンとしちまったよ。
「なあ、お前どうして街の奴らに因縁つけては暴力振るってんだ?」
「…気に食わねえからだよ、クソみてえな人間が楽しそうにしてるのがな。偽物のくせに調子こきやがって…どいつもこいつも!何もかも!ぶっ壊してやる!!おい王子様よお、あんたも偽物なんだろ!?高いところから民衆を見下ろして…何不自由なく悠々自適に暮らせて…気分はどうだよ!?ああ!?どうせ俺の事だって見下してんだろ!?」
ボロクソに言ってやったよ。
そしたらあいつジーッと俺の目を見てきたんだ。
「お前、自分以外の人間全員を馬鹿だと思ってるだろ?言っておくが、そんなこと思ってるお前が一番の馬鹿だぜ?」
この言葉が妙にグサっときてな。
まるで鋭いナイフの様な切れ味だったわ。
返す言葉が見つからなかった俺は、また怒鳴っちまってな。
「うるせえっ!お前なんかに何が分かる?お前みたいな王族生まれのボンボンには、俺の気持ちなんて分からねえよな!?」
「ああ、分からねえ。お前の言う通りだ。俺は大国の王子だからな、飢えに苦しむ人々の気持ちも、お前みたいなガキの気持ちも分からねえよ。だけどな、"分かりたい"って思ってるぜ?」
??
何言ってんだこいつ??
「俺は何も分からねえんだ。どうすれば人々が苦しまずに済むか、どうすればみんなが幸せになれるか、どうすれば世の中が平和になるか…。王子として今、自分にできることは何か…。頭パンクしそうになるくらい考えてもな、ちっとも良い考えが思い浮かばない。」
そう言ったロゼは、どこか哀しげな目をしていたんだ。
そしてそれは、本気で葛藤してもがいている者の目だった。
俺は確信した。この男は本物だと。
「だけどな、俺は諦めねえ!この国が平和になって、みんなが腹の底から笑って幸せを実感できる日が来るって信じてる!だから俺は絶対に立派な王子になってやる!ゆくゆくは国王になって、この国を明るく照らせる様な存在になるんだ!だからさエスタ、お前も着いて来いよ!」
「え…着いて来いって…?」
「俺もまだまだガキだし、人間としても王子としてもすげえ未熟だ。だからよ、俺と一緒に成長していこう!お前のことは死んでも護る。だから俺に手をかしてくれ!俺の理想は俺1人の力じゃ叶わない…だからお前の力を貸してくれ。そして一緒に、最高の景色を眺めようぜ?」
信じられるか?
一国の王子がよ、俺みたいなクソガキにこんなこと言ったんだぜ?
こんな王子、世界中探したってどこにもいねえよ。
あいつは俺にスッと手を差し伸べてくれたんだ。
俺は気がついたら、無意識にあいつの手を掴んでいた。
あの時のロゼの手の温かさは、今でも鮮明に覚えてる。
心なしか、冷たい筈の雨まで温かく感じたっけ。
あの日俺は、ロゼに命を預けた。
俺はこの男に着いていこうと心に誓った。
なあロゼ、俺もっともっと強くなるよ。
お前の夢は理想論でも現実逃避でもない。絶対に叶う。
お前の為なら俺は何だってする。
だからさ…これから先もずっと、お前の背中は俺に護らせてくれよな?
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